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第62話 『波紋』

深層ダンジョンで高位悪魔リリスの魔力反応が消失した。

その報は、ギルド支部・中央観測室にも届いていた。


「魔力反応、異常上昇から急減衰……ボスは討伐されたようです」


「待て。その魔力の波形を拡大しろ」


若い観測員の報告を、年長の観測主任が低い声で即座に遮る。


「……空間魔法の残滓を検出。出力上限を超えています」


「術式照合開始……一致。空間魔法、使用者メイカ・ルヴァ=エリュシオン」


「何故、国宝整理師が前線に……」


「いや、それだけではありません……高位悪魔種の魔力反応を検出……照合……一致率七十……八十……九十……B級で検出される値じゃない」


「いやだから、なぜB級ダンジョンに国宝整理師のメイカさんが居るんだ……」


その時――観測室の扉が勢いよく開いた。


「報告しろ。何が起きている」


書類を抱えたまま踏み込んできたのは、ギルド支部長のラグナス・ロックホーン。

鋭い眼光が観測機を射抜き、今回の異常を瞬時に把握し続ける。


「ふむ……空間魔法の連続行使。高位悪魔。そして死亡からの再点灯はまあいいとして、なぜメイカがダンジョンに潜っている?」


ラグナスの問いに、職員たちは次々と解析結果を提示した。


ボス部屋に設置された観測機のログによれば、最初に出現したのはクリスタルゴーレムで、合同攻略隊はこれを撃破している。

もっとも、クリスタルゴーレム自体、厳密にはB級相当とは言い難い個体だが、今回の戦力を鑑みれば、討伐自体は可能だった。


……そして、本来であれば、討伐時点で攻略は完了のはずだった。


だがその後、未知の高位悪魔種に相当する魔力反応が発生したが、それもほどなくして消失したので、ギルドはそれを討伐成功と判断した。


(しかし問題は、その討伐に至る経緯だ……なぜ整理師であるメイカが、深層ダンジョンにいる? メイカは長年、前線から退いている立場のはず……だがそれが今、悪魔と交戦している。それに、彼女はそもそも好戦的な人物ではないはずだ、少なくとも整理師となって以降は……)


そしてダンジョンの危険度の再計算結果は、既存のB級基準を大きく逸脱し、暫定ながらS級に達している。……にもかかわらず、現場戦力はB級規模に過ぎなかった。


(理論上の壊滅確率は、極めて高い……いや、冷静に考えれば、全滅確率は九割を優に超える……いやいや、九九%の確率で全員死亡と見たほうがよほど現実的だ)


……それでも討伐は成功している。


正直ダンジョンで何が起きたのかギルド支部長であるラグナスですら理解できていない。


さらに不可解なのは、一度死亡したイザナの生命反応が再び検知された点だが、観測機には稀に誤検知やラグが発生することも報告されているので、ラグナスはそれを一時的な異常として処理した。


だが、それも当然の処理なのだ。

この世界に、一度死んだ人間を蘇らせる術など存在しないのだから。




……少なくとも、公的に確認されたものは。





「なるほど、整理師が前線に出るくらいの案件だった、ということはわかった」


まるで詰将棋を前にした棋士のように、ラグナスは再度情報を整理した。


(だが、それほどの危険度であれば、なぜB級のまま申請が通った? 解析を潜り抜けたのか、それとも意図的に伏せられていたのか。だが本当に不可解なのはメイカの動きだ。ギルドが把握できなかった何かを、彼女だけが察知していたのか。それとも、他国が何かを掴み、極秘裏にダンジョン攻略を依頼した結果か。そのどちらかであれば辻褄は合う。少なくとも、偶然で片づけるよりは合理的だ)




だが、実際は違った。



 

メイカが深層にいた理由は、カリバーンの噂を聞いたイザナに同行し、そして結果的にそこへ悪魔が現れた。


……他国の思惑でもなんでもない。


本当に偶然だが、偶然が重なることなど世の中にはいくらでもある。

だが、それが街一つの命運を左右する規模となれば話は別だ。


小さな偶然は笑って済む。だが、大きな偶然は陰謀に見えてしまう。

だからこの状況を合理的に考えれば考えるほど、「仕組まれていた」としか思えなかった。

 

まして支部長の立場ならそう考えるのもなおさらだ。





「……帰還次第、直接報告を受ける。情報はここで止めろ。本部への正式通達は俺の判断で出す」


「ですがラグナス支部長、それは」


「国宝整理師が前線に出た。それだけで政治案件だ」


「同行は補助としてのはずでした……戦闘参加までは」


「分かっている。荷物持ちなら問題はない。だが前線で戦ったとなれば話は別だ。単純な話、メイカには死なれては困る」


「国家資産、ですから……」


「そうだ。替えの利かない魔法だ。失えば取り戻せん。それと、ダンジョンはB級指定だったな」


「はい。公式記録上は、B級です」


「B級で収まる事案ではない。現場に連絡を入れろ」


「では、現場のギルド職員、カイル・ハーランドへ」


「カイルではダメだ」


「では……」


「……メイカに連絡しろ」


(B級ダンジョンに高位悪魔。偶発ではないはずだ。それに、メイカが前線に出たという事実は、それだけで政治案件だ……これはまずいことになりそうだ)










一行は、ようやくダンジョンを脱出した。

突入からおよそ四時間が経過していた……だが体感では、その倍くらいな気はする。


帰還路では、ダルタニャンが大袈裟に武勇伝を盛り、ユースとリュナがそれを否定し、また盛り直すという妙な応酬が続いていた。

  

さっきまで死線に立っていたとは思えないが、まあいいか。


「正直、今は休みたいのですが」


何かを察したのか、そう言い終えた直後、メイカの目の前の空間が歪み、青く発光する結晶が現れた。


「なんだそれ」


「通信用の魔道具です」


「へぇ。電話みたいなもんか」


「電話という単語は存じませんが、呼び出しや連絡をするための魔道具ですね。遠くの相手と話せます」


『メイカ・ルヴァ=エリュシオン。至急、ギルド支部へ』


結晶から聞こえたのは、命令口調な声だった。

俺も肩を竦めるしかない……。


「お呼び出しか、人気者はつらいな」


「……人気で済めば良いのですが」


「怒られるのか?」


「怒られるだけなら、まだ軽い方です」


「怖いこと言うなよ」


「……まあ、別に構いません。多少騒がれたところで、どうせ最終決裁は私ですから」


そう言って、結晶を無造作にポケットへ滑り込ませる。


「国宝整理師ってそんな凄いんだな」


「凄い、というより扱いが面倒なだけです。正直、面倒ですが……呼ばれた以上、無視はできません」


「俺も行った方がいいか?」


「流石に巻き込みたくはありません」


「戦闘に参加した時点で十分巻き込まれてるだろ」


俺の軽口に、「はぁ」とため息をつくメイカ。


「……あなたは宿へ戻りなさい。もう疲れているでしょう?」


まあ、実際のところギルドからの呼び出しなんて碌な話じゃないだろう。 


政治だの責任だの、どうせそんな話だろう。詳しいことは分からないし、俺はまだF級だからそこまで首を突っ込める立場でもない。


ギルドの上の事情なんて、俺には縁のない世界の話だ。

だが、なんとなく面倒な類いだということくらいは分かる。



……正直、甘えられるなら甘えておこう。



「分かった。リュナとリカと先に戻るが、俺が呼ばれたらその時は教えてくれ」


「ええ。その時はきちんと呼びます」


それだけ告げると、メイカは振り返ることもなく、ギルドへ続く路地へと歩き出した。


俺はその背を一瞬だけ見送った。


「じゃあ、帰るか」


そして、リカとリュナを促し、俺たちは宿へ向かって駆け出した。


報酬の話は明日でもいいか……カイル、ミリア、ガルドの見舞いも、明日、何か差し入れでも買って持っていけばいいだろう。


……とりあえず命に別状が無かっただけ良かったよ。

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