裏切りの代賞~七十五話~
「これ試供品ありがとうね。」店員さんが袋に入れてくれた。
「いえ…こっちこそこんなにキレイにしてもらって
ビックリです。お化粧ってこんなに変えてしまうんですね。」
「間違ったメイクを覚えちゃダメだよ。
自分に合ったメイクを見つけて…正直君にはこのメイクは似合わないかな。」
さっき私にメイクをしてくれた人がそう言った。
「似合いませんか?私はとっても気にいってるけど。」
だって今ここにいる私を幸だとは誰も思わないもの。
「きみが大人の女の顔にしてって言ったからさ。
お任せしますって言ったらきみの美しさを素直に表現させる
メイクをしてあげたんだけどね。」
「それも気になるけど…
でも今日は大人の女になりたかったから…ありがとうございました。」
「こちらこそ 素晴らしい素材を呼んできてくれた
山下くんもありがとうね。」
「そ…そんな……。」
店員さんが真っ赤になって慌てた。
「これは俺からね~お礼にあげるよ。
基礎化粧品…これはめっちゃ高価だけどもらいものだと思って
存分に使ってそのキレイなお肌を大事にしてください。」
そう言って袋をくれた。
「ありがとうございます。」
私はお礼を言って化粧品売り場を離れた。
私じゃない私がいる。
すれ違った女子高生のグループが
「きれい~~」と言っているのが聞こえて 舞いあがりそうだった。
なんか帰りたくないな……。
圭さんが帰って来ない部屋で また不安になるのがイヤだった。
喉が渇いたのでみんなの会話からよく聞く ハンバーガー屋でシェイクを頼んだ。
さっきもらった試供品の袋を覗き込んでいると
「ん・・・・?」
アーティストがくれた袋の中から一枚のメモが入っていて
『ごはんご馳走したいから 連絡下さい。』
電話番号とメアドが書かれていた。
ごはんか・・・・・。
私ももっとあの人と話したい気分だったし 部屋に帰るのはまだいやだったけど
することもないし……
思わず公衆電話を探して 電話をかけていた。
「もしもし?」あの人が出た。
「あ…私…さっき……」なんて言っていいのかモゴモゴしてたら
「電話くれて嬉しいよ 俺もう少しで終わるからさ……。」
ということで私は地下の駐車場であの人と待ち合わせをした。
いいのかな……
悪い人な気はしなかったから……
ご飯食べて お話するだけだもん 圭さんと変わらないよ…
そう自分に何度も言い聞かせていた。
お化粧が私を大胆にしているのかな……
今日の私はいつもの私とは違う……この貴重な時間を…有意義に過ごしたい……。
そんな気持ちが大きくて
冒険してみたくなる。
「お待たせ。」いつの間にか近づいてきた車の窓からあの人が顔を出した。
「乗って。」
私は言われるがままに車に乗り込んだ。
「俺 星野 裕也…きみは?」
「あ……舞……佐藤 舞……。」思わず嘘をついた。
「舞ちゃんね~~女子大生だったよね。」
「はい……。」完璧に嘘をついて私は違う女の子になった。
「俺のことは 裕也って呼んでいいよ。
俺も舞って呼んでいいよね?」
「はい。」さすがにノリがいい。
「敬語いらないから・・・俺がおじさんだからって気使わないで
なんか寂しい気になるからさ。」
「そんなおじさんだなんて…。」慌てる。
「何歳だと思う?」
「男の人の年って…難しいけど…三十歳くらい?」
「惜しい~~いいとこいってるよ。三十二歳~~だいたい正解かな。」
裕也はさすがに女の人相手の商売だからか
とても話していて楽しい気分になった。
いつしか警戒心もなくなって私は 舞っていう女子大生になって
全然違う人間になっていた。
こうしたかった……
両親がいたらきっと私はこうなっていただろう女の子が舞・・・・。
明るくて元気でよく笑って 言いたいこと言って怒って泣いて
人に好かれる術を知っている……。
すべての願望が 舞という架空の中に入りこんでいる。
短い時間だけど 私はすっかり舞になって笑っていた。
秘密を守りながら 影のように生きている幸に疲れていた。
堂々と好きな人を好きって言いたい。
自分に自信を持って生きたい……。
裕也と食事をしてそれから送ってもらうつもりだったけど
「お酒でも飲んで行こう。」と誘われた。
今頃 圭さんだって…あの人と一緒にお酒飲んでるんだし…
お酒なんて飲んだことないけど……
少しでも圭さんやあの人に近づきたいと思った。
「帰りはタクシーチケットあげるから安心して。」
裕也はそう言うと私の額を紙でペタペタと拭いた。
「おじょうさま大事なメイクが少し落ちてきましたね~」
圭さんよりずっと大人の裕也に
私の願望を入れこんだ 舞 という女の子
私は小悪魔のように
「うふふ……」と笑って見せた。