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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
1/56

入学式

連載小説は、初挑戦です。文章を書くのが下手ですが、読んでみて下さい。

 古風だが、趣ある鉄の門。その門柱には、第一魔法学校の文字。かなり古いが、きちんと手入れをされている。この古さが、時代と歴史を物語っていた。

 ここ、第一魔法学校は、世界最古の魔法学校である。

 現在は、魔法使いの人口が増えた為、第三魔法学校まで、存在する。

 この時代、日本の人口、一億二千万、そのうち魔法使いが二万人、特殊能力者が一万人である。

 学校事態、数が足りていないので、全てが魔法学校に通える訳ではない。学校を増やしたくても、政府〈力を持たぬ者〉の許可が下りないのだ。

 政府にとって、能力者は、驚異でもあり、脅威にもなりえる存在。より強い力は、欲しいが、敵になった時を思うと……

 人間とは、複雑な生き物である。



 中学までは、普通の小中学校に通い、勉学の基礎を学ぶ。普通の学校と言っても能力者しかいない。

 能力者と非能力者は、お互いが犬猿しあい、別々の地域で生活している事が、ほとんどだからである。


 中学卒業後は、大抵の者達は、高校に通う事になるが、能力の強い者、地位や財力のある者は、魔法学校へ通う。そして、魔法に関する専門知識を学び、より強い能力を身に付けていく。

 魔法学校を卒業するという事は、将来、確実に地位や名誉を手に入れる事が出来る。その為、何年留年しても進学をしようという者が後を絶たないのも事実である。




 ドキドキドキ……


 胸の鼓動が早鐘のように鳴り響く。緊張と不安で、今にも押し潰されそうだ。

 車窓から流れる景色を眺め、何とか気持ちを落ち着かせようと試みるが、どうやら、無駄な抵抗のようだ。街並みも消え、次第に緑の木々が増え始めた。

 もうすぐ、到着するのだろう。


 左手首のかわいいハートを型取ったシルバーのブレスレットに、そっと触れる。母からもらった唯一のプレゼントだ。

 如月美優(きさらぎみゆう)には、母親がいない。


 物心が付いて、すぐに、美優を置いて出て行ってしまった。


(私は、捨てられたのだ)



 キーッー


 身体がガクンと揺れるのを感じ、美優は、我に返った。


(とうとう、着いてしまったようだ)


 既に車は、止められていた。

 美優は、顔を傾け、車内から窓の外を眺め、ため息を吐いた。

 最初に目に飛び込んで来たのは、古くて大きい重々しい鉄の門と塀。街から離れた場所に位置する事を考えても、作為的に外界と切り放しているようだ。

 門の傍らには、桜の木でピンクに彩られ、その先の広大な敷地には、沢山の緑の木々が植えられている。

 そして、木々の合間から、赤いレンガのお洒落な建物。

 どうやら、あれが学校のようである。

 寮が併設されているらしいが、ここからは、確認する事が出来ない。


 -パタン-


 父親、優作(ゆうさく)の運転手兼秘書の駒井武人(こまいたけひと)が運転席から降りる。

 二十代半ばの黒のスーツに白い手袋をはめた細身の背の高い男性。銀縁眼鏡に、きっちり整えられた髪が几帳面さを伺えさせる。

 常に無表情で、機械的な駒井。

 冷たい印象を持っていた美優は、苦手だったが、優作は信頼しているようだ。

 きっと、優秀なのだろう。


「社長、お嬢様、到着致しました」


 駒井は、優作、美優という順番で、ドアを開けエスコートしてくれる。

 漆黒に光輝く高級リムジンから、二人は降り立った。

 その瞬間、誰もが一瞬、その姿に目を奪われる。


 背中辺りまでの茶色の髪にふわふわのウェーブ。色白の肌に長い睫毛、柔らかそうなピンクの唇。

 パッチリとした大きな瞳が印象的な、お人形さんのような可愛いらしい少女。

 誰もが守ってあげたくなる儚さを持つ、清楚可憐な乙女。

 そして、その少女の横には、三十代後半の凛とした目元が印象的な整った顔立ちの男性。

 皆の視線を集めているのは、その容姿だけならず、絶大な魔力にもあった。


 二人を取り巻くオーラ自体他の者と桁違いなのだ。



 --第一魔法学校--


 門柱には、堂々と学校名が掲げられている。


「良さそうな学校だな。名門校というだけの事はある」


 校門の前に立ちはだかり、広大な敷地や建物を眺め、フムフムと一人頷きながら、優作は、呟いた。

 先程から、注目を浴びているのを感じ、美優は居心地が悪かった。何故、注目を浴びているのか分からなかった。

 優作の方は、慣れているのか、全然気にしている様子もない。


「セキュリティもしっかりしているようだし、これなら安心だな」


 こちらに顔を向け、にこやかな笑顔で言う。


(セキュリティ……?)


 美優には、分からないが優作には、感じとれるのだろう。

 学校にかけられている魔法を……


「いよいよ、美優も学校に通うのか……お前のこんな姿を見られるなんて」


 感慨深げに制服姿の美優を眺めた。

 紺色のブレザー、真っ白なブラウスに身を包み、首元には、緑のリボン。紺と緑のタータンチェックのミニスカートから、スラリとした長い足が伸びている。

 そして、ほどよいふくらはぎを紺のハイソックスが包んでいる。

 学年ごとにリボン、スカートの色が違い、今年の一年生は、緑なのである。


「美優、制服よく似合っているぞ」


 優作は、終始満面の笑みを浮かべ、かなり上機嫌。


「ありがとうございます」とどこか浮かない表情で答える。

 校門前に、いつまでも留まる二人を残し、何組もの親子連れが通り過ぎて行く。

 駒井は、黙ってリムジンの側に立ち、二人のやり取りを見ている。


「入学式、出れなくてすまないな」


 浮かない表情を勘違いした、優作は謝った。

 美優は、同じ制服を着て、嬉しそうに門の中へと消えて行く親子をチラリと見た。

 羨ましくないと言ったら、嘘になるが、美優の浮かない表情の理由は、それではなかった。

 美優は、初めて学校に通うのだ。

 魔力が強過ぎて、自分で制御出来ない為、小学校も中学校も通えなかった。

 怖いのだ、力が暴走して、誰かを傷付けて、しまうのではないかと……


 普段は、母がくれたブレスレットと父がくれたネックレスで魔力を抑えて使えないのだが、興奮したりすると、その力が解放されてしまう。

 不安で不安で堪らない……

 そのうえ、自宅から遠い為、これから寮で暮らさなければならない。

 益々不安は募る一方だ。


「これから、暫らくは会えなくて寂しくなるなぁ……大丈夫か?」


 優作の言葉にビクリと肩を震わす。

 思わず、顔を上げて、優作を見つめ口を開きかけた……


「社長、そろそろお時間ですが」


 リムジンの横に立つ駒井が声をかけた。

 美優は、開きかけた口を黙って閉じた。


「それなら、このまま帰りたい」


 思わず、そう言ってしまいそうになった。

 美優は、うなだれる。

 長い髪がバサリと頬にかかる。地面を見つめじっと考える。


(ダメなのだ。それでは……それでは、彼に会えなくなってしまう。大好きなあの人に……頑張らないと……)


 ぱっと顔を上げ、真っ直ぐに優作を見つめる。

 不安が消えた訳ではない。

 それでも、彼の側に居たいのだ。


「大丈夫です。先生もいらっしゃいますし」


 ニコリと無理矢理笑顔を作るが、自分で、その笑顔がひきつっているのを感じた。

 優作は、それに気付いていないようだ。


「そうか、お前も大人になったんだな……学校には、行きたくないと、あんなに言っていたのに」


 しみじみとした口調で言う。

 まるで、娘の成長を喜んでいるようだ。

 そんな、優作の姿を見て、美優は、ギュッと唇を噛んだ。


(喜んでいる理由は、他にあるくせに)


「社長、申し訳ないのですが、そろそろ、本当に出発なさらないと遅れてしまいます」


 腕時計を見ながら、再度、駒井が声をかける。気を使って、ギリギリまで待ってくれたようだ。

 駒井にしては、珍しく、少々焦っているのを感じた。そんな様子に、本当にギリギリだと言う事を悟った。


「分かった。それじゃあ、頑張るんだよ」


 前半は、駒井に、後半は、美優に声をかけ、慌て車に乗り込んだ。駒井も美優に一礼して、車に乗り込むやいなや、すぐに発進させた。

 美優は、走り去った方角を見つめていた。車は、次第に遠ざかり、小さくなる。そして、いつしか見えなくなった。


 ハァー。

 一人取り残された美優は、大きなため息を吐いた。


(本当に、一人になってしまった。これから、どうしたら、いいのだろう……)


 入学式は、講堂で行う。

 それは、分かっているのだが、一人で行く勇気がなかった。

 今まで、家の中で閉じこもるような生活をしていた美優。他人と関わった事がない。偶に、外出する場合でも、必ず誰かが、一緒に居てくれた。

 そして、今日、本来ならば、父親が一緒に入学式に出席する予定だったのだが、来る途中で、会社でトラブルがあり、急遽、会社に出勤する事になってしまったのだ。

 途方に暮れて、一人ポツンと、立ちすくむ。

 時折吹く風が、ピンクの花びらを舞わせ、美優の髪を踊らせる。


 一組の親子が、校門の真ん中に立ちすくむ、美優を邪魔そうに、ジロジロ見ながら、避けて通る。ショートカットの似合うボーイッシュな女の子。何故だか、親の敵を見るような怖い目で、睨み付けてくる。

 美優は、思わず後退りをした。


 --ドン--

 背中に誰かが当たる感触。

 美優は、すぐさま振り返る。


「あっ、すみません」


 勢いよく頭を下げた。

 後ろから、来た男の子にぶつかってしまったのだ。

 美優と同じ位の身長。ひ弱で、大人しそうな地味な男の子が、大きく目を見開いて、美優を見つめる。

 瞬き一つせず、じっと固まる。


(……?)


 返事をしない男の子へ、もう一度謝った。


「あのー、すみませんでした」


「いえ」


 男の子は、我に返ったように、短く答え、足早に去って行った。

 門柱の陰に、美優は、そっと移動した。


(先程から、視線を感じていたのは、通り道を塞いで、邪魔していたせいだったのね)


 恥ずかしさに、頬が赤らむのを感じた。

 自分が人目を惹く、美貌と魔力の持ち主だと言う事に、美優は、まだ気付いていない。今まで、限られた人の中で生活をしていたのだから、当然と言えば当然なのだが。


「如月さん、中に入らないのかい?」


 聞き慣れた低い声で、後ろから、声をかけられる。顔を見なくても、すぐに分かった。


「先生」


 安堵と出会えた嬉しさで、顔を輝かせ、振り返った。美優と同じ制服、紺色のブレザーに紺と緑のチェックのネクタイにスラックスの青年が立っていた。

 カッコいいとは、言い難い、癒し系の青年、湊柊哉(みなとしゅうや)。眼鏡を掛けた奥の瞳が優しそうである。


「この年で、制服を着るとは思わなかったよ」


 照れ笑いを浮かべた。


「あれ? お父さんは?」


 美優をが一人なのに気付き尋ねた。


「急な仕事で……」


 小声で、心細そうに答えた。


「そうか、それは心細いね……」


 柊哉は、突然、美優に近づき、顔を覗き込む。

 顔を近付けられ、ドキリと美優の心臓が跳ね上がる。頭一つ分位、美優より身長が高い為、柊哉は、腰を少し屈めている。


「如月さん、顔色が優れないけど、具合でも悪いの?」


「えっ!いえ、大丈夫です。緊張で、よく眠れなかったので、多分、そのせいだと思います」


 顔を隠すように、右手で、自分の頬に触れる。

 よく眠れなかったのではなく、実際は、不安で一睡も出来なかったのだが。


「それなら、いいんだけど」


 心配そうな表情のまま、顔を離した。


「……あの……先生、一緒に中へ入っていただけませんか? 一人では、心細くて……」


 消え入りそうな声でお願いした。


「僕も一人だし、それは構わないけど……それより、先生は止めてくれないかな。今日から、同級生になるわけだし……」


 苦笑混じりに言った。


「すみません……では、柊哉様とお呼びすればよろしいでしょうか?」


 小首を傾けて問う。


「うーん……様か……せめて、さんにしてくれないかな」


 柊哉は、右手を顎に当て答える。


「…………」


 暫しの沈黙。美優は、良い事を思い付いた。

 もじもじと恥ずかしそうに、上目遣いで柊哉を見る。


「では、先生も美優と呼び捨てで呼んで下さいますか? そうでなければ、柊哉様とお呼びします」


 意思の強い瞳で、じっと見つめる。こんな時は、絶対に意見を美優は、曲げない。

 根負けをしたように柊哉が返事をした。


「……仕方ない……分かった」


 美優は、満足そうに頷いた。


 湊柊哉は美優の家庭教師だ。学校に行かない美優に、中学の勉強を教えていた。殆ど魔力を持たない柊哉だが、学力は、抜きに出でトップだ。所謂、天才である。大学在籍中に優作に頼まれ、アルバイトという形で、美優の家庭教師をやっていた。

 美優の好きな人とは、柊哉の事である。

 初めて、会った時から、眼鏡の似合う温厚な青年に、どことなく惹かれていた。彼といると何故だか癒される。そして、九ヶ月前のある事をきっかけに美優は、彼を本気で好きになった。


 左手首の腕時計を見ながら、柊哉が言う。


「もう、時間みたいだね。急ごう」


 いつの間にか、校門付近には、人影がない。

 さすがに、初日から、遅刻する訳には、いかない。

 二人は、急いで、校門をくぐった。



 講堂に着くと、既に沢山の人で埋め尽くされていた。講堂内は、様々な人の思念やオーラが渦巻いている。

 クラリ……と一瞬視界が揺らぐのを、美優は感じた。


(何、これ……気持ち悪い)


 空気が淀み、重苦しい。思わず、眉をひそめる。

 こんなに、沢山の人の中に入ったのは初めてだった。しかも、魔法使いの中に……普段は、これ程までに、他人の思念やオーラを感じる事はない。


 強い力を持つ者が、ここには大勢いる。さすがは、名門第一魔法学校。優秀な生徒の集まりという証拠だ。

 その中に満足に力を使えない自分がいるのが信じられないくらいだ。

 思念とオーラに充てられ、軽い目眩を感じつつも、平静を装う。


(先生に迷惑は、掛けられない)


「凄い人だね」


「ええ、本当に」


 何でもない振りを装い、ぐるりと講堂を見回す。

 演壇の前の座席には、美優達と同じ制服を着た新入生、そして、その後ろの方の座席には、新入生の倍近くの保護者達が陣取っている。子供達の晴れ姿を見ようと夫婦揃って、出席しているようだ。この学校に入学するという事は、それくらい名誉な事なのである。

 自分達も席に着こうと、保護者席の合間を抜い、新入生用の座席に近づく。

 Aクラス、Bクラスというように席が、区切られている。どうやら、クラス事に分かれているようだ。

 クラスは、成績順であり、美優と柊哉は共にDクラス。AからΕクラスまで、あるが、Εクラスは特殊能力者のクラスである為、実質二人は、最下位のクラスになる。


 講堂の真ん中に来ると、強い目眩を、美優は感じた。何だか、段々、酷くなっている。

 柊哉の後に続きDクラスの席まで、なんとか辿り着く。ほんの数十メートルが、美優には、とても長く感じられた。

 残る席は、最後尾の列の端に二つ。どうやら、美優達が最後のようだ。

 何とか席に腰掛け、少しほっとした。


(これで、目眩も治まるかしら……)


 キーンコーンカーンコーン

 講堂内にチャイムが鳴り響く。二人が席に着いて直ぐの事だった。本当に、遅刻ギリギリだったようだ。

 前方に設置されている時計を見ると九時を指し示している。入学式の案内通知に書かれていた開始時間が九時だった事を思い出す。これは、開始のチャイムなのだろう。


「それでは、これから、入学式を始めます」


 どこからともなく、凜とした女性の声が響き渡る。

 先程まで、騒ついていた講堂内が、一斉に、水を打ったように、静まり返る。


 周りの景色がぐるぐると回る。ほっとしたのも束の間で、美優は、冷や汗を掻いていた。次第に、呼吸も荒くなる。雑音も入学式開始の声も、美優の耳には届いていない。

 一刻も早く講堂(ここ)から、出たかった。だが、立ち上がる事すら、ままならない。


「気分が悪そうだけど、大丈夫? どこかで、休ませて貰おうか」


 真っ青な顔の美優に気付き、隣の席の柊哉が声をかけたが、既に限界だった。

 柊哉の声を最後にスゥーッと意識が遠退いていった。



「うーん」


 夢にうなされ、顔をしかめる美優。

 凄い汗だ。怖い夢でも、見ているのだろう。

 入学式中に倒れた美優は、一人保健室で寝かされていた。

 入学式の真っ最中の為、学校内に人の姿はない。

 勿論、保健室周辺にも。


 カラリッ


 静かに、保健室のドアは、開かれた。部屋にいるのは、ベッドに眠る美優だけ。保健の先生も入学式の方へ行ったようだ。

 それを確認した上で、一人眠る、彼女の元に近づく人影。




「美優……」


 心配そうな声で、誰かに名を呼ばれる。何だか、とても懐かしい声。ずっと、昔に聞いた事のある優しい声。


(誰、誰なの?)


 美優は、声の主を確認しようと、目を開けようと試みるが、瞼が重くて開かない。

 声に出して、確かめようと思ったのだが、唇が動かない。唇だけではない。身体、全体が動かない。まるで、自分の身体では、ないような感覚だ。美優は、苦しそうに顔を歪めた。

 そっと、温かい物が額に触れる。それは、細くて、優しい女の人の手。


(この感触、私は知っている……お母様……?)


 そう思った時だった、急に身体が楽になる。

 美優は、目を開けて、声の主を確認しようとした。

 が、しかし、それはかなわなかった。再び、意識が暗い闇の中に引き摺り込んだ。

 今度は、安らかな寝息をたてはじめた。



(……ここは……?)


 目を開けると、真っ白な天井が映し出される。

 気が付くと美優は、固いベッドの上に横たわっていた。


「良かった。気が付いたんだね」


 安堵の表情を浮かべ、柊哉が覗き込んでいた。

 何故、自分がこんな所に寝ているのか分からなかった。


「少しは、気分が良くなった?」


 柊哉が優しく問いかける。


(気分……)


 その一言で、美優は、自分が入学式が始まって直ぐに、具合が悪くなって倒れてしまった事を思い出した。

 今は、不思議と全然楽になっていた。眠っている間に、よく覚えていないが、夢を見ていたような気がする。とても懐かしく、切ない気持ちが胸に残る。なのに良い夢と感じるのは、何故だろう。

 その気持ちを確認するように、胸に手を触れた。


「大丈夫です。大分良くなりました。ご心配をおかけしてすみません」


「そんな事気にしなくて、良いんだよ。うん、顔色も良くなったみたいだね」


 柊哉に上から、覗きこまれて、何だか、恥ずかしくなり、身体を起こす。


「あらっ、気が付いたのね」


 いつの間に入って来たのか、白衣に身を包んだ小太りのおばさんが、柊哉の後ろに立っていた。

 ニコニコと満面の笑みを此方に向け、人懐っこそうだ。


「毎年、具合悪くなる子いるのよね。名門校ともなると、緊張し過ぎて前日眠れなかった子とか、オーラに充てられちゃった子とか。今時の若い子は、自分の力を誇示したがるから、オーラ全開。その為、余計に他人のオーラに充てられちゃうのよね。去年なんか十人近くいたから、ベッド足らなくて、困っちゃった。五個しかないから、ベッド。それで、床に布団敷いてさ。今年は、あなた一人だったけど……」


 機関銃のような勢いで話しだす。お喋り好きな人のようだ。


(……………)


 黙っていると話が長くなりそうだ。


「あの、ご迷惑をおかけしてすみません」


 美優は、言葉を無理矢理遮った。目眩や気持ち悪さはなくなったものの、身体はダルく、正直、長話しに付き合う余裕は無かった。

 言葉を遮られても、嫌な顔一つ見せない。


「あら、良いのよ。入学式で、保健室に来る生徒がいなくて、暇で暇で仕方なかったの。おかげで話し相手が出来たし」


 チラリと柊哉を見ながら言った。柊哉は、苦笑いをしている。その表情から、相当、長い時間、話し相手をしていたようだ。


(また、ご迷惑をお掛けしてしまった。いくら、お父様の頼みでも、その内見放されてしまう)


 美優は、唇を噛んだ。


「彼女も目覚めたので、寮でゆっくり休ませてあげたいのですが、宜しいですか?」


「そう、仕方ないわね。入学式も終わった事だし、行っていいわよ」


 まだ、話し足りないのか、残念そうに、渋々承諾する。


「それでは、失礼します。行こうか」


 すぐさま、柊哉は美優を促した。彼女の気が変わらない内に、立ち去ろうとしているようだ。美優も柊哉の気持ちに気付いて、直ぐにベッドから抜け出した。

 乱れた髪を手櫛で直し、スカートの裾をパンパンと払う。それを確認した柊哉は、ドアに向かって歩き出す。黙って、美優も後に続く。


(あっ!)


 ドアの前でピタリと美優は、足を止めた。

 まだ、話し相手をしてもらえると思い、期待に満ちた顔を広げる。

 美優は、クルリと振り返る。スカートの裾が花のようにフワリと広がる。


「あの、ありがとうございました」


 深々と頭を下げる。長い髪が、美優の顔をバサリと覆う。

 お礼を言うのを忘れていたのだ。

 お礼で立ち止まったと悟った彼女は、右手をヒラヒラさせ、早く行くように促した。



「先生、ご迷惑をおかけして、すみません」


 保健室を出て、直ぐに前を歩く柊哉に声を掛ける。


「そんな事、気にしなく良いんだよ」


 足を止めて、振り返る。


「それより、先生じゃなくて……」


「はい、柊哉さん」


 美優は、顔を赤らめた。

 つい、いつもの癖で呼んでしまう。

 再び、歩くよう促され、今度は、横に並んで歩き出す。


「先……柊哉さんは、ずっと付いていて下さったのですか?」


「そうして、あげたかったんだけど、入学式に出るよう言われてしまってね。あっ、先程の方は、保健士の住田(すみた)さんだよ」


「保健士さんですか。お喋り好きな方ですね。どれ位、話し相手なされていたのですか?」


「入学式、後からかなぁ」


 ポケットから、ピンクの携帯電話を取出し、時間を確認する。既に、一時半を回った所だった。

 昨晩見た、入学式の通知を思い出す。


(確か、入学式は、九時から十一時だったはず……)


 美優は、顔色を変えた。


「二時間以上もお待たせしたんですか」


 どうりで、気分もすっきりする筈だ。


(二時間以上も、あの保健士さんの話に付き合わせてしまった)


「起こしてくれても、構いませんでしたのに」


「気持ち良さそうに、よく眠っていたみたいだし、それに、興味深い情報を、色々教えて貰えたしね……あぁ、そうだ!! 寮は、敷地内にあるらしいんだけど、十分位歩くみたいだ。体調が悪いのに、歩くのは大変だろうから、瞬間移動(テレポ)ドアを使おう。地下の倉庫にあるんだ。これも、さっき教えて貰ったんだ」


 そう言って柊哉は、悪戯っぽくウィンクした。


(柊哉さん、もしかして、あの力を使ったのかしら……)


 楽しそうな柊哉の様子に、美優は思ったが、尋ねる事はしなかった。誰が聞いているか分からない。

 柊哉の力は、他人に知られてはいけない力なのだ。



 一番奥にある地下室への階段。柊哉は、迷う事無くその場所へ。

 地下へ下りると、どっしりとした鉄の扉が二人を迎えてくれた。

 柊哉は、扉の前に立ち、躊躇う事無く唱える。


「バルン」


 ガチャリ

 扉の鍵が開く。

 美優は、目を瞠った。

 扉には、言葉を鍵にした魔法が掛けられていた。関係者以外は、知りえない言葉。

 間違いなく、柊哉は、あの力を使ったのだ。美優は、確信した。


 ノブを掴み扉を押す。


 キィー


 油を差していないのか、軋む音をさせながら、ゆっくり開く。


 部屋の中は、昼間だというのに真っ暗。地下室なのだから当然だ。


 一歩中に入ると、かび臭い匂いが鼻につく。

 人の姿を感知して、灯りが点る。灯りに照らされ様々なものが浮かび上がる。大きなものから、小さなものまで、皆、埃をかぶっている。

 物音一つしない部屋で、まるで、静かに眠っているように、美優には思えた。


 ギギギギィー

 ガチャリ


 美優の真後ろで、扉が自動的に閉じられた。風圧が、美優の髪とスカートの裾を揺らす。

 時間で自動的に閉じるようになっていたようだ。扉が閉まった事を気にする様子なく、柊哉は、倉庫内をキョロキョロと見回していた。


「あぁ、これだ」

 

お目当ての物を見つけ、近づく。それは、名前の通りドアの形をした木の板だった。


「ここにあるのは、古い魔法道具さ。最近は、皆、小型化され、小さな魔力で済むように機械と魔法をうまい具合に融合しているからね」


 柊哉が手短に説明してくれる。美優にとって、ここにあるものは、初めて見るものばかり。


「さぁ、行こう」


 そう言って、柊哉はドアを開く。

 薄暗い部屋の中に明るい光が、差し込む。ぽっかりと光の穴が空いたようだ。美優は、ドキドキした。

 ドアの前に立つ柊哉は、光りに照らされ、神々しく見える。

 美優にとって、柊哉は、自由な世界へ連れ出してくれる神様のように思えた。



なるべく早く続きが書けるよう頑張りますので、ぜひ、続きも読んで下さい。

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