絡まる糸~百十話~
静は 今 生きていて一番充実した時を過ごしていた。
叔母の家ではあたりまえに風呂に入って ご飯を食べて 温かい布団に寝れる。
静はずっと……
母親の虐待や 育児放置 新しい男を次々と家に連れ込み 小さい頃から耳をふさぎ生きてきた。
男に捨てられるたびに 「おまえがいるから自由になれない。」
そう言うと ご飯も食べさせてはもらえなかった。
テレビも見たくても 母と男が居間にいる時は 部屋から出られなかった。
風呂にも入れなくて
クラスメートが
「臭い」 「不潔」 そう言ってバカにしているのが聞こえる。
悔しかった。入りたくない訳じゃない。クラスメートがあたりまえにできる
日常的なことも静にはできなかった。
やることは 勉強しかなかった。
母が出かけても 男は家にいた。
怖かった。だから母がいない時は 部屋のドアに突っ張り棒をおいて願う。
どうか入ってきませんように・・・・。
トイレも窓から外に出て コンビニのトイレに駆け込んだ。
いつまでこんな地獄が続くんだろう
生きた心地のしない毎日だった。
学校にいるのが一番安全だとは限らない。
安全な場所でいてほしいこの場所も 悪口陰口で静を傷つけていた。
とりあえず仕事をこなす静を面倒だからと代表を押しつける女子。
男子の代表が言った。
「臭いから一緒に仕事したくねーんだよな。」
容赦ない言葉の矢が突き刺さる。
そんなある日のことだった。
「静 あんたにきょうだいができるからね。」母がそばにいた男に体を寄せて言った。
「きょうだいって……。」
静は目を丸くして言葉を失った。
「涼ちゃんの子供ができたの。今度は幸せになるから。」
そう言って男の頬に口を寄せて何かをささやいた。
背筋がぞっとした。
男は少し年がいった男だった。家庭を持っているようでいつもそのことで母親ともめていた。
「それからスーパーもやめるよ。もう子供生れてしまうし。」
「いつ?」
華奢な母親の妊娠は 静にもわからなかった。
「ギリギリまで働いたしね…。とうとう昨日気がつかれちゃったわ。
一緒に働いてる角谷さんに……。どっちにしてももう限界だし
涼ちゃんがちゃんと結婚してくれるって言ってくれたし…これで私も
奥さんになれるわ。」
静は男の目を見た。
男は目をそらす。
捨てられるのは時間の問題なのに・・・・・。
反対する間もなく 弟が生まれた。
入院したのと同時に 男は姿を消した。
母はまた 裏切られて そして子供まで作ってしまった。
「静 この子の名前 あんたが決めな。」完全に育児放棄をする手前だった。
静は真剣に考えて考えて 圭と名づけた。
自分と同じ境遇をこれから歩く この赤ん坊が哀れだった。
そして愛しさがこみあげてくる。
学校もそこそこに圭の育児に追われ始める。自分の時間はまったくなくなった。
それでも自分の味方ができたようで 静は嬉しかった。
そのころは圭の育児をまったくしなくなった。
静が学校にいっている間 睡眠をする母親は 圭がうるさくて仕方ないと怒った。
二人っきりになってまだ口のきけない圭に聞いた。
「あんたも不幸だね……。あんな女が母親なんだから……。」
オムツを取り替えた時 圭の太ももにちねられたような小さなあざがあった。
可哀そうで静は圭を抱きしめた。
しばらくしてまた母親が 男をつれこみ始めた。今度は若い男だった。
ホストクラブに勤めているようで 母と一緒に夕方出かけていく。
母親は静がいない時間で 圭を保育園に預けることにした。
「働かなきゃ食って行けないでしょ?あんがが学校終わったらまっすぐ迎えに行って。」
静は学校から保育園そして家 忙しく往復して勉強と育児に奮闘していた。