愛憎の始まり~九十四話~
「そんな頭のいい高校を受けて 大丈夫なの?」
母がそう不安がるのも仕方がなかった。
「もしさ…落ちても心配しないで。
そんときはなんでも働く覚悟だから。」壮介はそうかえした。
「働くって?そんなことさせられないわ。
大丈夫…それは大丈夫 おかあさんなんとか頑張るから。」
母は壮介が落ちて 私立に行くことになったという方向を考えて心配しているのだろう。
そんときはそんとき
足元を見られている父親から潔く解放してもらう。
なんでもやるさできることなら。
「先生はなんて言ってるの?」
「ビックリしてたけどさ もう一息頑張れってさ。
とにかくやるっきゃない。」
「そんなムリしなくてもその下の高校だっていいのに…。」
「いや男の意地でもあそこを受けて合格してやる。」
壮介の決心に母として
「応援するわ。」と言ったマサヨだった。
自分は本当に不器用で何もできない女で自己嫌悪さえ覚える。
仕事でも叱られてばかりで どんどん孤立していく。
だけどやめるわけにはいかない。
ここに辛くてもしがみついて働かないと 壮介を抱えて生きていけない。
とりあえず元夫から養育費はもらっているが
これもいつまで入れてくれるのかだってわからない。
生活費は毎月赤字で 壮介に何ひとつ欲しいものを買ってやれずに我慢させている。
塾にだって行かせてあげたかったけど
そんな余裕はもうないに等しかった。
女一人苦しい毎日は続くけど 壮介のためにも
元夫を見返すために
壮介をしっかり育てあげてやりたい。
それだけがマサヨにとっての楽しみだから 辛くても壮介のため
そう切り替えて生きていくしかないから。
なぜ壮介が自分の力以上の高校を選んだのかは
わからなかったが信じて応援してやろう
それが愛する息子の願いならば……。
仕事はしんどかった。
もの覚えが悪いし 不器用だし
今までおじょうさまだから 守られてきたんだと思った。
世の奥さんたちは家計を助けるためにパートしている人の方が多いから
前を向いて生きてくしかない。
頼る人が誰もいないのだから。
その学期の定期テストがものすごく上がったと喜んでいた。
「俺 なんで今までこんなに勉強しなかったんだろ。
やれば俺もできるんだな。」
「そうよ。壮介はやればできるのよ。」
冬が近づいて来て ストーブをつけなさいと言っても
「もったいないよ。」壮介はそう言って毛布をかぶって勉強していた。
マサヨは温かいミルクを壮介に運ぶ。
「無理しないでね。」
「今まで無理してきてないし おかあさんだって無理して
働いてくれているんだし俺も頑張るよ。
心配しないで 明日も早いんだから 寝ていいよ。」
壮介の優しい言葉に 神に感謝した。
「不憫な思いをたくさんさせてきたけれど こんな優しい子供でいてくれて
感謝します。私の宝物です。」
「また神さまにお礼言ってんのか?
かあさんも好きだな~~。」
壮介の屈託のない笑顔が愛しい。
辛くても 頑張らなきゃ
母子二人 心が通い合い 貧しいけれど温かい毎日に感謝した。
洋一がどこからかぎつけてきたのか 壮介に
「おまえさ・・・志望校K高受けるってマジ?」
「・・・・・・。」
「無理だよな。おまえ塾も行けないのにそんなとこ行けるわけないよな。
無駄な努力してるってことか?」
無視をするしかない。
こいつを相手にしていたら殺すかもしれない。
よくも人の心を簡単に傷つける特技をもっているものだなと
壮介は おかしなことだけど感心してしまう。
今はそんなことに心をくじけさせている時間はない。
言いたい奴には言わせておけ。
そう心に言い聞かせて
母のために
母を少しでも楽にしてあげたい。
憎い父親でも 利用するしかなかった。
少しでも母の負担が減るのならば……。




