大人の階段~百十六話~
電話が鳴ってマサヨが立ち上がった。
仕事場の人のようで 電話を切って
「仕事場の人が具合悪いらしいの。
おかあさん 変わりに行ってくるわ。
ごめんね 静ちゃん。
壮介 帰りちゃんと送ってあげてね。」
「まったくかあさんは…
お人よしだな。この間だって
そいつ かあさん具合悪い時 頼んだけど変わってくれなかった。」
「そういうこと言わない~
やられたことを返していたってしょうがないわ。
私は気持ちよく受けるタイプだから。
優しい笑顔だった。
マサヨが出て行って部屋は二人っきりになった。
なんだか急に落ち着かなくなって 壮介は慌てていた。
「どうしたの?壮介くん。」
「あ…いや…」カッコ悪くて汗が出る。
二人で食事を済ませて 静がお茶碗を洗い始めたから
壮介は茶碗を受け取って片づけを手伝った。
「おばさん ほんと素敵な人だよね。」
「自分の母親だけど俺も…実はそう思うんだよね。
お嬢さん育ちでさ ずっと家政婦さんいたから
大変だったんだよ 最初は。だけど俺を育てるので必死だったから
俺も多少の失敗は見ない振りしてたよ。」
思いだして苦笑した。
「いいおかあさんだね。私もあんなおかあさんに
絶対なるんだ。子供のこと一番に愛してあげられるおかあさんに……。」
「なれるよ。静ちゃんなら絶対
いいおかあさんになるそう思うよ。」
「そのまえに…いい奥さんにならなくっちゃ……。」
そう言うと静は 壮介を見つめた。
「私…壮介くんに…恋してると思う。」
壮介は持って行ったふきんを落としそうになった。
「え・・・?」頬が熱くなってくるのがわかった。
「今まで 誰にも心配されたりしたこと…なかったから…
壮介くんが私に同情してくれてすごくすごく嬉しかった。
ずっと死んでしまいたいって思ってたけど
壮介くんと同じ学校に行きたいとか…今まではキレイにすることさえ
許されなかったけど…今 おばさんのところで
あたりまえの生活をさせてもらえて…鏡の前に立ってる私は
壮介くんに見てもらいたくて…必死だったりするの…。」
静はそう言うと またお茶碗を洗い始めた。
「壮介くんだけに…キレイになったとか
思ってもらいたい……。」
壮介に皿を渡した。
その皿を壮介は静かに下に置いて その赤くなった手を
思わず握りしめた。
静は驚いた様子で 壮介を見つめた。
「俺も……俺もずっと気になってた。
初めて会った時から……境遇が似てたりするのもあったけど…。
静ちゃんが学校に来なくなってすごく心配だったし
最近キレイになる姿にドキドキしてたり……
初めての感情に……戸惑ってた。」
静の頬も赤くなっていた。
「きっと俺は 静ちゃんに恋してるのかなって…最近そう思った。」
「手…ザラザラでしょ?最近は おばさんのところで
幸せ気分でお手伝いするけど…なかなか手荒れが治らない……。」
「働き者の手だよ。かあさんと同じ。
頑張ってる手……。
壮介は思わずその手にキスをした。
「俺と…付き合ってください。」
「え・・・・?」
「その言葉は先に俺に言わせて。」
静がクスクス笑った。
壮介も恥ずかしそうに笑う静がとても愛おしく思えた。
「おばさんが一番で私が二番でいいから。そんな壮介くんを
好きになったの。優しくて思いやりがあって…そういう教育をしてきた
おばさんを尊敬してる。」
「ありがとう。かあさんも喜ぶよ。きっと。
あ…だけど三番目もいるよ。」
壮介が言うと
静が 不安そうな表情に変わった。
「三番目は……圭でしょ。
俺と静ちゃんの 子供にして可愛がってやろうね。」
静は目を丸くして そして泣き笑いをした。
「大好き…大好き…壮介くん……。」
静が愛おしくてたまらなかった。
初めてのキスは 静の涙の味がした。
「俺が静を……幸せにしてやるから……。」
壮介はそう言うと 静を強く抱きしめた。