引き裂かれる心~八十七話~
「おじょうさま 命はとりとめたって……。」
シノさんからの電話をきったナオさんが言った。
「そうですか。」
あの後 追いかけていた叔父と睦月の目の前で 華子が
歩道橋から飛び降りた。
叔父が身を呈して 華子を守り 車にひかれることはなかったけど
華子は意識が戻らなかった。
「どうするの?これから……。」ナオさんが言った。
「ここにはもう…いられないから……。だけど…どうすることも
今の私にはできない……。もう少し大人だったら……。」
「ここはもう幸ちゃんにとっては地獄だからね。
圭さんのところに行くしかないでしょ……っていっても
おじょうさまがそれを体を張って阻止した感じだね。」
華子は卑怯だと思った。
きっと…そう……
いろんな事実がわかって私の頭の中はごちゃごちゃになっている。
ただ…私の生れる前の過去に
何かがあって…
私の父と叔母
父と叔父……
そして父と圭さん……
もっともっと奥深いところからからまって…
今があるんだと知った。
だから叔父は私につめたく…圭さんは私を愛した。
そして叔母は あの日赤い爪を私にたてたんだ・・・・・・。
電話が鳴ってナオさんが
「幸ちゃん 圭さんからだよ。」と受話器をくれた。
「もしもし……。」
「幸……ごめんな。
俺が……軽率だったばっかりにみんなに知られてしまって
華子もこんなことになってしまった。」
「圭さん……私はまだいろんなことを知りたいの。
私が生まれる前に からまった糸を……。」
「わかってるよ。幸にはしっかり話すつもりだった。」
「華子のことで…責められてるんでしょう…。」
「俺のやりかたが子供だったから…華子を傷つけてしまった。
幸を巻き込んでしまった。
何やってんだか…俺……。
今まで守ってきたのに…こんな形になるなんてさ……。」
「私はどんなことがあってもついていく……。
恨まれようが呪われようが…圭さんと私は運命なんだもん。」
私は自分にも言い聞かせた。
これから何があっても絶対に離れない……。
そう誓う。
「俺も…覚悟したよ。
どんなに恨まれても蔑まされても…大切なものを裏切っても
幸だけがいればいい……。
一緒に逃げよう幸……。」
「うん……私も圭さんがいればいい……。」
私はナオさんが帰るのを待って 家を出ることにした。
とりあえず荷物をまとめているとランドセルが出てきて強く抱きしめる
このランドセルは…圭さんと私をつないでいたんだ。
「じゃあね…幸ちゃん
きっと旦那さまが帰ってきたら いろいろ責められるとおもうけれど…
私も想像するだけで辛くなるわ。」
「すみません。ナオさんにもシノさんにも迷惑かけて……。」
「シノさんとも言ってたの。
幸ちゃんがここに来てからずっと…可哀そうな思いしてたから
幸せになれるといいねって応援してるのよ。」
思いがけない言葉に胸が熱くなる。
「二人には優しくしてもらったから…いろんなこと教えてもらって…
だからきっとお嫁にいっても大丈夫です。」
「真面目に生きてればきっといいことあるから。」
そう言ってナオさんが帰って行った。
私は急いで荷物を降ろして 玄関で靴をはいた。
早くここから……出ないと…
ドアを開けて自由になろうとした瞬間だった。
叔母があの時と同じ顔をして立っていた。
私はあの日の思い出が鮮明に蘇ってきた。
恐ろしくて言葉も出ない。
「幸せになれないって言ったでしょう幸……。
私の呪いはとけてないんだから……。」
冷たい微笑みで私を家の中に突き飛ばす。
そして
「この爪でその顔に・・・傷入れようか?」と言った。
私は恐ろしさで震えていた、
殺される……。
叔母は私のジャンバーの襟元をもちあげて私を家の中に引きずり込んだ。
「話はまだ…終わってないからね。」
ガタガタと歯が震えた。