表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

アオノリトカゲ

作者: mission No.149

始めての短編。

キーワードに何書けばいいのか、すごい迷った。何だ、「赤」「青」って。誰がそんな検索するのさ。

 

 アオノリは待っていた。

 赤が青になる、そのときを。










アオノリトカゲ











「・・・・・・暑い」


 ミンミンと蝉がうるさく叫ぶ中、赤信号の真下に一人の青年。

 彼の名は青森あおもり 智人のりと。通称、アオノリ。


「太陽二つはあるだろ・・・・・・」


 向こう岸へ渡ることに、別段理由があるわけじゃないだが。

 太陽からのビームが目元に直撃するのを避けるべく翳した、二つの手がモロにそのダメージを被り、剥き出しの黒髪に関してはその色素が抜かれる勢いだ。

 どうせなら動いていたい。そうすれば、風が自身の熱を浚ってくれるし、わざわざ往来する車の照り返しを食らわずに済む。

 たかだか、コンビニで立ち読みをするだけのために、なぜこんな苦行を? そんな疑問がアオノリの頭をよぎった。


「・・・・・・暑い」


 だいたい待ち時間が長すぎるんだ。そりゃぁ、大通り様にこんにちわ、よろしくお願いしますね、みたいな媚びを売って書かせてもらった横断歩道のシマシマ模様。小さい道は後回しにされても文句は言えない。

 だからって。


「・・・・・・長い・・・・・・そして暑い」


 揺れる陽炎。燃ゆるは炎天下。耳を刺すのは蝉の声。

 カラッと暑いわけじゃない。アメーバみたいにヌルヌルとした、まるで貼り付くかのような蒸し暑さだ。

 なるほど、暑いから信号機の表示は帽子を被っているのか。なんて、しょうもないことを考えていると、ポトリと、アオノリの横に何かが落ちてきた。

 ふと、下を見てみる。

 自分の影の中で、蝉が死んでいる。


「・・・・・・」


 アオノリは、あぁ君も熱にやられてしまったんだね、と思った。

 じゃぁ安らかにお眠りなさい。私の影はさぞかし涼しいでしょうから。


「・・・・・・いいなぁ。俺も影の中入りてー」


 自分の影に一歩、足を踏み入れてみる。無論不可能だ。

 アオノリはもう一度それを試みる。やっぱり駄目だ。

 理解はしている。そんなことできやしない。自分が足を動かせば、あいつだって動いてくる。手を挙げれば、地面にくっついたこいつも同様にしてくる。

 でも、何となくしてみるのだ。それで時間が潰せればマシな方。


「・・・・・・長い・・・・・・暑い」


 信号機の中のおじさんが、歩き出すのをひたすら待っていた。

 もうアパートに引き返そうか、そう思っていたら。

 新たに、影のお客さま。


「・・・・・・は?」


 長身の青年が、アオノリのすぐ左でそびえ立っていた。その顔には汗が滴り、短髪のせいでさらけ出された額は、日の光を浴びて目映く光っている。

 何なんだろう。この人。

 若干目元はひきつっている。

 どうしよう。アッチ系か? 一瞬そう思ったが、彼の両手に提げられた物を見て、なるほど納得。

 彼の手には、ビニール袋いっぱいのアイスがあった。


(俺の影で溶けるのを防ごうってか)


 パーティーか何かか、大人数で食べるのだろう。ならば、溶けるのはまずい。この辺り、日陰などまったくないから、この信号に捕まったが最後、アイスはベチョベチョ。仲間の反感を食らうのは間違いなしだ。

 しかしながら、大した表面積を持たないアオノリの横にわざわざ来た、ということは、この信号待ちはひたすらに長いことを知っているからだろう。

 でなければ、ちょっと待ってればいいのだし。

 とどのつまり、長身はアオノリの近所もしくはその辺に住んでいることになる。


「・・・・・・暑い」


 アオノリは小さくそう呟き、ご臨終の蝉が長身によって踏みつぶされていないかを確認。

 そしてすぐにほっと一息。

 手が疲れてきた。暑さによる疲労もあるだろう。目元に落ちる影が、徐々に穴ぼこになっていく。


「・・・・・・ん?」


 これまた妙なことが。

 アオノリの横の長身の横に、小太りの男がやってきた。

 額のバンダナは汗で浸り、無駄に長い髪はシャワー後のような感じだ。鼻の下に浮かぶ大粒の汗。ビームサーベル型のリュックサックには白い塩がふき、Tシャツにプリントされた「マジカル☆ゲェチュー・アスカ」は汗ダクに濡らされ、パツンパツンに引き延ばされて。

 もう目も当てられない。


(今度はフィギュアですか)


 小太りの右手には正方形の箱に入ったフィギュアがあった。確かにこの照りでは、せっかくお人形さんも痛んでしまうだろう。

 だから、長身の影を使ってそれを防ぐわけ。

 わざわざ長身の横に来た、ということはこの小太りもまた、この辺の人間ってことになる。


「・・・・・・暑い」


 アオノリの影の中の長身の影の中の、小太り。この何とも珍妙なシチュエーションも、猛暑の前にはどうでもよすぎることのように思えた。思えてしまっていた。

 

「・・・・・・暑い」


 何回目だ。もう「暑い」のワードが喉に貼り付いてしまっている。

 目と鼻の先のコンビニがユートピアに見える。さぞかしあの中は涼しいのだろうなぁ、と。


「・・・・・・今度は・・・・・・何だ」


 アオノリの横の長身の横の小太りの横に、肌の真っ白な女性がやってきた。

 推定二十歳。目元のアイラインが目の中を一層光らせ、頬には薄くピンクのファンデーション。髪は金でカールしてあり、小悪魔フェイスをより際だたせている。


(あれは、日焼けか・・・・・・)


 暑いから、というのもあるだろう。大胆にさらけ出された白い生足。ノースリーブから覗けるいやらしさ。ガングロ、なんて古いだろう。今は美肌のために白を保つのが主流だ。

 ともすれば、必然的に小太りの横に来るだろう。なんせ、影の面積が人一倍広いから。さすれば、日焼け止めクリームを浪費せずに済むだろう。

 コラコラ、自分のためだろ? そんな嫌な顔してないで。


「・・・・・・暑い」


 小悪魔フェイスの女性は、至極麗しかったが、この豪暑に勝るものはなし。生半可な煩悩も吹っ飛ぶ。


「・・・・・・暑い」


 いつになったら青になるんだ。そしてこの妙な連鎖はいつまで続くんだ。口には出さないが、アオノリは心の中でそう呟いていた。

 うっすらとぼやけ始める視界には、発光ダイオードの明かりだけがこうこうと輝いている。


「・・・・・・はぁーっ」


 アオノリは漏れる息に疲労を乗せる。

 予測はしていたけれど、実際になってみると、やはり変な気持ちになる。

 次から次へと続く連鎖反応。とうとう人類の域を越えてしまった。


「ハッハッハッ」


 舌をだらしなくぶら下げて、ヨタヨタと千鳥足で小悪魔へと近づく、一匹の野良犬。色は霞んだようなベージュで、口元が残飯などのせいで頗る汚い。首輪も無いし、まったくのホームレス犬だ。

 薄汚れたその犬は、小悪魔の影で一休み。腰を下ろし、頭を組んだ前足の上に置いて、鋭い瞳を瞼で覆った。


「・・・・・・暑い」


 アオノリ。

 長身。

 小太り。

 小悪魔。

 犬。

 どうもこうも奇妙な組み合わせ。

 そんな者達が一列に、それも接近して立っている。

 よくよく考えれば、これはファンタジーで幻想的なことではなかろうか。

 見知らぬ者と者が、意味もなく携える繋がり。

 話したことも、会ったこともないのに。

 ただ一つ、信号待ちという目的を介して触れ合う体温。接触などはしなくても、微々たる感覚で伝わる鼓動。

 分かるような、分からないような。


「・・・・・・」


 車の通りが少なくなっても、誰も歩きだそうとしない。

 信号無視はいけないことだ。だから歩きださないのだ。ということではなく、雰囲気という名の障壁が、それぞれの前に立ちはだかっているからだ。

 空気を読んだ。

 それはとてもとても厚くて、暑い。


「・・・・・・ん?」


 ちょっと待ってくれよ。俺が影に入ってないじゃん。

 他の奴らはいいよ。他人の影に入れてるんだから。

 じゃ俺は? 誰の影に入ればいーの?


「・・・・・・暑い」


 心の中で愚痴を吐露した辺りで、アオノリの意識は飛びそうになる。

 自分だけ楽をしていないという損失感。自分が一番長く待っているのに、楽をさせてもらえないとう理不尽感。影の乗車連鎖によって、自分がまるで運転手であるかのように思わせる幻想感と緊張感。

 何より、それを一身に浴びる心の疲労感。

 ゴクリと唾を飲み込む。

 これが熱中症というやつか。そうアオノリが誤解し始める手前、いわゆる天使なる者が、彼の右横に舞い降りた。


「何? この行列」


「・・・・・・姉さん」


 アオノリの右隣に、日傘を持った姉が現れた。

 救われた。

 オーバーヒートしそうだった体が、徐々に冷やされていく。所詮気休めかもしれないが、今のアオノリには十分だった。

 全身に落とされた影を感じる。 

 姉とは普段あまり話さないが、何だか今はとにかく甘えたい気分になった。調子に乗って、抱きついてしまいそうなくらい。


「この行列は・・・・・・」


 アオノリが姉の質問に答えようとした、その時。

 信号機が、青く光った。

 歩きだす。

 とりあえず、みんな一緒に。

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ