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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
13/56

呼び出し

 朝のホームルームが始まる前に、柊哉と十二田は教室に戻って来た。


 柊哉は、黙って美優の前の席に着く。なんだか、難しい顔をしているので、美優は、柊哉に声を掛けるのを躊躇した。

 暫くすると、ホームルームの始まりを知らせるチャイムが鳴り、結局、美優は話掛ける事は出来なかった。


 チャイムが鳴り終わると伴に、教室のドアが開かれ、担任の阿相が顔を出す。

 複雑な面持ちで、教壇の前に立つ。先生の表情に生徒達も、何かを察して、水を打ったように静まる。

 生徒達の視線を一身に受ける中、真っ直ぐ前を直視し、口を開く。


「おはようございます。突然ですが、一時間目の授業自習とします」


 突然の自習宣言に教室内が騒めき立つ。そんな生徒を黙らせようと、声を荒げる。


「静かに!!」


 教室内が静まり返るのを待つように一呼吸おいて、阿相は視線を美優に移し、そして続けた。


「如月さんは、確認したい事がありますので、校長室に一緒にお願いします」


(校長室……)


 美優は、唇を真一文字に閉じ、机の上に置いた手を爪が食い込む程ギュッと握り締めた。


「今朝の件の事ですか?」


 俯く美優の代わりに、エミリが、鬼のような形相で詰問する。


「えっ、あっ、はい」


 エミリの迫力に押され、怯えたように阿相は答えた。新米とはいえ、教師を迫力負けさせるとは相当なものだ。


「美優ちゃんは、悪くなくねぇ? 悪いのは、ビラ撒いた奴だろ?」


 和人も、続けて抗議する。

 興奮している為か、口調もタメ口になっていた。


「そうだ、そうだ」


 周りの生徒達も賛同する。

 昨日の午前中は、険悪な雰囲気を醸し出していたのに、今日はクラスがまとまっている。一日で、こんなに変わるものなのか。

 阿相は、内心驚いていた。


「それは、分かっています。し、しかし、当事者に話を聞かない事には、対処が出来ません」


 もっともな意見にクラス中が黙りこんだ。


「僕も一緒に行っても、宜しいですか?」


 柊哉がスッと立ち上がる。阿相が、一瞬困惑の表情を見せたが承諾した。


「……そうですね……如月さんが、良ければいいでしょう」


 柊哉が、美優を振り返る。


「お願いします」


 美優も椅子から立ち上がり、お願いした。





 授業が始まっている為、廊下には人の姿がない。誰もいない廊下は、とても長く感じる。三人は、横に並び校長室へ向かう。


「如月さん、すみません。こんな事になって……もっと、私がしっかりしていれば……」


 阿相が申し訳なさそうに謝って来る。新米の教師には、荷が重いだろう。


「先生のせいでは、ありません。こちらこそ、ご迷惑をおかけして……」


 美優は、廊下に視線を落とす。

 他の教室から、講義を行う教師の声が洩れ聞こえてくる。


(皆の授業を遅らせてしまった)


 クラスメイトや先生に、美優は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。




 コンコンコン

 阿相が、校長室のドアを神妙な面持ちでノックする。教室と離れている為、人の話し声すらしない。

 校長室は、防音になっているようだ。

 ノックの音のみが、申し訳なさそうに静かな廊下に響く。



「どうぞ」


 年配の男の人の声が返答する。


「失礼します」


 ドアを開けて、阿相が背筋を伸ばし一礼して、入室した。柊哉もそれに続く……が、何故かドアの前に立ち止まり動かない。一人の初老、八の字髭の男性をじっと見つめている。


 入口を塞がれ、美優が小さな声で声を掛けた。


「柊哉さん?」


「あぁ、すまない」


 柊哉は、直ぐに我に返り先へと進む。


(どうしたのかしら?)


 小首を傾げながら、美優も校長室に足を踏み入れた。


 校長室は、思っていたより、広かった。窓際に校長先生の机と椅子。そして、真ん中には来客用ソファーとテーブルが置かれている。華美過ぎず、地味過ぎないアンティークな家具で取り揃えられていた。

 なかなか、良い趣味をしている。

 ソファーには、二人の初老の男性と一人の中年男性、そして、葉月炎が横一列で座っていた。初老の男性の内の一人、一番奥に座る白髪混じりの紳士的な男性は、美優も知っていた。確か、校長先生だ。入学案内の冊子に写真が載っていた。

 八の字髭の偉そうな男性と筋肉質のゴツイ男性は、入学式に出ていない美優には、誰だか分からなかった。


「……彼は……?」


 呼び出しをしていない見知らぬ男子生徒がいる事に気付き、怪訝そうに、校長が阿相に尋ねた。


「すみません。湊柊哉です。どうしても、一緒に来たいというので、連れて参りました」


「何をしているんだ。勝手に部外者を連れて来て」


 目を吊り上げ厳しい口調で、八の字髭の偉そうな男性が言った。


「まぁ、良いではないですか」


 校長が諭す。


「聞いてますよ。開講以来、初の筆記試験満点。優秀なのですね」


 呑気に褒め称える。


「有難うございます。しかし、優秀などではありません。優秀でしたら、Dクラスにいませんから」


 控えめな口調で、そう告げる。


「本当にそうですかねぇ?」


 含みを孕んだ言い回しをし、にこりと校長は微笑んだ。


「校長、本当に宜しいのですか? 優秀かどうかなんて、関係ありません。部外者を同席させて、如月家や葉月家の反感を買う事になったら……」


 八の字髭の男が、イライラしたように忠告する。どうやら、十二名家に反感を買う事を恐れているようだ。


「それなら、心配ありません。如月家頭主で彼女の父親より、如月さんの事で、何かあったら、取り敢えず、彼にも話すように言われています。阿相先生、賢明な判断です」


 阿相は小さく頭を下げて、それに答える。


「そ、そんな事、私は聞いていません」


 焦ったように八の字髭の男性が言う。


「話していませんから」


 涼しい顔で、校長はそう言い捨てた。

 膝の上で、男性は拳を握り締めた。手が小刻みに震えている。


(この方は、一体どなたなのかしら? ないがしろにされて怒ってらっしゃるようですけど……)


 美優は、チョイチョイと柊哉の袖口を引っ張る。それに、気が付いた柊哉がこちらを見た。


「あの方は?」


 柊哉に近付き小声で囁いた。


「教頭先生だよ」


 柊哉も囁き返す。


(教頭先生……でも、どうして先程、見ていらっしゃったのかしら?)


 美優は、思考を廻らせる。

 そんな二人の声が洩れ聞こえたのか、校長が言った。


「彼は、教頭の野田です。入学式には、出張で出ていなかったのにどうして知っているのかね?」


 不思議そうに校長が、首をひねった。


(多分、住田さんから仕入れた情報……)


「あの、こちらの方は?」


ピーンときた美優は、話題を逸らすように炎の隣に鎮座する筋肉質の男性を尋ねた。


「入学式でも、紹介したが、そちらは、3―Aの担任、下村先生です。あぁ、如月さんは、確か体調不良で出られませんでしたね」


 挨拶するように、ペコリと下村は、こちらに頭を下げた。美優も長い髪をフワリと揺らし、御辞儀を返す。


「いつまでも立たせたままですまない。こちらにおかけなさい」


「はい」


 校長に勧められ、向かいの席に奥から阿相、柊哉、美優の順に腰掛けた。



 コホンと一つ咳払いし、教頭が、仕切り出す。


「早速だが、何故お二人が呼ばれたのか、お分かりになりますよね?」


 美優と炎を交互に見ながら、口を開く。


「はい」


 二人は、ほぼ同時に返答した。


「あの写真は、彼女とぶつかった時に撮られた物だと思います。彼女とは、勿論何もありません」


 炎が説明をしてくれる。


「如月さん、間違いありませんか?」


「はい」


「それでは、誰がこの写真を撮ったか分かりますか?」


美優は、黙って大きくかぶりを振る。


(委員会室の辺りは、誰もいなかった。誰ともすれ違わなかったのだから、間違いない)


「葉月君は、分かりますか?」


「……いえ……」


 思い出すように、ゆっくりと答える。

 柊哉は、黙って話を聞いている。


「昨日のメールといい、今日の件といい、如月さんに悪意を持っているものがやっているように思える」


「そうですね。今、生徒会と風紀委員の方でも調べています。生徒会の方は、あんまり乗る気ではないようですが……じき、犯人は分かるでしょう」


 炎は、力強い真っ直ぐな瞳を、教頭に向ける。


「しかしねぇ……問題が起こってからでは遅いんだよ」


眉をひそめ、苦々しそうに言った。上目遣いで、睨むように美優をじっと見る。美優は、小さく身震いをし、身を縮こませた。


「あの……どうしたらいいですか?」


 消えいりそうな小さな声で、うつむきがちに尋ねる。

 教頭は、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「暫く、お休みしてくれれば……」


 ――バンッ――


 重苦しい音が校長室に響く。

 教頭の言葉を遮るように、阿相が両手でテーブルを叩きながら、ソファーより立ち上がった。


「どうしてですか? 彼女は、何も悪い事してない。被害者じゃないですか?」


 その表情は、いつになく厳しかった。炎も阿相に加勢する。


「写真を撮られたのは、俺にも責任があります。それなら、俺も……」


「ちょっと、待て……二人とも落ち着きなさい」


 下村先生が仲裁に入る。


「これが落ち着いていられますか」


「そうですよ……」


「いいから、聞きなさい」


 炎が言葉を続けようとするのを、大きな声で怒鳴った。美優は、ビクリと肩をすくめた。

 巨体の下村に怒鳴られるのは、かなり迫力がある。室内が静寂に包まれる。


「怒鳴ってすまない。教頭は、何も停学にするとは言っていない。如月さんの身を案じているのです。このまま、学校に通っていたら、君や如月君のファンに何をされるか……如月さんの為でも、あるのです。ねぇ、教頭?」


 静かな口調で同意を求める。

 言葉とは裏腹に、有無を言わさない強い瞳でじっと見る。


「えっ、あぁ、勿論です」


 そんな事、微塵も思っていなかっただろうに慌て同意し、額の汗を拭う。


「君は、如月さんの為に一日も早く犯人を見つけてあげなさい。如月さんは、一週間位病欠で休んでいただくという事ですよね、教頭? それなら、如月さんに汚点も残らない。如月家に面目も立つ。流石は、教頭素晴らしいお考えです」


「も、勿論です」


 教頭は、顔を引きつらせながら、笑顔を作った。下村は、異論を唱えさせないよう上手く誘導していた。

 Aクラスの担任というだけあって、頭も切れるようだ。


「すみません、それは強制でしょうか?」


 今まで、黙って聞いていた柊哉が口を開いた。


「聞いての通り、病欠です。決して、強制ではありません」


 校長が答える。


「こ、校長……」


 教頭が何か言いたげに口を開きかけたが、鋭い視線を校長に投げられ、渋々口をつぐんだ。


「それを聞いて安心しました。美優、どうしますか?」


「えっ、あの……」


 突然、話を振られ黙って聞いていた美優は、シドロモドロ。


「急に言われても困りますよね。今日の所は、このまま帰っていいですよ。一日、考えて明日の朝にでも担任に連絡下さい」


 校長が優しく言った。


「はい」


 素直に美優は頷いた。


「失礼しました」


 先生方を校長室に残し、美優、柊哉、炎の三人は校長室を後にする。


(ほとんど、何も聞かれなかったなぁ。まぁ、もし聞かれたとしても話せる事は何もないから、答える事は出来なかっただろうけれど……)


 ぼんやりとそんな事を思っていると、申し訳なさそうに炎が謝って来た。


「如月さん、役に立てなくて悪かったね」


「いえ……」


 美優は、小さく首を振った。


「必ず犯人を見つけてみせるから」


 強い光を瞳に称え断言する。


「葉月さん、本当に何か気付いた事はないんですか?」


 柊哉が探るように炎を見る。


「すまない。本当に分からないんだ」


 炎は、悔しそうに唇を噛んだ。嘘を言っているようには見えない。

 葉月炎程の能力者が分からないという事は、それなりの魔力を持つという事だろう。やはり雪乃の仕業なのだろうか?



 階段の所で、炎と別れる。炎は、三階の自分の教室へ向かった。



「柊哉さん、先生方のおっしゃる通り、今日の所は寮に、このまま戻ります。何だか疲れました」


「寮まで、送ります」


「いえ、一人で大丈夫です。少し一人で考えたいので」


「そうですか……分かりました。気を付けて」


「はい」


 美優は、力なく微笑み、柊哉から離れた。立ち去ろうとする美優に、後ろから声を掛ける。


「美優、僕は君に辛い事から、逃げないで立ち向かえるようになって欲しいと思っている」


 美優は、ピタリと足を止めた。柊哉が何を言おうとしているのか、美優は、瞬時に理解した。が、それに答える事は出来なかった。


「すみません。荷物お願いします」


 振り返る事もせずに美優は、その場を後にした。

 柊哉は、黙ってそれを見守っていた。


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