流れゆく時間~百五十六話~
「ねえさん…どこに行くんだ?」
圭をつれて静は 旅行に来ていた。
「ここって観光するとこあるの?」
「ちょっと寄りたいところがあって 少し付き合ってくれる?」
圭を連れて 旅行に来ていた。
しかし旅行というのは口実で静にはやりたいことがあった。
壮介の暮らす街だった。
愛しくて憎い壮介に本当の別れを告げる旅
「無理しないでよ ねえさん……。」
「大丈夫よ。無理にでも来ないと……。もう来られないから。」
すっかり大人びいた圭は 静のいい用心棒だった。
「にいさんと約束したからさ。」
にいさん……
静は大介の妻になっていた。
そしてもうすぐ…母となる・・・。
静はせり出した腹を撫ぜる。
大介の子供を身ごもったのは運命なのかもしれない。
愛した人と同じ面影を持つ人に愛されながら……静はこれからも
壮介の亡霊を見続けるのだと思った。
おば夫妻の会社を吸収合併して 大介は若いながらも
社長として完璧な経営を始めた。
「おまえたちを引き取って…そして静の夫になる人が立派な人で
本当に私たちは充分恩返ししてもらったよ。」
おば夫妻が泣いて喜んだ。
大介は優しい男だった。
静の大切なものには 同じくらい それ以上の愛情を注いでくれた。
あの時 ボロボロに傷ついたあの時
救ってくれたのは大介だった。
「壮介を忘れられないなら 俺を見て思い出していいから…。
俺は全ての静を受け入れるつもりでいる…。ありのまま…隠さない静を…。」
大介に抱かれて…そしてお腹に命が宿った。
運命は大介と繋がってたんだ……。
壮介に会って…話をしたかった…。
大介と一緒になることも……許せなかった裏切りも…
壮介と語り合いたかった。
ただそれだけの旅……
すっかり大きくなった圭が静の荷物を持ってくれた。
しばらく歩いて一軒の家の前に立つ。
日高 壮介 まどか 幸
納得していたはずなのに……怒りが足元から湧きあがってくるのがわかった。
「ねえさん……ここって……。」圭が心配そうに言う。
「うん。壮介にちゃんと報告しようと思って。大介は双子の兄弟だから
これからは親戚同士になるでしょう…。」
「大丈夫なのか?」圭が心配をしてる。
「ねえさんも大人だよ。大丈夫。」そう言うとインターフォンを押した。
日曜日の午後のこと…
インターフォンから聞こえた声は 昔愛した人の声
「静です。」
壮介が混乱している様子が感じられた。