愛憎の始まり~九十話~
夫 強は 宣言したように長男の大介を溺愛し始める。
マサヨは壮介が不憫で仕方がなかった。
その分 マサヨは壮介を愛してあげようと誓っていた。
相変わらず強の浮気は続いていたけど
子供たちのためにだけ生きていこう マサヨは誓った。
大介は強の期待を背負って
そつなくなんでもこなす子供だった。
聞きわけがよく利口で なんでも他の子より早くいろんなことを習得していく。
強の溺愛ぶりがどんどん強くなっていく中で
壮介は物心がついてからは なぜ同じ双子なのにこんな扱いをされるのか
傷つき 絶望していった。
大介がやりたいと言わなくても強はなんでもさせた。
ピアノ 家庭教師 剣道
文句を言わずにやり通す大介にマサヨは不安でならない。
めずらしいことに小学校四年生の時に 壮介はサッカー少年団に入りたいと言う。
マサヨはなんとか叶えてやりたいと思った。
勉強ではとても大介にかなわず
『ぜんぜん違う双子』とバカにされて
悔し涙にくれている壮介に胸が押しつぶされそうだった。
ただ一つ勝てるものは 運動だった。
足も速く徒競争でも断トツ一位
スポーツはなんでもこなして 興味も深かった。
壮介とは必要以上に話をしない父親だった。
何度も足をとめてマサヨを不安気振り返った。
「自分でお願いしなさい。」マサヨは背中を押した。
壮介にだってやりたいことやらせてやりたい。
しばらくして壮介が泣きながら出てきた。
「どうだった?」マサヨは不安で一杯だった。
「おかあさ~ん~」壮介はマサヨに抱きついて泣いた。
「おとうさんは僕が嫌いなんだね……。」
「反対されたの?」
「うん そんなことする暇があるなら…その頭の悪さを
なんとかしなさいって言われた……。」
マサヨははらわたが煮えくりかえってきた。
傷つく壮介をしっかり抱きしめて
「おかあさんは壮介が大好きよ。
おかあさんが守ってあげるからね。」
壮介を抱きしめていつものように優しく頭を撫ぜたら
泣きつかれて壮介は眠ってしまった。
いつの間にかいたのか 大介がキッチンで牛乳をのんでいた。
「マザコン。」壮介を一瞥した顔が強にそっくりだった。
「いやな子ね……。」嫌悪感で一杯になったマサヨは少し重くなってきた
壮介を抱き上げて 部屋に戻った。
同じ顔をしているのに…大介には子供らしさが
一つもなかった。
まるで強の人形のように 表情なくこなす大介がとても嫌いだった。
反面 子供らしく愛らしくそして不憫な壮介が
いつのまにか宝物になっていた。
大介と壮介
両親の偏った愛の中で 絶望と葛藤を繰り返していた。
大介は母親の愛を求めて
壮介は父親の愛を求めて
同じ顔をしたお互いが持つ 違うものに強いおもいを持ち始めて
そしてお互いを批判する心が育っていく。
同じ顔をした双子だった。
目の横のほくろで 壮介とわかるくらい 顔はよく似ていた。
だけど似ているのは顔のパーツだけで
大介はいつしか冷淡で表情に心を表さない子供になって行き
壮介は 反対に熱くはっきりした性格に成長し始める。
あの日 ひさしぶりに強と会話した。
「サッカーやらせてあげて下さい。」
「無駄なことに時間を使うなら勉強させろ。
大介の足をひっぱらせるな。
あいつにはあいつ自身の将来を見つけさせる訓練でもしておけ。」
「え?どういう意味ですの?」
「板垣の会社に 壮介はいらないということだ。
あいつは民間の会社に入れるからおまえもそのつもりで準備しとけ。」
「それでも壮介の父親ですか?」
マサヨは情けなくて壮介が不憫でそう叫んでいた。