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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
12/56

写真

 誰もいない真夜中の学校。物音一つしない、静かな学校。そこに一人の少女の姿。

 真っ暗な闇の中、少女は、難なく目的の場所へと突き進む。まるで、その暗闇の中でも不自由なく目が見えているかのごとくに――


 学校には、防犯の魔法が掛けられている。少女には、何故かその魔法が一つも作動しない。

 楽しそうに、鼻歌を歌いながら校舎に近付く。


 少女が玄関に入ると、ピカリと防犯ライトが灯る。それは、普通の人感センサーライト。

 少女の姿が、一瞬暗闇に浮かび上がる。深紅の長い髪に真っ赤な瞳。そして、血のような真っ赤な唇。

 直ぐ様、ライトをチラリと一瞥する。パンッと渇いた音と伴に弾け飛んだ。


「チッ」


 小さく舌打ちする。


「こざかしい真似してくれるわね」


 不機嫌そうに顔をしかめ、直ぐ横に設置された防犯カメラを、手も触れずに叩き落とし踏みつけた。

 カシャリと音をたて、簡単に壊れる。まるで、玩具のように――


「まぁ、いいわ」


 少女は、そう言い捨て、手に持つ紙の束をばらまき始めた。ヒラヒラと宙を舞い、個々の靴箱へ一人でに入って行く。

 まるで、沢山の蝶が舞うようにも見える。

 その紙が全てなくなると、少女は真っ赤な舌で、唇をペロリ舐め、呟いた。


「最後の仕上げね」


 クルクル丸めた大きな紙を外の掲示板に貼りつけた。少女は、クスリと笑って、その場を立ち去った。

 後は元の静寂と闇に包まれた。






 柊哉が危惧した事は、直ぐに現実の物となって現れた。

 昨日同様、冷たい視線を浴びながら、学校まで登校する。でも、昨日程の恐怖心は美優には、なかった。

 取り敢えず、教室まで行けば安心だからなのかもしれない。

 だが、その考えが甘い事を直ぐに思い知らされる事になった。


「如月さん、大変よ!!」


 美優達の姿を見付けると、香が脱兎のごとく、駆け寄って来た。


「香ちゃん、どうしたんだ?」


 香に気が付いた和人が声を掛ける。


「おはよう、和人君」


 顔を赤らめながら、朝の挨拶をする。


「おはよう。で、何が大変なんだ?」


「あぁ、そうだ」


 すぐに真面目な顔に戻る。


「こんな物が靴箱に入ってたの。それに掲示板にも……」


 一枚の紙切れを差し出した。

 そこには、二人の生徒が写った写真がプリントアウトされていた。

 玄関から、少し離れた掲示板に、人だかりが出来ていた。


「……誰がこんな写真」


 目を大きく見開き震える声で、美優は呟いた。

 そこには、美優と炎の抱き合う姿がはっきりと写されていた。正確には、抱き止められただけなのだが。

 四人が驚きの表情で、美優を見た。


「ち、違うんです」


 慌てたように、否定する。


「これは、昨日ぶつかった時に抱き止めてもらっただけです。本当です、信じて下さい」


 そう言って、四人を……イヤ柊哉ただ一人を見つめた。


(誰に信じてもらえなくても良い。柊哉さんに信じてもらえれば)


 そんな思いで、じっと見つめる。柊哉は、何も答えなかった。


 暫く沈黙が続く。エミリが口火を開く。

「私、美優を信じる。炎さんも、美優にぶつかったって言ってたし……それに……」


 チラリと黙っている柊哉に、エミリは視線を向けた。


「私も美優ちゃんを信じます」


 真生が続けて答えた。


「あんたは、どうなのよ?」


 ジロリと横目で睨みながら、エミリが和人に言った。


「し、信じるに決まってるだろ。なっ、柊哉?」


「……えっ、あぁ」


 和人に声を掛けられて、気もそぞろに返答する。考え事をしていたようだ。

 煮え切らない柊哉の返答に、美優は不安を覚えた。


「柊哉さん……本当に違うんです」


 美優が不安そうな瞳で、柊哉を見上げた。その瞳に気が付いた柊哉が、そっと美優の頭に手を触れ、ポンポンと撫でる。柔らかい髪がフワリと揺れる。


「大丈夫、信じてるよ。それに、もし美優に好きな人が出来ても、僕達の関係は、何も変わらない。魔法学校ここにいる限り、僕は君の側にいる。君のお父さんとの約束だから……」


(お父様との約束……)


 美優は、心臓が締め付けられるような思いがした。柊哉は、美優を安心させる為に、言ってくれているのは分かる。

 だが、その言葉が美優を一番傷付けていた。




「何だか、美優ちゃん、元気無くなっちゃったな……まぁ、二日続けて、こんな事になれば、当然か……」


 シュンとした美優の様子に、和人が心配する。


「大丈夫よ、如月さん。私達クラスメイトは、貴方の味方よ。昨日の一件で、反省したし、それが紅蓮の騎士でも、同じよ。もし、その中に裏切る奴がいたら、私がビシッと言ってあげる」


 香りは、和人の様子を伺いながら言った。


「恋の力って凄いのね」


 香の豹変ぶりに、思わずエミリがボソリと零す。


「えっ、何か言った?」


 香がエミリの声に反応する。


「いえ、何も」


 エミリは、愛想笑いを返した。




 玄関を入り、靴箱へ向かう。皆の靴箱にも、香同様の用紙が入れられている。

 それは、美優の靴箱にも……

 どうやら、無差別に配布したようだ。



 いつものように上靴を取り出す。


(あ……)


 美優は、上靴に目を落とし、ピタリと動きを止めた。


「どうしたの、美優ちゃん?」


 慌てたように、美優は、上靴を押し戻す。


「あの……そう、忘れ物、忘れ物してしまいました。取りに行って来ますので、先に行ってて下さい」


「一緒に行こう」


 柊哉が一歩前に足を踏み出した。


「いえ、大丈夫です」


 プルプルと首を振って拒んだ。


「でも……」


「大丈夫です。一人で行けます」


 大きな声で言い放つ。

 皆が驚いた顔で美優を見た。


(あっ……)


 自分が出した大声に美優自身、驚いていた。怒鳴るつもりなどなかった。

 これ以上、柊哉に迷惑を掛けたくなかった。


(入学して、まだ三日。なのに迷惑ばかりだ)



「ご、ごめんなさい。本当に……大丈夫ですから……」


「分かりました。先に行ってます」


 柊哉は、淋しそうに微笑んだ。


「えっ、いいの?」


 エミリが心配そうな視線で二人を見比べる。


「はい、行きましょう」


 柊哉はエミリを促す。

 ポニーテールに結んだ金色の髪を揺らしながら、後ろを気にしつつ、エミリ達は立ち去った。




「はぁーっ」


 美優は、一人靴箱の前で深い溜息を吐いた。ソッと靴箱から、上靴を取り出す。マジックで心無い落書きされた靴。誰にも見せたくなくて、嘘を付いた。

 クスクスと笑う女生徒の声が洩れ聞こえる。多分、これをやった張本人達だろう。

 上靴を持つ手が小刻みに震える。悔しいのか悲しいのか、よく分からない感情が込み上げる。


「如月さん」


 不意に後ろから、声を掛けられた。首を捻って、その姿を確認する。

 きっちりと前髪を揃え、三つ編みに束ねた生真面目そうな見覚えのある少女。

 色白で、少々ぽっちゃりしている。


(確か、師走しわすさん……だったかしら……)


「師走冬子よ、貴方と同じクラスの。で、こっちが十二田司とにたつかさ師走家うちに代々仕える執事よ。まぁ、今はクラスメイトでもあるけど」


 頼りなさそうな黒髪の青年が敬うように頭を下げた。歳は二十歳そこそこというところか。

 美優も、和かい物腰で頭を下げる。


「昨日は、有難うございました」


「お礼を言われるような事は、何も……結局、私は何もしてあげられなかったし……そんな事より、これ」


 冬子は、真新しい上靴を、美優に差し出した。


「これは……?」


「十二田に用意させたの。似たような事、私も昔あったから……もしかしたらって思って」


「でも……」


「それじゃあ、教室行けないでしょ?」


 落書きされた上靴を指差した。確かに、これでは行けない……かといって、予備の靴を取りに行っていたら、遅刻をしてしまう。


「では、お借りします。後で、お代はお支払い致します」


「いいのよ、そんな事は」


「いえ、そういう訳にはいきません」


 きっぱりと美優は、言い切った。


「分かったわ。如月さんが、気になるなら、それで……」


「はい、有難うございます」


 冬子から、上靴を受け取り履き替える。新しい上靴は、足に馴染まず少々痛い。時が経てば、その内、馴染むだろう。


(私も上靴のように、魔法学校ここに馴染める日がくるのだろうか?)


 新しい上靴に目を落とし、思った。


「如月さん、教室まで一緒に行きましょう」


 美優の手をそっと捕った。それは、とても温かな手だった。






「あれっ、美優、忘れ物取りに行ったんじゃないの?」


 冬子と連なるように、教室に入った美優に気付き、真っ先にエミリが走り寄って来た。教室内は、友達同士でお喋りに花を咲かせ、和やかな雰囲気が漂っていた。今朝の騒動を、皆知らない訳では無い。知っていて、尚、普通に振る舞っているのだ。美優の為に、和人が指示したのである。


「忘れ物、勘違いだったのよね、如月さん」


「えぇ」


 美優は、冬子に調子を合わせた。


「美優も意外にドジなのねぇ」


 カラカラとエミリは、楽しそうに笑った。なるべく、いつも通りに接しようとしてくれていた。


「あっ、如月さん、おはよー」


「おはよう、如月さん」


 昨日声を掛けてくれた男子生徒、そして、悪口を言っていた女生徒達も、美優に挨拶をする。まるで、昨日の事が嘘みたいだ。


「おはようございます」


 美優の頬も、その和やかな雰囲気に呑まれ、自然と緩んだ。


 一番後ろの窓際の座席へ、机の合間をぬって、席に着く。


(あれっ、柊哉さんは?)


 先に教室に向かった筈の柊哉の姿が見えない。教室内を探すが、そこに姿はなかった。


「エミリちゃん、柊哉さんは?」


「知らない。教室来る途中で、居なくなっちゃったのよねぇ」


「美優ちゃんの所に行ったのかと思ったんだけど、違ったんだな」


 一つ前の席より、後ろを振り返って、会話に割り込む。どうやら、聞き耳を立てていたらしい。和人の金色のピアスがキラリと怪しく光る。


「何処に行ったのかしら、柊哉さん」


 ポッカリと空いた柊哉の席をじっと見つめた。


 窓辺から朝日が射し込み、美優の机を明るく照らしている。その机が暗く陰るのを感じ、美優は、外を眺めた。

 どうやら、太陽が一瞬、雲に覆われたようだ。直ぐに、ヒョッコリと顔を出し、明るさを取り戻した。

 美優は、原因を突き止め、再び教室内に視線を戻そうとした。


(柊哉さん!!)


 玄関の辺りに、柊哉の姿を見つけた。ピタリと視線を止める。此処からでは、よく見えない。

 そして、近くに十二田の姿もある。


(十二田さん、いつの間に……)


 美優は、一緒に教室に来ていると思っていたのだ。


 十二田は、手に持つ白い束を、柊哉に渡す。既に柊哉も白い束を腕に抱えている。渡された束を自分の持っている束へ重ねた。

 人だかりの掲示板に向かう十二田。少しして、大きな紙を持ち、柊哉の元へ。


(あれは……)


 美優は、彼らが何をしていたのか、理解したのだった。





 エミリ達を促して、教室に行く際、柊哉は、皆の目を盗み玄関まで、戻って来ていた。靴箱の陰に身を潜めて、美優の様子を窺った。

 クラスメイトの師走と何やら話をしている。

 暫く、黙って見守る。二人のやり取りから、状況が何となく呑み込める。


(これは、如月雪乃の仕業ではないだろう。昨日の今日で、あいつがこんな事を許す筈がない。では、一体誰が……)


「湊さん」


 ビクッと肩を震わす。十二田が、いつの間にか横に立っていた。

 柊哉にしては、珍しい事だ。それだけ、考え事に集中していたか、十二田が気配を消す事に長けていたか、それともその両方なのか。


(十二名家に仕える者ならば、有能な者。まして、彼女に仕えるなら、尚の事、それは必要だ)


 意味ありげに冬子を見つめる。そして、頼りなさそうな十二田に視線を戻す。この外見も相手を油断させる為なのかもしれない。なかなか侮れない存在だ。


「すみません、ご迷惑をおかけして」


 柊哉は、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえ、いいんです。それよりも、如月様を一人になさらない方が……」


「分かっています。紅蓮の騎士のファンは、少々気が荒いようですね」


「はい。取り敢えず、お嬢様が教室まで、行って下さるそうです。私は、湊さんのお手伝いをと言われました」


 ガヤガヤ騒がしい雑踏の中、静かな物腰で話す。沢山の生徒達が、教室へ行き交う。


「助かります。学校内は、授業と部活以外の時は、普通の生徒は魔法厳禁ですから」


 唯一、魔法を行使出来るのは生徒会と風紀委員のみである。魔法は、生死に関わる事故を起こしかねないからである。



 まだ、登校していない生徒も結構いる。膨大に並ぶ靴箱を眺めた。ここから、用紙を回収するのは、魔法なしでは、かなり大変だ。柊哉は、有難く十二田の申し出を受ける事にした。

 一人でも、この用紙を見るのを減らしたい。それが、人づてに伝わる事が分かっていたとしても…実際に見るのと、話を聞くのとでも、感情移入も違う。用紙を持っている人が見せて歩けば、無駄なことなのかも知れないが。


「困った時は、お互い様です。こちらに何かあった際には、お力添えを」


 キラリと一瞬目の奥を光らせる。


(師走冬子にも、これから色々と問題が出て来そうだ。十二田さんは、それを分かっている。師走さん自身は、それを考えての助力とは思わないが、十二田さんは違う。彼は、それを考慮しての助力だろう)


「勿論です。美優にマイナスとならない事でしたら……」


 柊哉は承諾した。



 柊哉と十二田は、右と左の二手に分かれ、一つ一つ靴箱を確認し、手作業で用紙を抜いて行く。三学年ともなると結構な数だ。途中、登校した生徒達が不審げな視線を投げかける。柊哉は、そんな視線を気にも止めない。玄関先の靴箱に近付いた時、ふと顔を上げた。


(あれっ?)


 柊哉は、違和感を感じた。


(昨日と違う)


 鋭い観察力で、違和感を感じた場所を見つめる。思い出すように、こめかみに指を充てる。

 昨日合ったはずの防犯カメラが、無くなっている。それに、近くに設置されていた、昼間は点く事の無い人感センサーライトのライト部分が割れている。


(これは……後で確認しに行く必要がありそうですね)


 柊哉は、そっと顎をさすった。



三人称で書いているのですが、視点が色々変わってしまっています。この書き方は、ダメなのか?と、最近思いました。勉強不足ですみません。

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