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大切なもの~百二十九話~

それまでは静とのやりとりが楽しかった大介だったが

病院に入ってからは急に落ち着かなくなってきた。


母と会うのは何年ぶりだろうか……。

何を話せばいいんだろうか……。



「どうしたの?」静が覗き込んだ。



「いや なんか落ち着かなくてさ……母親と会うのも数年ぶりだし

増して会話なんて一緒に暮らしている時だってしたことないんだ。」



静には素直に話すことができる自分に驚いていた。



「そうなの?」


静が驚いた顔をした。



「あの人はさ…俺を可愛いと思ったことがあるんだろうか。

物心ついた時から 俺はあの人に愛されてなかったな どっちかというと

嫌われていた……。壮介を大切にしていたから。」



「壮介とおばさんに絆は深いけれど…そうなんだ……。

どこかで歯車が狂ってしまったのね だからおばさんもあなたに会いたかったのね。

うちの母親は最低だったけど おばさんは素敵な人よ。

もしわだかまりがあったなら……今日それがなくなればいいね。」



静はそう言うと大介の肩を叩いた。



  そうだな……。



「静ちゃんって魔法使いみたいだな。」



「え?何が?」静が長い髪の毛をかけあげる。

シャンプーの香りがした。



「俺に対して母親との確執の 根は深いけれど…

きみがいてくれたら…もしかしたらそんなこと吹っ飛んでしまうかもしれない。

そうなったら…めっちゃ嬉しいな。

そばにいてくれるか?」



本心すがるような思いだった。

もしも母親との確執を越えられたら自分はもっと高いところへ

行ける気がしていた。



「おばさんがイヤじゃなかったら……。」



「サンキュー。俺自身も君がいてくれるだけで なんだか落ち着くんだよな。」



「そう?じゃあ魔法かけてあげる。

おかあさんと仲直りできますように……。板垣くんがおかあさんのまえで

素直になれますように……。」



静の細い指が俺の額に触れた。




  どきん どきん どきん



心臓の音が力強く打つ。

 


病棟の一番はじの病室を静が開けると 医療器具に繋がれたマサヨが

横になっていた。



「おばさん……おばさん……。大介くん連れてきたよ。」


静がマサヨに声をかけた。



マサヨの目が開いて ひさしぶりに親子は目線を合わせた。


マサヨの目尻から涙が数本流れた。



「来てくれて……あり…がと……ね……。会って……もらえないと…

思ってたから……静ちゃん…ありがと……。」



苦しげな息が混じる。



「大介…大きくなったわね……。逞しく…立派になってね。

ごめんなさい……。あなたには いい母親には……なれなくて……。」



静は大介の背中を押した。



仕方なく大介は イスに腰掛けた。



「今度いつ会えるか……わからなくて……

あなたに……謝っておきたくて……ご…めんね。

本当にごめんね……。」



大介は母親が普通の病気じゃないことを感じていた。



  多分 長くない


そう感じ取っていた。



「うん。」大介はそう答えた。



「ありがとう……会えて……ほんと……よかった……。」



マサヨは涙を次から次へと流した。



ティッシュをとって大介はその涙を優しくおさえた。

不思議だった 憎くて憎くて仕方のなかった母をこんなに簡単に許せるのは

母親の変わり果てた姿のせいか

それとも



後を振り向くと笑顔で顔をくしゃくしゃにした静が立っていた。



 静の魔法のせいか……。



「壮介と…壮介とも……兄弟として…よろしく……お願い…します。」



壮介だけは別だった。

だけどこの状況では うなづくしかなかった。




「ありがと……。大介……。

私の自慢の……息子……。」

マサヨはそう言うと静に目を閉じた。



看護師が入ってきて 

「面会はもう…いい?おかあさん疲れるとよくないから。」



「また…来ます。」思わず大介はそう言った。



行くか行かないかはわからないけれど…もしかしたら…そんな予感が

大介にはあった。




  この人に会うのはこれが最後かもしれない……。



「待ってるね……。」



母は細い腕を出して大介の手を握った。




「またね。」大介が言うと



母は美しい笑顔で微笑んだ。

その笑顔を大介は 胸に刻み込む。

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