動き出す運命~四十四話~
情けなかった
何より好きな人の前でかいた恥は私を激しくうちのめした。
少しでも可愛いって思ってほしかっただけ
本当に些細な主張だったのに
こんな大きな事になってしまった。
雑誌を読む楽しみも奪われた。
買い与えるから
上から目線はもうたくさん
どうして私だけがこんな暮らしをしないといけないの。
血のつながった親族なはずのこの家で
うける仕打ちにあと何年耐えればいいんだろう……。
インターフォンが鳴ったけど受話器をとる気にはならなかった。
自分たちでやればいいじゃん……
布団をかぶってそのうち眠ってしまった。
どれくらいたったんだろう。
私は目を覚ました。
ン……今何時だろう…
お腹がグーーーッと鳴った。
「うわ・・・・12時だって……。」
おもむろに起き上がって鏡を見ると
「ヤバい顔……」むくんだ目は最悪で 落ち武者のような
髪の毛はひどいことになっていた。
私は起き上がって休憩室に行くと
カツ丼と野菜炒めが置いてあった。
メモには
『凛さんと華子さんの仕打ちに頭にきたから
二人から二切れづつかつをとり上げて
美味しいカツ丼を作ったから食べなさいね。』
シノさんからだった。
嬉しかった。
カツ丼が食べたかったからではなくて
一人でも味方になってくれたのに感動した。
私は泣きながら屋上のベンチでカツ丼を頬張った。
「美味しい~~~」
星に向かって叫んだ。
「負けるもんか……」そう言ったけどやっぱり
圭さんの前でかいた恥が悲しかった。
これが家族だけの話なら 切り替えはできるけど・・・
好きな人の前だったのが切なかった。
「うまいか?」
突然声がして驚いた。
「シノさんいいとこあるな~~」
カツ丼を頬張ってる私を見て圭さんが微笑んだ。
突然のことで驚いて頬一杯につめこんでいた
ご飯が飲み込めなくなった。
「リスか~~」
圭さんが笑いながら 飲んでいた缶コーヒーを私にくれた。
「ん・・?ん・・・?」
うまく話せない私は この状況にとても混乱していた。
「少し残ってるから飲んでいいよ。
喉つまりしてるんだろ~~慌てて食べるからだぞ~」
そう言うと声を出して笑った。
圭さんの口のついたコーヒーを私は一気に流し込んだ。
夢みたいだった。
間接キスじゃん~~~
もう頬が燃えそうになっている。
「カツ丼あるとは知らなくてさ……みんな寝たからキッチンで
作ってきたんだ、ほらカツサンド~」
カツとキャベツがサンドされて三角形に切られた
ラップに包まれたカツサンドを私に手渡した。
「太っちゃうかな?
でも幸ちゃんは もっと食べた方がいいよ。」
たいらげたカツ丼のどんぶりを圭さんが奪い取って
「これも食べなさい。
大きくなるから。」と言って笑った。
「だって・・・こんなに…食べたら……」私が困っていると
「俺のカツサンドめっちゃ美味いんだよ。
スーパーで半額になったカツを買ってソースとマヨネーズとからしであえて
キャベツを挟んで食うんだ~~
今日はシノさんの揚げてくれたとんかつだったから
多分それはめちゃめちゃ美味いはずだよ。」
圭さんの話を聞いていると急に食べたくなって
私はカツサンドにかぶりついた。
「どう?」
「美味しいです~~めちゃめちゃ美味しい~~
大好物なのにとんかつ残してくれたんですか?」
「ちょっとだけだ。
気にすんな。」圭さんは笑顔で私を見つめてくれた。
嬉しかった。
さっきあんなに辱められたのに……圭さんはあきれずに
また話しかけてくれたから……。
「ごめんな あいつら意地悪なことして……。」
「圭さんが謝ることじゃないです。
私がうかつでした。もう二度とあの人たちのものには手を触れません。」
悔しさがこみあげてきてまた涙が溢れた。
「私だって…お洒落にだって興味あるし…
学校の友達との会話にも…ついていきたかっただけ……
新聞読んでるだけじゃ…わかんないことたくさんあるから……
だけど……もう絶対…しません……。
捨ててあるものを拾うのもやめます……。」
カツサンドを頬張って話てるから
モゴモゴして…嗚咽して……
私は圭さんの胸あたりを見ながら涙をゴシゴシ拭いた。
その時だった。
圭さんの厚い胸に抱きしめられた。
私は口がきけずにただモゴモゴしてる。
圭さんは何も言わなかった。
ただ私を強く抱きしめてる。
心臓の音もカツサンドと一緒に口の中にいるようだった。
「幸・・・・」
圭さんが幸って呼んだ。
「はい………。」私の声は震える…。
「カツサンド……食ったか?」
「え・・・?あ…はい……。」
やっとのことでのみ込んで答えた。
圭さんは私の体を離して 顔を上に向けた。
ドキドキ ドキドキ
「ドキドキって…聞こえますか?
あまりに大きな音で 私は恥ずかしくなって圭さんに聞いてみた。
「聞こえるよ……。」至近距離で見つめ合う圭さんは
とても男らしい顔をしていた。
「心臓が壊れそうです……。」
やっとのことで圭さんにそう言うと 圭さんが
「俺もすごくドキドキしてるよ。」と言って私の手を持って
厚く固い自分の胸に押し当てた。
ドキドキ・・・・してる……。
「同じですね…。」そう言うと私はおかしくなって笑った。
「幸の笑顔 たくさん見たいな。
もっともっと笑い上手になれ……。」
「笑うこと…あんまりないから……。」
「じゃあ…俺のこと考えて…これからは笑え。」
「そんな笑うとか……。」圭さんの言ってることが今一つ分からない私はどまどった。
「幸はこれから俺の前では笑う事……。
俺がたくさん笑わせてやるから……。」
圭さんの高い鼻が近づいてきて 私の心臓はもう破裂寸前
柔らかい唇が触れて 私は目を閉じた。
それから圭さんのリードで甘くて熱いキスを経験した。
唇の湿った音が星空に響く………。
夢見てる?私………。
ハッと気づいて傷が痛む前に自分で傷を思いっきりつねった。
いた~~~い……
思わず唇を離しかけたら また圭さんの唇につかまった。
ファーストキス………
星が見ているから…ちょっと恥ずかしいけど……
こんな甘いキス…してるの……いいでしょう?
と 星に言いたくなった。
私はしばらく圭さんとの夢のようなキスに酔いしれていた。