アオノリトカゲ
始めての短編。
キーワードに何書けばいいのか、すごい迷った。何だ、「赤」「青」って。誰がそんな検索するのさ。
アオノリは待っていた。
赤が青になる、そのときを。
アオノリトカゲ
「・・・・・・暑い」
ミンミンと蝉がうるさく叫ぶ中、赤信号の真下に一人の青年。
彼の名は青森 智人。通称、アオノリ。
「太陽二つはあるだろ・・・・・・」
向こう岸へ渡ることに、別段理由があるわけじゃないだが。
太陽からのビームが目元に直撃するのを避けるべく翳した、二つの手がモロにそのダメージを被り、剥き出しの黒髪に関してはその色素が抜かれる勢いだ。
どうせなら動いていたい。そうすれば、風が自身の熱を浚ってくれるし、わざわざ往来する車の照り返しを食らわずに済む。
たかだか、コンビニで立ち読みをするだけのために、なぜこんな苦行を? そんな疑問がアオノリの頭をよぎった。
「・・・・・・暑い」
だいたい待ち時間が長すぎるんだ。そりゃぁ、大通り様にこんにちわ、よろしくお願いしますね、みたいな媚びを売って書かせてもらった横断歩道のシマシマ模様。小さい道は後回しにされても文句は言えない。
だからって。
「・・・・・・長い・・・・・・そして暑い」
揺れる陽炎。燃ゆるは炎天下。耳を刺すのは蝉の声。
カラッと暑いわけじゃない。アメーバみたいにヌルヌルとした、まるで貼り付くかのような蒸し暑さだ。
なるほど、暑いから信号機の表示は帽子を被っているのか。なんて、しょうもないことを考えていると、ポトリと、アオノリの横に何かが落ちてきた。
ふと、下を見てみる。
自分の影の中で、蝉が死んでいる。
「・・・・・・」
アオノリは、あぁ君も熱にやられてしまったんだね、と思った。
じゃぁ安らかにお眠りなさい。私の影はさぞかし涼しいでしょうから。
「・・・・・・いいなぁ。俺も影の中入りてー」
自分の影に一歩、足を踏み入れてみる。無論不可能だ。
アオノリはもう一度それを試みる。やっぱり駄目だ。
理解はしている。そんなことできやしない。自分が足を動かせば、あいつだって動いてくる。手を挙げれば、地面にくっついたこいつも同様にしてくる。
でも、何となくしてみるのだ。それで時間が潰せればマシな方。
「・・・・・・長い・・・・・・暑い」
信号機の中のおじさんが、歩き出すのをひたすら待っていた。
もうアパートに引き返そうか、そう思っていたら。
新たに、影のお客さま。
「・・・・・・は?」
長身の青年が、アオノリのすぐ左でそびえ立っていた。その顔には汗が滴り、短髪のせいでさらけ出された額は、日の光を浴びて目映く光っている。
何なんだろう。この人。
若干目元はひきつっている。
どうしよう。アッチ系か? 一瞬そう思ったが、彼の両手に提げられた物を見て、なるほど納得。
彼の手には、ビニール袋いっぱいのアイスがあった。
(俺の影で溶けるのを防ごうってか)
パーティーか何かか、大人数で食べるのだろう。ならば、溶けるのはまずい。この辺り、日陰などまったくないから、この信号に捕まったが最後、アイスはベチョベチョ。仲間の反感を食らうのは間違いなしだ。
しかしながら、大した表面積を持たないアオノリの横にわざわざ来た、ということは、この信号待ちはひたすらに長いことを知っているからだろう。
でなければ、ちょっと待ってればいいのだし。
とどのつまり、長身はアオノリの近所もしくはその辺に住んでいることになる。
「・・・・・・暑い」
アオノリは小さくそう呟き、ご臨終の蝉が長身によって踏みつぶされていないかを確認。
そしてすぐにほっと一息。
手が疲れてきた。暑さによる疲労もあるだろう。目元に落ちる影が、徐々に穴ぼこになっていく。
「・・・・・・ん?」
これまた妙なことが。
アオノリの横の長身の横に、小太りの男がやってきた。
額のバンダナは汗で浸り、無駄に長い髪はシャワー後のような感じだ。鼻の下に浮かぶ大粒の汗。ビームサーベル型のリュックサックには白い塩がふき、Tシャツにプリントされた「マジカル☆ゲェチュー・アスカ」は汗ダクに濡らされ、パツンパツンに引き延ばされて。
もう目も当てられない。
(今度はフィギュアですか)
小太りの右手には正方形の箱に入ったフィギュアがあった。確かにこの照りでは、せっかくお人形さんも痛んでしまうだろう。
だから、長身の影を使ってそれを防ぐわけ。
わざわざ長身の横に来た、ということはこの小太りもまた、この辺の人間ってことになる。
「・・・・・・暑い」
アオノリの影の中の長身の影の中の、小太り。この何とも珍妙なシチュエーションも、猛暑の前にはどうでもよすぎることのように思えた。思えてしまっていた。
「・・・・・・暑い」
何回目だ。もう「暑い」のワードが喉に貼り付いてしまっている。
目と鼻の先のコンビニがユートピアに見える。さぞかしあの中は涼しいのだろうなぁ、と。
「・・・・・・今度は・・・・・・何だ」
アオノリの横の長身の横の小太りの横に、肌の真っ白な女性がやってきた。
推定二十歳。目元のアイラインが目の中を一層光らせ、頬には薄くピンクのファンデーション。髪は金でカールしてあり、小悪魔フェイスをより際だたせている。
(あれは、日焼けか・・・・・・)
暑いから、というのもあるだろう。大胆にさらけ出された白い生足。ノースリーブから覗けるいやらしさ。ガングロ、なんて古いだろう。今は美肌のために白を保つのが主流だ。
ともすれば、必然的に小太りの横に来るだろう。なんせ、影の面積が人一倍広いから。さすれば、日焼け止めクリームを浪費せずに済むだろう。
コラコラ、自分のためだろ? そんな嫌な顔してないで。
「・・・・・・暑い」
小悪魔フェイスの女性は、至極麗しかったが、この豪暑に勝るものはなし。生半可な煩悩も吹っ飛ぶ。
「・・・・・・暑い」
いつになったら青になるんだ。そしてこの妙な連鎖はいつまで続くんだ。口には出さないが、アオノリは心の中でそう呟いていた。
うっすらとぼやけ始める視界には、発光ダイオードの明かりだけがこうこうと輝いている。
「・・・・・・はぁーっ」
アオノリは漏れる息に疲労を乗せる。
予測はしていたけれど、実際になってみると、やはり変な気持ちになる。
次から次へと続く連鎖反応。とうとう人類の域を越えてしまった。
「ハッハッハッ」
舌をだらしなくぶら下げて、ヨタヨタと千鳥足で小悪魔へと近づく、一匹の野良犬。色は霞んだようなベージュで、口元が残飯などのせいで頗る汚い。首輪も無いし、まったくのホームレス犬だ。
薄汚れたその犬は、小悪魔の影で一休み。腰を下ろし、頭を組んだ前足の上に置いて、鋭い瞳を瞼で覆った。
「・・・・・・暑い」
アオノリ。
長身。
小太り。
小悪魔。
犬。
どうもこうも奇妙な組み合わせ。
そんな者達が一列に、それも接近して立っている。
よくよく考えれば、これはファンタジーで幻想的なことではなかろうか。
見知らぬ者と者が、意味もなく携える繋がり。
話したことも、会ったこともないのに。
ただ一つ、信号待ちという目的を介して触れ合う体温。接触などはしなくても、微々たる感覚で伝わる鼓動。
分かるような、分からないような。
「・・・・・・」
車の通りが少なくなっても、誰も歩きだそうとしない。
信号無視はいけないことだ。だから歩きださないのだ。ということではなく、雰囲気という名の障壁が、それぞれの前に立ちはだかっているからだ。
空気を読んだ。
それはとてもとても厚くて、暑い。
「・・・・・・ん?」
ちょっと待ってくれよ。俺が影に入ってないじゃん。
他の奴らはいいよ。他人の影に入れてるんだから。
じゃ俺は? 誰の影に入ればいーの?
「・・・・・・暑い」
心の中で愚痴を吐露した辺りで、アオノリの意識は飛びそうになる。
自分だけ楽をしていないという損失感。自分が一番長く待っているのに、楽をさせてもらえないとう理不尽感。影の乗車連鎖によって、自分がまるで運転手であるかのように思わせる幻想感と緊張感。
何より、それを一身に浴びる心の疲労感。
ゴクリと唾を飲み込む。
これが熱中症というやつか。そうアオノリが誤解し始める手前、いわゆる天使なる者が、彼の右横に舞い降りた。
「何? この行列」
「・・・・・・姉さん」
アオノリの右隣に、日傘を持った姉が現れた。
救われた。
オーバーヒートしそうだった体が、徐々に冷やされていく。所詮気休めかもしれないが、今のアオノリには十分だった。
全身に落とされた影を感じる。
姉とは普段あまり話さないが、何だか今はとにかく甘えたい気分になった。調子に乗って、抱きついてしまいそうなくらい。
「この行列は・・・・・・」
アオノリが姉の質問に答えようとした、その時。
信号機が、青く光った。
歩きだす。
とりあえず、みんな一緒に。




