離れて行く心~百四十八話
静は何も気づかなかった。
まどかという思いもよらない存在が壮介とのゆるぎないと信じていた
二人の気持ちを……修復のつかない距離まで離されていたとは……。
壮介と頻繁に会えないのは 家の事情だと信じ込んでいて
反対に壮介は静にそう思わせていた。
今日こそ…今日こそ…
壮介は 伝えようとは思ってはいるのに どうしてもその言葉を静の前で
言う事ができなかった。
そうしてるうちに時だけが過ぎて行き 決定的になる進路の先が明らかになる。
進路はずっと曖昧にしていた。
就職するつもりでいたけど 父親から母親の強い要望でしっかりと教育してほしいと
最後に言い残したと言われては…もう進路は決まったようなものだった。
「いずれはうちを継いでもらうが……それまではおまえは修行してこい。」
父親が壮介をしばらくは縛らないと言った。
継ぐ気持ちは一切なかったが…修行という名のところを一生の仕事にしようと決意していた。
「壮介 求人表出たけど どうするの?」
静が切りだしてきた時 はっきりと伝えようと思っていたから
その日がとうとうやってきた。
「本州の大学に行くよ。」
「え・・・・?大学に行くの?就職やめたの?」
静は目を丸くした。
「うん。かあさんの遺言どおりにしてくれって親父が言うから……。」
「もう決まったの?」
「うん。何もなければ……。」
「どうして教えてくれなかったの?」静の声が震えた。
とうとう……その時が来たと壮介は思った。
ずるい自分が制裁を受ける時が……そして誰よりも愛おしかった静を地獄に
叩きつけてしまうことに胸が痛んだけれど……
自分の中にいつしか一杯に占めている まどかの存在はもうゆるぎないものになっていた。
「二番目でいいの。」まどかは壮介に愛を強要はしなかった。
あの日 衝動的に抱いてしまった以外 壮介は一切触れなかった。
静に対してもまどかに対しても……罪悪感だけが残っていたから。
それでもまどかは心だけ触れさせて……
そう言って二冊のノートを見せて
「交換日記して下さい。お互い渡せる時までノートにいろいろ書いて……
私はそれだけで幸せだから。」
交換日記というものが二人の間を行ったり来たりするたびに
二人の心はもうしっかりと結ばれて行った。
「静……俺たちさ 別々にならないか。」
壮介は言えなかった言葉をやっと切りだした。
「何言ってるの?」
「俺は向こうの大学に行って そのまま向こうで暮らすつもりでいる。」
「それじゃあ 私だってそっちに行くわ。」
静は必死だった。
胸が押しつぶされそうだった。
「今まで静が全てだったけど……ごめんこれからは違う人生を歩きたい。」
「何・・・?何言ってんの?」
静は茫然としているようだった。
「私には壮介が全てなのに……壮介と生きて行く未来しか見えない。
この先もずっと……。」
他の人を好きになったとはこれ以上言えなかった。
「ごめん。俺はもう……そう決めたんだ。」
静はゆっくり首を振った。
「静に出会えて幸せになれた……なのにごめん……。
俺のこと恨んでも嫌いになってもいい…今すごくひどいこと言ってるのわかってる。
だけど…もう…静を愛せない。未来に静はいないんだ。
どっちかがそう思ったらもうこの恋は終わりだろ?」
静は壮介に背を向けて歩き出した。
もうこれ以上 醜く乱れる姿は見せたくなかった。
それはプライドのなにものでもない……。
そして一気に走り出した。
早く一人になる場所を見つけて 思いっきり泣きたかった。
自分はプライドの高い人間でよかったのか悪かったのか……
「静ちゃん?」
車が停まって 大介が顔を出した。
「大介くん……お願い…一人になれる場所に…すぐに…連れて行って……。」
必死に涙をこらえて言った。
様子がおかしいことを察した 大介は静を車に乗せて走った。
何も聞かずに 静は目を閉じて上を向いていた。
大介は静にまた心を奪われていた。
キレイだ・・・・・・・。
何かを必死に耐えている静は 大介にはこの世で一番美しいものに思えた。