愛憎の始まり~九十一話~
「おかあさん 俺負けないからね。」
悔しくて泣いていると 壮介がそう語りかけた。
「ごめんね。どうしてこんなことになるのか……
同じ双子で…二人とも大事な子供なのに…私までもが大介を愛せなくなっている。
あまりに壮介が可哀そうで……。」
「いいよ。俺にはおかあさんがいるから。
だから絶対に負けない。おかあさんも俺のこと可哀そうとか言わないで。」
壮介はそう言うと笑顔で微笑んだ。
「たくましくなったわね。
おかあさんの宝物よ……。壮介は……。」
壮介を抱き寄せて頭を撫ぜた。
ふと視線に気づいて目をやると大介が部屋から出て行く後姿
大介……ごめんね……。
愛せなくなった息子に語りかけたかった。
中学の制服を購入しに行く時
「大介はいいから 壮介だけつれていきなさい。」
強がそう言ったから
「帰り美味しいもの食べて帰りましょうね。」壮介に耳打ちした。
「やった~~!!」無邪気に喜ぶ壮介が愛しい。
制服を合わせる壮介がすっかり男らしくなったことに気がついて
胸が熱くなる。
「おかあさん こんなとこで泣かないでよ。」
「だって…なんか大きくなって…感激してるの。」
「泣き虫だな おかあさんは……。」
ちょっと照れたように壮介はカーテンを閉じる。
いろんなことがあった。
強と別れたくて…でも子供がいるからと必死でしがみついていた。
壮介がもう少し大人になったら……
別れてもいいだろうか
マサヨはそう思っていた。
「今日は奮発して ステーキにでもしようか。」
「マジに?うわ~~最高~~~。」
昔 強がよく連れて行ってくれた老舗のステーキ屋
子供が生まれてからは一度も連れて行ってくれていない。
店の中は変わっていなかった。
いつも特別ルームをとって 強と食事を楽しんでいたけど
今日は奥のカウンターでお肉を焼くのを見ながら座ることにした。
壮介が
「美味い~~美味い~~すごい柔らかい~~」
絶賛しながらかぶりついているのを見て 幸せな気持ちになる。
壮介のためにも頑張らないとと……。
すると入り口が 騒がしい。
強が入ってきた。
その後を 大介……そしてその後をキレイな女がついてきた。
「いらっしゃいませ板垣様……。」
黒服の従業員が丁寧に挨拶をした。
「今日はおぼっちゃまもご一緒ですか?
利発なお顔立ちで…いらっしゃいませ。」
大介は落ち着いた様子で軽く会釈した。
「奥さまも お変わりなく。」
奥さま・・・・・?
女はきれいに巻いた髪の毛をかきあげて
「息子がもうすぐ中学にあがるので 今日はお祝いなの。
ね~~大くん~~。」
そういうと大介の頭を優しく撫ぜて微笑んだ。
マサヨの心臓は壊れそうだった。
奥さまと呼ばれているのは ずっと裏切り続けていた若い女……。
まだ続いていたんだ。
大介も笑顔で女を見た。
母親にさえ見せたことない笑顔……
マサヨの心は粉々に割れた。
「おかあさん……。」心配そうに壮介が見上げる。
「大丈夫……食べよう……今日はおかあさんがお祝いしてあげるんだから。」
特別室から高らかに女の笑う声。
「大くん~制服すごく似合ったよね。
パパに似て本当に素敵だわ~~。」
「素敵だっておとうさん。」
「ママはそうやって俺を有頂天にして また何か買ってもらおうとしてるんだぞ。
大介 女には気をつけろ~~。」
笑い声
マサヨはその声を聞きながら 理想としていた家族の会話を聞いた気がした。
私だってあんなふうに四人で笑いあいたかったのに……
若くて華やかで美しい女に敗北感で一杯になった。
「おかあさん 俺はおとうさんなんかいらないよ。
兄弟もいらないし…おかあさんだけがいればいい……。」
壮介はそう言うとマサヨの皿に肉を入れた。
[これ食べて 元気だそうね。」
「壮介……。」
マサヨは離婚する決意をした。
これ以上 虐げられる人生を送りたくはない。
「おかあさんも壮介がいればいいわ。
ありがとう。」
くれた肉にもう一枚肉をさして 壮介の口の中に入れた。
「せっかくあげたのに~~」壮介は嬉しそうにモグモグ食べた。
「早く大きくなれ 壮介~~。
おかあさんの宝物~~~。」
マサヨは涙で見えなくなった壮介にそう語りかけた。
「俺がおかあさんを守ってやるからね。」
中学一年に上がる春 壮介は 母の旧姓を名乗り 角谷 壮介 になった。