愛憎の始まり~九十七話~
貧しいけれど幸せだった。
マサヨは自分の決断は正解だと思っていた。
お互いを思いやる生活は 狭い部屋でも楽しかった。
壮介の笑顔のためなら どんなことも我慢しよう そんな生活が幸せだと思った。
しかし・・・・
しかし・・・・壮介と同じ顔をした大介を置いてきた罪悪感が
心の隅に残っていた。
いいのよ大介は夫になついていたし……
私なんかいなくても若くてきれいな母親もできたし
遠くからでいいから
何度もマサヨは大介を遠くから見ていた。
大介は華奢で背もあまり大きくなっていなかった。
貧乏をしてるはずの 壮介の方が 背も高く体もがっちりしていた。
ちゃんと食べさせてもらっているのかしら
大介はどこから見ても勉強のできる賢そうな顔をしていた。
幸せに暮らしているのかしら
大介も自分の子供
そう思うと母親として 大介を捨ててしまったことが辛かった。
でも大介は夫になついていたから
これでよかったんだ
そう思いながら 大介を見つめている。
「ごめんね…大介……。」
大介は 校門前に停まった車に乗り込んだ。
大介は違う世界で生きて行く子 マサヨはその車を見送った。
受験が終わった夜 マサヨは壮介を連れて 街へ出かけた。
「今日は好きなもの食べていいのよ。
たまにはお酒も飲みたいし居酒屋でも行こうか?」
「いいよ、普通のラーメンとかで~お金もったいないだろ。
これから制服とかいろいろかかるんだぞ。」
「壮介ったら……ほんとあなたは…
いいのよたまには 食べたいものは食べたい 好きなものは手に入れたい
欲しいものは欲しい そう言って……。
おかあさんとの生活で 壮介はあきらめることがうまくなっちゃって
ごめんなさいね。」
壮介が可哀そうで申し訳なかった。
「かあさん 今日はラーメンでいいよ。
合格したら居酒屋に連れて行ってよ。」
「壮介ったら。」
素直で逞しい男の子に成長してきた壮介
「高校合格したら時計を買ってあげるからね。」
「時計?いらないよ。」
「ダメよ。高校行くようになったら時計は大事よ。
バスに乗ったり地下鉄に乗ったり 時間を見ながら移動するんだから。」
「大丈夫だよ。いろんなとこに時計あるし
そんな金もったいからさ。
俺は かあさんがいてくれればそれでいいからさ。」
「え?何?なんて言ったの?」
壮介は頭をボリボリと掻いた。
「俺だって年頃なんだからな~~
マザコンって言われるからもう言わない。」
マサヨは聞こえていた。
かあさんがいてくれればそれでいい
「おかあさん ちゃんと聞こえなかった~~~。」
わざとに照れる壮介に聞き返した。
「かあさん…わざと?
もう絶対に言わない~~~~。
死んでも言わない~~。」
壮介はマサヨから逃げる様にして歩きだした。
「壮介ったら~~」嬉しかった。
本当に心が温かくなった。
宝物…私の大事な宝物……
「かあさん 早く食べようよ~~~。」
壮介の後を追って 人気のラーメン屋ののれんをくぐった。
そんな二人の様子を見ている影があった。
冷たい目をした大介だった。
「ふざけるな……。」
拳を握りしめて 大介は二人が消えたラーメン屋を睨みつけていた。




