第二章
第二章
<一〇〇〇時 全銀空ホテル 待合室>
アイン:「パーティは午後一時から。時間になったら案内するからな。それまではあまりうろうろしないでくれよ」
不機嫌も不機嫌、もう顔もみたくないとアインは顔をしかめながら三人に注意した。藤二が女性顔なのがよほどショックだったらしい。
恭子:「えーと、お手洗いくらいなら行ってもいいよね?」
純一:「別に構わないぞ。この階にはゲームセンターもあるから、暇ならそこで遊ぶのもいいだろう」
恵美:「うーん。それにしても全銀空ホテルでパーティ開くなんて、あなたの大学、よほど金持ちなのね」
S.O.F西日本分署は地下に建設されており、地上部分には隠れ蓑としてこの全銀空ホテルが建てられている。全銀空ホテルでの収入の一部は、S.O.F日本支部(東日本)にも時々回されている。
アイン:「ま、まあな。大学の教授とここのオーナーが旧友なんだとか」
勿論根も葉もない嘘である。だが三人は異口同音に『へぇ〜』と漏らした。
アイン:「じゃあ俺とジュンイチはちょっと用事があるから出るけど、おとなしくここで待っておいてね。すぐにお姫様二人をお迎えにあがりますか、らぁ?」
純一:「うるさい・・・・・・」
『純一の回し蹴りがアインの後頭部に炸裂!アインのヒットポイントが30%ほど削られた!』
純一:「いつ用意したんだそんなもの?」
後ろでプラカードを掲げていた恵美に気の抜けたツッコミをする純一。だがその背後から回復したアインが襲い掛かった。
アイン:「目に物見せるは最終秘技!眠・眠・瀬見!」
背中に強打を受けて、純一はその場に倒れてしまった。
アイン:「ごめんね〜!やかましい奴で!じゃ、待っててねん♪」
恭子:「は、はぁ・・・・・・」
ノビた純一を担いで、アインが待合室から出て行った。あとには恵美と藤二と恭子が残された。
藤二:「で、でも暇だね・・・・・・」
恵美:「ま、まあゲーセンがあるみたいだし、そこで暇つぶさない?」
恭子:「そうしよっか。じゃあれっつご〜」
時を同じくして―
???:「おい?ちゃんと閉めたか?」
???:「抜かりなく。HQ、こちらマグナス2。作戦の第一段階終了」
???:「HQ、了解。じゃ、次任せたぞ」
???:「ほ〜い。こちらマグナス1。作戦の第二段階に移行しちゃうぞ」
交信を終えその場を去る二人。その二人が閉めた扉には、『待合室』の札がかかっていた。
<一〇一五時 S.O.F西日本分署 司令室>
???:『失礼します』
ウィル:「よし、入れ。」
ウィリアム・バルハート少将はオーストラリアにあるS.O.F総司令部の総司令官であり、S.O.F西日本分署の所長でもあった。普段は総司令部に勤務しているが、パーティのためにこちらへ来ている。
水密扉を開けて入ってきたのは、純一とアインだった。
ウィル:「準備の方はどうなっている?」
純一:「着々と進んでます。あと三時間ほどで完了します」
アイン:「いや〜それにしても彼女達には悪いことしてる気がするんだがな・・・・・・」
何を隠そう待合室の扉の鍵を閉めたのは純一とアインだった。
ウィル:「結果オーライ、だろ。ご馳走は食えるし、イベントは楽しめるし、タダなんだからいいものだろう?」
アイン:「はあ。まあそうなんでしょうけど・・・・・・」
いまいち納得のいかない二人。そんな二人を諭すように、
ウィル:「まあ部屋に監禁するような形になってしまったのはいささか遺憾ではあるがな」
と付け加えた。
ぴーぴーぴろっぴーぴーぴーぴろっぴー・・・・・・
純一の携帯端末が着信音を鳴らした。サブウィンドウには「朝比奈」と出ていた。
純一:「どうした?」
恵美:『どうした、じゃないのよ!扉が開かなくなっちゃってるの!』
純一:「なんだって」
抑揚のない声で答える。声が裏返らないようにするのと、こみ上げてくる失笑を抑えるのに必死だった。
恵美:『ねえ、早く戻ってきてよ。これじゃ、暇潰すどころじゃないわ』
純一:「すまんがこちらも忙しい。誰かよこすから、我慢しててくれ」
恵美:『ちょっ―』
純一:「以上!」
そう告げると一方的に電話を切ってしまった。会話の後ろの方で何やら騒ぎ声が聞こえた気がしたが、純一は大して気に留めなかった。
アイン:「んじゃ、次の支度すっぞ。来い、ジュンイチ」
そう言うと彼らは地上階へ戻っていった。
<一三〇〇時 全銀空ホテル 待合室>
テレビしかない部屋で三時間閉じ込められ、すっかり憔悴しきっているであろう三人のもとに純一とアインが戻ってきた。
純一:「な、なあ?」
アイン:「ど、どうした?」
訂正。純一とアインは待合室の前で固まっていた。部屋を開けようとしたとき、わずかな隙間から禍々しいオーラを感じ取ったからである。
純一:「さ、流石に三時間だからさ・・・・・・怒ってるんじゃないか?」
様々な戦場を駆け抜け、それ相応には度胸をつけていた二人だが、流石に目の前の雰囲気には二人を戦慄せしめる何かがあった。
アイン:「お、俺はしらねえぞ。お前の応対の仕方が悪い」
と純一の電話での会話を指摘するアイン。自分でもマズッたと感じているのか、純一はあさっての方向を睨み黙っている。
やはり、彼らは怒っているだろうか―純一は一度、彼らの逆鱗に触れる行為をしでかしたことがある。その時に受けた残酷な逆襲を思い出し、純一の額に大粒の汗が流れた。
(今度こそ殺されるのでは・・・・・・)
恐怖に喉を鳴らす。そんな純一を見兼ねたのか、
アイン:「俺が先に開けてやるよ」
と提案してきた。
純一:「いいのか・・・・・・?」
アイン:「どのみちこの扉を開けないと話が展開しないんだ。だったら俺達二人のうちどっちかが墓標とならざるを得ない。そうだろう?」
そういい天井を仰ぎ見るアイン。
よし、仕方ない。ここは彼にまかせるとしよう。ここで扉の奥の血に飢えた猛獣が牙を向けても餌食となるのはアインだ。俺は悟りを開いたゴータマさんじゃない。あくまでS系の性悪主人公だ。
アイン:「よし、じゃあ行くぞ・・・・・・」
ドアノブに手をかけるアイン。そしてゆっくりと回される・・・・・・
恵美:「おっ、待ってました!もう終わっちゃったよ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はい?
アイン:「あっ、そういえば」
ポンッと手のひらを打つアイン。何を思い出したというんだ?
アイン:「そういや今日、新人漫才コンテストやるんだっけ」
待合室にポツンと置いてあったテレビからは、雑音とも取れかねない笑い声がこだましていた。そして司会者と思われる人物の声。
『第33回、新人漫才グランプリの優勝コンビは、フットサルミニッツです!おめでとうございまーす―』
テレビ画面には優勝賞品と思わしきトロフィーとテレビ用に拡大された小切手を持つ二人の若者が映っていた。二人とも幸せそうな顔をしている。
藤二:「純一が忙しいって電話切るから、どうしようもないと思ってテレビを見てたんだよ。いや〜笑った笑った」
純一:「そ、そうか・・・・・・」
辛うじて答えつつアインを睨む純一。アインはこめかみをボリボリと掻いてそっぽを向いてしまった。
恭子:「もう時間なんでしょ?早く連れてってよ」
アイン:「そうだな。じゃあついて来い。余所見すんなよ」
アイン:「―それでな。ジュンイチってば足踏み外して浴槽に逆さまに落ちてよ。巧い具合にはまったもんだから自分でも出られないし、誰にも気付いてもらえなかったんだ」
恵美:「それでそれで?」
アイン:「それでな―」
恭子:「うん、うん」
アイン:「五分くらいしてから一人足りないってことに気付いてな。みんなで探したら、ジュンイチが死にそうな面して逆さまに溺れてたんだぜ。っく」
恵美:「うははははは、ってか死んじゃうんじゃない普通?」
アイン:「死んでくれたほうがその後の大騒ぎもなくてすんだかもな」
一同:「あはははははは!」
パーティ会場へと向かいながら、泣きそうな本人を尻目に四人が大爆笑していた。その光景はさながら登校中の三年B組だ。
まあ平和でいいかもな―純一は感心していた。今も彼らのいる地点から100メートル下では、人殺しのための兵器が開発され、人殺しの作戦が練られている。自分達は世界を早急に平和へと導くため―そう言ってはいるが、味方を変えれば自分達のやっていることはテロリストのそれと何も変わらないのではないか・・・・・・?
アイン:「それで夏に海に行った時なんだが―」
それに比べれば彼らの会話は、平和そのものだ。命乞いする女子供を容赦なく撃ち殺してきた俺と違い、メディアで報道される程度でしか世界が平和でないと信じている彼らは、本当に心の底から笑っている。彼ら自身、戦争の産物なのに、その事を自覚していないから、笑える。笑い合える。そんな彼らの笑顔を消してはいけない。それが俺の今ここにいる理由であり、萩原純一が存在できる理由だ。
自分が材料となることで彼らが笑ってくれるならそれもいいか。
そう考えた時―
突然非常警報が鳴り響いた。