大切なもの~百二十六話~
マサヨは一週間前から少し体調が悪かったけれど
職場で風邪がはやりだして 休みを変更したりして
なかなか休めずにいた。
その朝は起き上がるのもやっとだった。
今までと違うのは 息苦しさだった さすがに布団からなかなか
起き上がれないマサヨに 心配そうな壮介
「明日は休みをとるから大丈夫よ。」そう言って
壮介を送りだして やっとのことで職場に行った。
息苦しさは頂点だった。
そのうち胸に激痛が走りだしてうずくまった。
それからのことはあまり覚えてはいなかった。気づいたら救急車の中だった。
死ぬのか…壮介をおいて
頭の中に死の文字だけが浮かぶ。
大介に…謝りたい……
思い残すことばかりが頭をよぎて 色のない夢を見た。
「かあさん かあさん」
壮介………
酸素マスクをしているからうまく声が出ない。
壮介はもう泣きそうな顔をしていた。
ごめんね…壮介……
マサヨは 心配だった まさか壮介をおいて……
あともう少し・・・時間をください……一週間でいい
壮介と話す時間と
それから大介に会って 謝る時間を・・・・・。
「かあさん 今日は学校やすんで かあさんのそばにいるから。」
いつもしっかりとしている壮介が
怯えた目をしていた。
不安で仕方がない そんな表情にマサヨの胸が痛む。
壮介の手を握った。
「かあさん…大丈夫だよね。俺を一人にしないよね?」
返事のかわりに強く握ると 壮介は笑顔になった。
壮介に伝えたいことがたくさんある。
愛しい息子……心配させてごめんね……。
涙が流れた。
「かあさん……かあさん……。」壮介も泣いていた。
「角谷さん…お見舞いの方が来てるけど…息子さんちょっと
変わりに対応してくれる?」
看護師が壮介を呼びに来た。
「かあさん ちょっと行ってくるね。」
壮介は眠る母に声をかける。
静かに病室を出ると 心配そうな静が立っていた。
壮介はそのまま静に抱きついた。
「大丈夫?」
「かあさんが死んだらどうしよう…そればっかり考えてる。」
「信じよう。きっと大丈夫よ。」
静は壮介の背中を優しく撫ぜる。
面会室で静と並んで座った。
「無理してたの俺に言わないで……朝だけせつなかったのか
なかなか起きれなくて 休めばっていったんだけど
大丈夫 明日休むから…ってかあさん笑ったから……」
いつも落ち着いてる壮介がとても小さな子供に見えた。
「次に不整脈を起こしたら…かあさんダメだろうって言われた。」
「え・・・?そんな……。」
静も急に不安になった。
二人で病室に入ると マサヨが目を開けていた。
「おばさん……。」
「手をにぎってあげて。」壮介のいうとおり マサヨの手を握った。
「俺…トイレに行ってくるね。」壮介が病室を出て行った。
マサヨは静の手を強く握って涙を流した。
「静…ちゃん……壮介…さ…さえて…あげ…て。」
マサヨは辛さそうな声で必死に静に訴えた。