第63話 『檻の中の猛獣』
ギルド支部長室ではラグナスが椅子に深く腰掛け、腕を組んでいる。
……その前に立つメイカも、微動だにしない。
そして、互いに表情ひとつ変えないまま、淡々と口を開いた。
「……随分と派手にやってくれたな?」
「派手にやるつもりはありませんでした」
「結果的に、ダンジョンはS級暫定値だ。B級迷宮がだぞ?」
「想定外です」
「その想定外に、なぜお前が居る?」
「カリバーンの噂を確認しに同行しただけです。戦闘は本意ではありません」
「整理師が同行しただけで済む案件じゃない」
「私が出なければ、壊滅していました」
ラグナスはそれを否定できなかった。
資料と報告書を見れば、現場にいなくとも分かる事実だからだ。
「……否定はせん。だが、国宝級整理師が前線で戦闘に参加した時点で、これは政治案件だ。俺の一存で揉み消せる話でもない」
「最終決裁は私です」
「だからこそ面倒なんだよ……」
当然の話だ。
メイカは国家管理下にありながら、同時に個人としての裁量権を持つ。
メイカが「必要だった」と一言告げれば、それは国家判断と同義になる。
だが、その判断が外交問題に発展すれば、矢面に立つのはラグナスである。
実際、メイカの整理師及び空間魔法使いとしての能力は代替不可能で国家資産に準ずる扱いを受けている。
その魔法は、代替不能な高度整理能力、高位遺物・禁忌級装備の安全管理が可能……。
……だが本質はそこではない。
メイカの登場により、この世界の物流構造は一変した。
従来の輸送は馬車や船、そして人力に依存していたが……メイカの魔法は輸送コストを激減させ、貿易量を爆発的に増大させた結果、商人ギルドは急成長し、経済圏は拡張した。
しかし真に危険だったのは、軍事的側面だ。
大量の武器・物資の移送が可能となり、その結果、国家戦略は根底から変質し、他国との軍事バランスは崩れてしまったのだ。
いわば、国家構造そのものを書き換えうる魔法だった。
だから、死なれれば国家資産の損失となる……。
だが、メイカは自由に行動するので、国家資産でありながら、完全には制御できていない……ラグナスにとって、メイカは心底厄介な存在なのだ。
「死なれては困る、と言いたいのですね」
「その通りだ。お前は国家資産だ。替えが効かんし、何かあったら責任は俺へ来る。だが俺はお前に命令はできんからそれが厄介なんだ」
「物扱い、ですか……」
その言葉に、メイカの瞳から光が消えたように見えた……気がした。
ラグナス自身も、言葉を選び損ねたことは分かっている……だが、今さら訂正するのも格好が悪いので、机を、「とん」と指で叩き、仕切り直す。
「……まあいい。今回の件、裏はあるか?」
「ありません。偶然が重なっただけです」
ラグナスは数秒、メイカの目を見つめた。
彼は元A級冒険者だ、人の嘘を見抜く目は持っている。
そして、少なくとも今、メイカが嘘をついていないと感覚が告げていた。
それと、誤報であると思うが一応確認しておきたかったこともある。
「イザナの生命反応が一度消え、再点灯している」
「誤報でしょう」
「そう処理している」
「それで構いません」
だが、その一瞬だけ、メイカの目が僅かに濁った。
ラグナスはメイカの嘘に気づいたが、それ以上は追及しなかった。
そりゃそうだ、死者蘇生などあり得ない。
仮に可能だとしても、それは……厄介どころの話では済まない。
なので、これ以上は考えたくないとばかりに、ラグナスは深くため息を吐き、背もたれに体を預けた。
「今回の件、本部への正式報告は俺がまとめる。お前は余計なことを言うな」
「余計なことは申しません」
「……それと、お前は前線に出ていないことにする。討伐はガルド率いる新白翼兵団、及びブレイブとダルタニャンの戦果で通す」
「構いません。ですが……イザナは」
「報告には載せん」
「理由を伺っても?」
「単純に強すぎる。F級で悪魔の背後を取れる奴は俺が知る限り一人もいない。それに経歴も薄いしこれまで表舞台に出ていない。……偶然で片づけるには都合が良すぎるんだよ」
「疑っているのですか」
「疑うのも仕事だ。他国の工作員の可能性もゼロではない。あるいは……まあ、いい。いずれにせよ、今は公的記録に残すべきではない」
「保護、ですか?」
「保留だ。だが、カイルが動く可能性もあるんだよなぁ……」
「彼が?」
「奴は義理堅いから、イザナの功績を押し出すかもしれん。だがそれも含めて俺の管轄だ。あとな? お前が前線に出た。それだけで政治問題だ。国家資産の危険地域投入と見なされる。そこに正体不明の強者まで加われば、余計な火種になる。違うか?」
「私には一定の裁量が認められています」
「……何度も言うがな、だからお前は面倒なんだ。お前は守るべき国家資産でありながら、同時に自分で判断できる立場にある。それは言わば檻の中の猛獣が、自分で鍵に触れられるようなものだ」
「合理的です」
「お前を守るためでもある……あと、イザナは今は泳がせる」
その一言で、方針は決まった。
「メイカ」
「はい」
「あまり、揉め事を起こすなよ?」
「善処します。では失礼します」
メイカは一礼すると、静かに扉を閉めた。
支部長室に残ったのは、重い静寂だけだった……。
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