流れゆく時間~百五十三話~
季節は流れて 壮介 静 大介
それぞれの身の上にいろんなことが起きた。
壮介は大学から 就職をして 今は父親から離れた土地で
追って来たまどかと暮らし始めていた。
まだ結婚するには一歩が踏み出せず
まどかもそれなりに仕事を見つけて同棲という形をとっていたが
毎日まどかの笑顔が見られて 壮介はとても幸せだった。
就職を勝手に決めて父親と決裂した壮介は 天涯孤独になった。
ひさしぶりに会った父親は少しやつれていたが
「今まで 親として援助していただいたことは感謝してます。
思い通りになれずに 申し訳ありませんが あなたの会社は大介に
任せるのが一番いいと思います。僕と大介の間には 溝が深すぎて
一緒に働くとよくないと思います。
もう僕のことを息子だと思わなくていいし…これからは一人で生きていきます。」
そう言えた時 やっと父親への復讐が完了した気がした。
父親が初めて小さく見えた。
そんな父親が死んだ……。
新聞のおくやみ広告を偶然に目にした時だった。
とうさんが…死んだ……。
なんとも言えない気持ちだった。
壮介にはあの日の 小さく見えた父親の姿が思いだされた。
喪主には 大介の名前がのっていた。
社葬もする予定になっていて 改めて父親の存在の大きさを知る。
「全部終わったら…お墓参りでもさせてもらおう。」
壮介なりの別れ方を考えていた。
仕事も波に乗ってきて やっとまどかを幸せにできるとめどがついた時
まどかのお腹の中に命が宿っている事を知った。
「結婚しよう。」
まどかの大きな目からは 涙がキラキラと流れ落ちた。
「待たせてごめんな。」
まどかの親戚の挨拶とお互いの両親への報告も兼ねて
ひさしぶりに故郷に帰って来た。
まどかのマタニティドレスが眩しい。
「早く私に出て行ってほしかったから 喜んでたわよね。
おばあちゃんももうボケちゃって病院に入れちゃって…勝手なことしてる。」
親戚は まどかの幸せを喜ぶというよりは
もう面倒を見なくてホッとしたという感じに壮介にもとれた。
「いいじゃないか。面倒なものは俺たちにはないんだから。
これからは二人で温かい家庭を作って行こう。」
まどかの腹を優しく撫ぜる。
「この子と一緒に。」
俺が二人を守るんだ。
壮介は強い思いで一杯だった。
愛する女と そしてやがて生れてくる宝物のために……。
「かあさん…俺の嫁さんだよ。もうすぐ子どもが生まれるんだ。」
ひさしぶりに来た墓に花を供えた。
「ずっと来ないでごめんね。それにしてもあんまり荒れてなくてよかった。」
壮介は小さく生えた雑草を手でひっこぬいた。
「まどかです。壮介さんを世界一幸せなパパにします。
安心してください。」
まどかが手を合わせた。
「私はずっとずっと壮介さんを世界一愛してきました。
だから今 すごく幸せなんですよ おかあさま。」
まどかの言葉が嬉しくて 後から静かに抱きしめた。
「かあさん 俺の宝物……。可愛い奥さんだろ?
日高 まどか だよ。」
今 二人は世界一幸せだと思った。
そしてその後に 世界一不幸だと察した静が いる事も知らずに
二人は顔を見合わせて 長いキスをした。