涙色ティアラ~182話~
この世になんの未練もなかった。
圭を失った今では これから先が何も見えない・・・・・。
ただ不思議なことに いつでもピリオドを打てると思えば
なんだか全てが愛おしく思えてきた。
青い空 白い雲 緑の木々 美しい花
海の音 風の香り
純真無垢な子供たち 飼い主と散歩する犬
全てが なんだろう・・・・大切に思える。
後は・・・・雪
あの真っ白な世界をもう一度だけ 目に焼き付けたかった。
「冬はまだまだ先だもの。」
残念だけど 待ってはいられない。
圭の持ち物にのまなくて増えた 睡眠薬があった。
その薬とにらめっこしながら 心が固まるのを待っていた。
そして夜を迎える。
薬を一つづつ外して入れ物に入れて 立ち上がった。
とうとう死ぬんだ……。
不思議な気持ちだった。
両親と圭の待つ 世界へ・・・・・・。
私は携帯を持って これから大変な迷惑をかけるだろう睦月に
あらかじめ用意しておいた送信メールを送った。
後のことをお願いする詫びと
死んだ私を早く発見してもらうため
それから卑屈でへそ曲がりの睦月にエールと感謝を送りたくてメールをした。
『睦月のおかげで 本当に充実した日々を送れました。
睦月に再会してこうして圭と一緒にいられたこと 感謝してるよ。
卑屈な睦月はずいぶん大人になって 眩しくなったね。辛かった板垣での日々
弟みたいな睦月に癒された。これからは自分にもっと自信を持って
幸せになって下さい。圭と一緒に 睦月を見守ってるから。
いろいろとご迷惑をかけてしまうこと 許してください。
最後に板垣のおじとおば 華子にありがとうって伝えてね。
圭が待ってるから 出かけます。』
死に場所は 圭と見ていた海と決めてあった。
部屋を見渡して
「いってきます。」と言った。
玄関のドアを開け 鍵をかけ ふり向いた瞬間だった。
「どこに行くんだ?」
睦月が仁王立ちになっていた。
え・・・・・
私は茫然と 睦月を見つめる。
「やっぱり 絶対おかしいって思ってた。」
「睦月……やだどうして……。」私はパニックだった。
ごまかすにも さっき送信してメールを間違いなく睦月は読んでいる。
「圭くんに頼まれてたんだ。
それだけは 絶対に…後を幸が追う事だけはしてほしくないって。
約束してたんだろ?圭くんは何度も言ったはずだぞ?」
睦月は私から鍵を奪って また部屋に押し込んだ。
「なんだよ。これ。」
片付いた部屋 置き手紙
「裏切るつもりだったんだ。」
「だって…圭と一緒にいたいんだもの。」
「幸が死んだって 一緒になれるとは限らない。」
「お願い…見逃して……圭は私の全てだった……。その圭を失って
私はこれからの自分の人生に 何の光も見出せない……。」
私は半狂乱になっていた。
「睦月 お願いだから……邪魔しないで……。
私が圭と結ばれるとしたら向こうの世界でしか 叶わない。
圭のいないこの世界に未練はないの。」
睦月にすがった。
「見なかったことにして間に合わなかったことにして……。」
私は薬を一気にのみ込もうとした。
その薬の入れ物を睦月が払って 薬は床に転げ落ちた。
「あ・・・・・何すんのよ。」 拾い集めようとする私を睦月がものすごい力で抱きしめる。
「離してよ……。睦月 怒るわよ。離せ!!」
私は暴れて睦月の背中を殴り続けた。
だけどそれが叶わないことを知って今度は必死に哀願した。
「見逃して…お願い見逃して……。」
それでも睦月は私を離そうとはしなかった。
「睦月・・・・・ね・・・・・お願いだから・・・・。」
私は力尽きて とうとう体を動かす力もなくなった。
「圭くんが 幸のこと頼むって俺に言ったんだ。
俺は約束を守るだけ。幸を絶対に死なせないから。」
「私は…圭のそばに行きたいだけ……。」
疲れ果てて呂律も回らない……。
「今度は 俺を見てよ 幸・・・・・・。」
「な 何言ってんの?」
「幼い日の出会いから 俺は幸を見てきた・・・・。
敵わない圭くんに嫉妬しながら それでも大好きだった圭くんだった。
俺は……俺はずっと幸が好きだったんだ。」
睦月の声が震える。
「俺の気持ちに気づいてくれていたのは 圭くんだった。」
睦月が私を好きだった?弟のような睦月に
思いもよらない告白をされて 私は戸惑っていた。
「圭くんが言ったんだ。
幸のこと 今度はおまえが守ってくれるかって……。
だから 離さない。幸が圭くんの約束を破ろうとしてるから。」
睦月の私を抱きしめる力は少しも弱まることはなかった。