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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
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紅蓮の騎士

「どう、少しは落ち着いた?」


 葉月炎が優しく話しかける。椅子に腰掛けたまま、美優は頭を下げた。


「はい、ありがとうございます」


 美優は、涙が渇くまで、風紀委員室で休ませてもらっていたのだ。彼は、黙って美優の側に付いていてくれた。

 落ち着きを取り戻した美優は、ふと思い出す。


(葉月炎……つい最近、何処かで聞いた名前。何処で聞いたんだろう?)


 思い出そうと記憶の糸を探り出した時に、何の前触れもなく、ドアが勢いよく開け放たれた。


(えっ、誰っ?!)


 美優と炎は、険しい表情で、同時にそちらへ顔を向ける。悪意のあるメールのせいで、神経が過敏になっているのだ。



 そこには、女生徒が二人。一人は、ドアを開け放ち、もう一人は、それを静止しようとしていた。それは、美優の知った顔だった。


 スクッと椅子から、立ち上がる。


「エミリちゃん、真生ちゃん……」


 突然の知り合いの来訪に、目を丸くして、呟いた。


「良かった、美優見付かったぁ」


 エミリが、安堵の表情を浮かべる。真生も同様だ。

 そんな二人の表情を見て、美優は心が熱くなるのを感じた。


「知り合い?」


 炎が声を掛ける。


「はい」


 美優は、頷いた。


 ホッとしたのも束の間で、炎の存在に気が付いた真生が、戸惑いがちに謝った。


「あっ、すいません。ノックも無しで勝手に開けてしまって」


「ごめんなさい。慌ててたのでつい……」


 エミリも真生に続いて頭を下げた。精悍な顔付きの三年生の登場に、二人ともやや気後れしているようだ。


「いや、いいんだよ。如月さんの事が心配だったんだね」


 そう言って、優しく笑いかける。エミリと真生は、同時に頬を赤く染めた。




 エミリは、ソロリソロリと美優の横に身体を移動させ、肘でこづく。またしても紹介して欲しいようだ。ワンパターンの行動に美優は自然と笑みをこぼした。


「野田エミリさんと大谷真生さんです。私のクラスメイトです」


 炎が手を差し出しながら、自己紹介する。


「葉月炎です」



(…………!!)


「あっ、紅蓮の騎士ナイト!!」


 美優は、突如、大きな声をあげた。エミリが言っていた事を、彼女を見て、思い出したのだ。

 何事かと、三人が、視線を送る。

 美優は、火がついたように、頬が熱くなった。


(は、恥ずかしい……)


 穴があったら入りたい。まさに、そんな心境である。


「確かに、俺の事を光栄にも、そう呼んでくれている人がいるみたいだね。一年生にまで、もう知れ渡っているのか?名前より、愛称の方が有名なんだな。ハハハ……」


 炎は、楽しそうに笑う。


「勿論、知ってます。葉月さんのお名前も。お会い出来て光栄です」


 エミリが嬉しそうに言った。

 先日、部活動説明会で拝見出来なくて、ものすごーく残念がっていた事を美優は、思い出していた。


「どうして、お二人はここに?」


 真生が不思議そうな顔で、美優と炎の顔を見比べる。


「えっと……」


 美優は、言葉につまる。

 泣いていた事を知られたくなかった。

 二人に、これ以上心配をかけたくなかったのだ。


「さっき、俺が突然入口から出て、ぶつかってしまってね。痛そうにしてたから、少し休んで貰ってたんだ。何処か怪我してない?」


美優が泣いていた事を、隠すように炎が言った。美優の気持ちに気付いたようだ。


「はい、大丈夫です」


「良かった。それにしても、鍛え過ぎるのも考え者だな。自分は、丈夫になるが他人に怪我をさせてしまう。少しは自重しようかな」


 炎は、苦笑いを浮かべ、半分冗談、半分本気で言った。


「ダメですよ。二年連続魔法学校対抗試合に優勝出来たのは炎さんのおかげなんですから……今年も優勝する為に、もっと鍛えてもらわないと」


「野田さん、随分詳しいんだね?」


「え、えぇ、色々調べましたから」


「優勝出来たのは皆の力さ。特に、昨年は、如月慶という強い戦力も入ったからな」


「慶くん……」


 美優が小さな声で呟き、複雑な表情を浮かべた。


(慶くんのせいではないが、正直、今は、慶くんの事を思い出したくはない)


「そろそろ、午後の授業が始まる。戻ろうか?」


「はい」


 三人は、同時に返事をした。




 後十分で、午後の授業が始まる。エミリと真生は、少し前を歩く。


「泣いていた事、黙っていてくれて、有難うございました」


 美優は、隣を歩く炎に小声で話し掛けた。

 前を歩く二人は、気付いていない。廊下に並ぶ委員室を見ながら、どんな委員会があるのか、確認しているようだ。


「いや、別に……」


 そう言って、一度言葉を切る。そして、続ける。


「でも、もっと彼女達を頼ってもいいんじゃないかなぁ」


「えっ?!」


「じゃあ、俺は、こっちだから……野田さん、大谷さんもまたね」


 教室付近まで、いつの間にか戻って来ていた。三年生の教室は、三階にある。

 軽い足取りで、階段を上って行く炎を見送る。気が付くと、先を行く二人も炎を見送る為に美優の隣にまで来ていた。


「ねぇ、さっき何コソコソ話してたのかな?」


「べ、別に……ただの世間話です」


 戸惑いがちに美優は、答えた。どうやら、内緒話をしていた事に、エミリは気が付いていたようである。


「まぁ、いいやー。おかげで、紅蓮の騎士ナイトと知り合いになれたしね。私は、やっぱり、氷の貴公子より、裏表のない紅蓮の騎士かなぁ」


「私も……」


 珍しく、真生まで、エミリに賛同する。


「おっと、そんな事より美優、どうする?」


 急に真面目な顔で聞いてきた。


「そうです。美優ちゃん、どうしますか?」


「どうって?」


 二人が何を言いたいのか分からない。


「教室、戻れる? 保健室で、休ませてもらうっていう手もあるけど……」


(教室……確かに戻りたくない。でも、保健室には、住田さんがいるし……今回の件については、既に知っているだろう。根掘り葉掘り聞かれるのは……)


「美優」


 階段の踊り場から、柊哉が声を掛けてきた。


「柊哉さん?!」


 上の階より、下りてくる。


(何処に行っていたのだろう?)


「良かった。見付かったんだね。野田さん、大谷さん有難う」


「お礼を言われる筋合いはありません」


「そうよ、私達友達だから、当然の事をしただけ。ねっ、美優」


(友達……)


 美優は、そっと胸に手を当てる。なんだか、心が温かくなるのを感じた。

 柊哉は、優しい瞳で、眼鏡ごしに、それを見つめていた。



「教室、戻ろうか?」


「えっ?!」


 エミリと真生が、柊哉の言葉に驚愕の声を上げた。

 昼休みも終わりに近付き、皆、それぞれの教室に戻り始めている。


「でも……」


 二人が、心配そうに美優を見つめる。


「大丈夫。教室の方は、和人が何とかしてくれてるはずさ。時間を置くと余計に戻りずらくなるものだよ。まぁ、決めるのは美優だが」


 三人は、黙って美優を見守った。


(柊哉さんが、そう言うなら戻った方が良いのだろう)


「戻ります」


 真っ直ぐ前を見据えて、返答した。






 教室に向かって、四人は歩いていた。先程とは、違い美優に視線を送る者はいない。皆、一目散に教室へ向かっている。

 教室に戻る間、誰も口を開かなかった。


 美優の足は教室に近付くに連れて、鉛のように重くなる。


(やはり、保健室で休ませてもらえば良かったかしら……)


 後悔の念が頭を持ち上げ始めた頃、1―Dのプレートが目に入った。自然と足が止まる。


 教室のドアは、開かれていた。誰もいないのかと思う程、静かだ。

 ゴクリと唾を飲み、黙って入口を見つめる。


「美優、行こう」


 柊哉が優しく手を差し伸べる。美優は、その手を取った。柊哉の暖かい温もりを感じる。エスコートをするように、教室まで導いてくれる。


(大丈夫、柊哉さんが居てくれる)


 美優は、エスコートされるまま教室へ足を踏み入れた。


 クラスメイト達は、席に着いている。一斉に美優に視線を送る。その中に和人の姿もあった。

 美優の悪口を言っていた女生徒の中心核、中山香なかやまかおりが無言で立ち上がり歩みよる。それに続くように、他の女生徒達も取り囲む。美優は、思わず二、三歩後退りをした。

 庇うように、エミリと真生が美優の前に立つ。

 緊張した面持ち――



「ごめんなさい」


 女生徒達が、一斉に深々と頭を下げる。


「えっ!!」


 拍子抜けしたように、エミリ、真生、美優は、女生徒達を見た。柊哉一人は、和人に視線を移す。和人も柊哉の視線に気付きピースサインをしている。

 思った以上の行動をしてくれた。


「如月さん、ごめんなさい。ちょっと、言い過ぎたわ。貴方の事、何も知らないのに、あんな悪質なメールを一方的に信じて……和人くんに怒られちゃった」


「それに十二名家が私達なんか、どうせ相手にしないだろうし……」


「そうよね、遠くの美少年より、近くの……」


 そう言ってチラリと和人に視線を送る。女の子の目は、ハートマーク。

 いつの間にか、女の子達の憧れの的になっているようだ。


「一体、どうなってるのかしら?」


 エミリの目が点になった。



 午後の授業も無事終了。

 放課後、寮への帰り道。

 今日は、五人全員揃っている。他の生徒の視線を受けぬように時間をずらして帰路に着く。

 周りに生徒は、いない。

 夕焼けの中の帰宅。当たり一面オレンジ色に彩られていた。


「一体、どーやって、彼女達をたらしこんだのよ」


 またしても、エミリが突っ掛かるように言った。


「たらし……って、何、人聞き悪い事言ってんだよ。彼女達も、勢いに任せて言ってしまって、後悔してたようだから、悪いと思ってるなら、謝ればって言っただけだ。それに、ちょっと、お説教もしたけど……」


「それよ!!」


「それぇ?」


 何を言ってるんだとばかりに怪訝な顔をする和人。


「最近の子は、怒られ慣れてないから、怒る姿が格好良くみえちゃったのかしら。勘違いしちゃったのねぇ〜。上手い手を使ったわね。すっかり、皆騙されちゃって……」


「騙してなんか無い。失礼な奴だなぁ」


「それ位にして、あげてもらえませんか? 僕が和人に頼んだので」


 柊哉が横から口を挟んだ。


「柊哉さんが……?!」


 エミリは、仕方なさそうに口を閉ざした。


「とりあえず、何とかなりそうですね。和人くんのおかげで教室は問題無くなった訳だし。後は時間の問題ですよね」


 真生がホッとしたように言った。


「そうだといいのですが」


 柊哉は、危惧するように答えた。


いつも読んでいただき有難うございます。

久しぶりの更新となります。次回は、もっと早く更新出来るよう頑張ります。

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