第7話 『私は君の隣に居たいのに』
酔ったリカにちょっと質問してみたら、速攻で全部吐いた。
……酒、弱すぎるな。まあ、飲ませたのは俺だけどよ。
リカの話によると、ここはフュラノの森って場所らしい。
それに、リカの家から少し離れたところにはエルフの村があって、そこのパン屋の娘として転生したそうだ。
しかも棺桶に入った状態で新生児スタート。
おそらく、死んだ直後のその赤ん坊の身体に、リカの魂が宿ったってわけだ。
両親も妹も、リカが転生者だってことは知っているらしい。
……まあ、そりゃそうだ。生後二ヶ月の赤ん坊が、急に喋りだして歩き始めたら、誰だって信じる……信じざるを得ねぇ。
……つまり、追加で二十年生きてきたとは言ってたけど、リカはこの世界じゃ肉体的にもまだ二十歳ってことか。
前の世界でもガキの頃から暗殺やってたし、精神年齢はそのへんで止まってるのかもしれねぇな。知らんけど。
あと、話を聞く限り、両親もいい人みたいで安心した。
ただ、エルフって種族は昔、人間たちから迫害を受けていたそうだ。
理由は単純。魔力の多さ、魔法の才、長寿、容姿……どれを取っても人間より優れていたからだ。
それゆえに異端視され、やがて危険な種として世界の隅に追いやられた。
中にはその美しさを理由に、性奴隷として売られた者もいたらしい。
……リカの口からそんな話が出るとはな。
酔ってなきゃ、絶対話さなかっただろう。
ま、尋問しておいて正解だったな。
気づけば、リカはテーブルに突っ伏したまま寝息を立てていた。
頬はまだ赤く、唇がかすかに笑っている。
……まったく、勝手に寝やがって。
俺はため息をひとつついて、そっと毛布を取る。
肩にかけてやると、リカは小さく身じろぎして、また静かに眠りについた。
「……ま、いい夢見とけよ」
コップの中には、まだぬるいビールがある。
勿体ねぇから、ぐいっと飲み干す。
――さて、風呂に入って寝るとするか。
◆
異世界に来て四日目。
朝から、なんかやけに騒がしい。
……一応、昨日の夜の記憶は残ってたみたいだ。
けどリカは、顔を真っ赤にして目を合わせてくれない。
いや別に、恥ずかしいことは言ってねぇはずなんだけど……夢と現実がごっちゃになってんのか?
すると、厨房からじゅうっと油の音がした。
リカがフライパンを片手に、頬を染めたまま……
「……あっ……その、昨日のことは、忘れてください……!」
「お、おう……? いや、別に昨日は何もなかっただろ……お前、なんか勘違いしてないか?」
「だ、だって先輩が……その……」
リカが言いかけた瞬間、フライパンの中から、じゅうっと焦げた匂いが立ち上がった。
「わかったわかった! とりあえず火をちゃんと見ろ!」
「はぁ〜もう〜……せっかくいい色のお肉だったのにぃ……」
リカは慌てて火を弱めながら、しょんぼり肩を落とすが、焦げた肉を見てふっと思い出したように顔を上げた。
「あ、そういえば言うの忘れてましたけど、ちょうど生活用品とか無くなってきたんで……一回、実家に帰って色々準備しようかなって思ってるんです。先輩の寝る場所も藁でできた即席ベッドしかないし……もうちょっとマシなやつ用意しますね」
「……そうか、元は一人暮らしだったもんな」
俺は頷きながら周囲を見渡す。
確かに食材の減りも早い。二人分だと当然色々と倍かかるし、しかも俺はリカより食う。
……そういやそのことをすっかり忘れてたな。
「ごめんな、色々負担かけて。……でも、村まで少し距離あるだろ? 荷物運びとか手伝いたいけど……俺がエルフの村に行くのは、さすがにマズいよな?」
「うーん……両親は、私が元人間だって知ってるから、先輩を連れてっても大丈夫だと思いますけど……でも、周りの目は厳しいかもしれませんね。それにこの森って、人が寄りつかないので、人との交流もほとんどないんですよ」
……そりゃそうか。
やろうと思えばエルフに変装もできるが、わざわざそれしてまでいくのも馬鹿らしい。それに見知らぬエルフが現れたら、逆に怪しまれるのも予想できる。
「そっか……なるほどな。それで、いつ行くんだ?」
「このご飯を食べたら行こうと思ってます。家のお手伝いもしたいので……三日後くらいにはまた戻りますね」
リカはふと俺の方を見て、にこりと笑った。
「……でも先輩、一人で大丈夫ですかぁ?」
「なにがだ?」
「ふふっ……一人で家事できるのかなぁって思って」
「あー、母親がいつも家に居なかったから、人並みにはできるぞ。任務の時も、芋に卵かけて食ったり、泥と血だらけのレーションとか普通に食ってたしな」
「うわぁ……それ家事じゃないし……ちょっと心配になってきました」
「まぁ、だから何食っても大丈夫だ。一週間くらいゆっくりしてもいいぞ、俺のことは気にすんな」
リカは「そういう意味じゃないですけど……!」とでも言いたげに頬をぷくっと膨らませた。
そして、ふっと表情を和らげて、少しだけ甘い声で――
「……じゃあ、お言葉に甘えて、ゆっくり準備して戻ってこようかな」
「おう、そうしろ。美味い飯がかかってるからな……」
「も〜、そういう言い方します?」
リカはむくれたように頬を膨らませながら、焦げた肉とサラダをテーブルに置いた。
……見た目はちょっとアレだが、香ばしい匂いが腹を刺激する。
「おおー、きたきた。いただきます!」
そのまま豪快にかぶりつく。
焦げ目の下から、じゅわっと肉汁があふれ出した。
焦げてるくせに、妙にうまい。
シャキシャキのサラダも相性抜群で、朝から食欲が止まらない。
リカは椅子をギィと引きずり、俺の隣まで持ってきて腰を下ろした。
パンをちびちび齧りながら、楽しそうにこちらを見上げてくる。
……って、おい、距離が近い。近すぎる。
ふわりと甘い香りがして、肩が軽く触れる。
俺はつい視線をリカにやると、リカのドレスの隙間から谷間がちらりと覗いていた。
……はぁ、俺と離れるのが寂しいとか……そんなわけ、ないわな。
ただの偶然……そう思いたいがどうにも意識してしまう。
食事どころじゃねぇが、それでも平然を装うように肉をかき込む。
「はぁ〜食った食った」
……まぁ、味なんて覚えちゃいねぇけどな。
リカはそんな俺を見て、ふっと笑った。
「先輩と離れるの、ちょっと寂しいですけど……行ってきますね!」
「おっ、おう……」
軽く手を振り、リカは玄関を出ていく。
その背中を見送りながら、胸の奥がほんの少しだけ、ぽっかりと空いた気がした。
……おかしいな。
俺、ハニトラ耐性なら組織の中でもトップクラスだったはずなんだけど……リカ、お前がすごいだけなのか? それとも、俺がもうリカのことを――いやいやいや! 後輩だぞ!?
とはいえ、今の暮らしは悪くない。
俺が思ってたスローライフじゃねぇけど、こいつと二人で暮らすのも……案外、楽しいかもな。




