第61話 『偽りの聖剣』
宝物庫の扉は、すでに開いていた。
リリス撃破によるものか、その前段のボス討伐によるものかは分からないが、少なくとも封印は完全に解かれている。
ユースは財宝の量を一瞥し、「……B級じゃない」と、誰に言うでもなく小声で呟いた。
一方で、そんなユースなど完全に無視して、リュナは宝の山を前に目を輝かせ、駆け回っていた。
「すごい!! ね、見て見て〜全部これお宝だよ!?」
その横では、ダルタニャンが尻尾をぶんぶん振り回し、宝の山の周りを歩き回っていた。
さっきまでリリスを前にして震えていたとは思えない変わり身の早さだが、宝を前にして獣人族特有の本能には逆らえなかったらしい。
「さっきまで死ぬかと思ってたにゃ……」
「うん?」
「でも宝は別腹にゃん!! おおっ!? にゃ、にゃんだこれ……!」
「すごいよね〜、こんな量のお宝って本当にあるんだね〜」
「これは、ダンジョン最奥の宝物庫だにゃ。雑に積んであるけど、全部一級品……B級レベルじゃないにゃ、絶対にゃ」
「えっ、分かるの?」
「B級冒険者をにゃめるにゃ! お宝の価値くらいは匂いで嗅ぎ分けるにゃん」
「これ全部?」
「にゃ。でも、本能にゃ。理性とは別系統だにゃん。許せ」
そう言い残し、宝の山へ飛び込むダルタニャン。
「よくわからないけど、わかった〜!」
リュナも迷うことなくそれに続き、宝の山を前にきゃいきゃいと騒ぎ始めていた。
会話は噛み合っていないのに、ノリだけで何故か成立している。
……さっきまでの地獄が嘘みたいだな。
金銀財宝、魔具、武器、高位素材それにしてもすごい量ではある、ではあるのだが……。
「この規模だけ見れば、A級ダンジョンでも不思議じゃないですが……」
「ないんだな」
俺がそう言うと、メイカは宝物庫を一周見渡し、小さく首を縦に振って、「ええ……」とだけ答えた。
メイカの想定どおり、情報にあったはずの聖剣カリバーンは、どこにも見当たらなかった。
(まあ、当然でしょう。ザイルとカリバーンの噂があるダンジョンを巡ったのは一度や二度ではありません。ですが、結果は常に同じくどれも噂止まりでした。伝播経路も曖昧で、裏付けに耐えない。この規模の宝物庫があっても、カリバーンが存在しないこと自体は不思議ではありません。
……期待していたわけではありませんが、ただ、期待しなかったと言えばそれは嘘になります。たとえそれが、無意味だと分かっていても、です)
メイカはそう結論づけ、視線を財宝へ戻した。
剣がなくとも成果は十分、そう判断することに迷いはない。
だが、その背中が俺には少しだけ辛そうに見えた……気がしたんだ。
もっとも、いつまでも考えている余裕はない。
ボスが討伐されたダンジョンが、いつまで安定しているかは分からないし、今回はミリアの血統魔法に加え、空間魔法を限界まで行使した。
ダンジョンそのものに負荷がかかっている以上、崩落や再構成が始まっても不思議ではないらしい。
……だから財宝の回収は、迅速かつ確実に。
その判断のもと、生き残った冒険者たちは手分けして動き始めていた。
その中で、やたらと存在感を放っていたのが、財宝の中央に安置された黒い刀だった。
メイカは一瞥しただけで、まるで触れてはいけないものを見るように視線を逸らしたが、なぜか俺だけは目を離せなかった。
「……これ、カリバーンじゃないよな」
「ええ。カリバーンではありません」
まあ、見た目からして違うよなぁ……そういえばこの前、装備屋に行っても何もなかったよな?
ダンジョン需要で武器不足……理由はいろいろあるらしいが、現実として今の俺には「常備できる武器」がない。
まあ、<ブラッドソード>があるとはいえ、あれは魔力ありきだからなぁ……魔力が切れたら終わりだ。
……だから、ちゃんとした一振りくらい持っておいてもいいよな。
そう思って、俺は柄を掴んだ。
その瞬間だった。
「今すぐ、それを放しなさい!!」
メイカが血相を変え、俺が一度も聞いたことのない切迫した声で叫んだ。
……だが遅かった。
刀から黒いモヤが這い出し、ぐにゃりと形を歪めながら指先から腕へと絡みついた。
――ッ!?
魔力を吸われているのか!? いや、違う。魔力じゃない……もっと根源的なナニカを、この剣に啜られているッ!!
「……クソ、なんだこれ……!」
「今すぐ放しなさい!」
「放せって言われて放せるなら、もうとっくにやってるんだわ!」
「冗談を言っている場合ではありません!」
「冗談じゃねえよ! ……ッ、吸ってんのは魔力じゃねえな? くそ……返しやがれ!!」
反射的に叫び、刀を握り込むと、腕を這っていた黒いモヤが引き剥がされた。
「その刀は捨てなさい」
「大丈夫だって。ほら、俺は見ての通りピンピンだろ?」
「はぁ……それは装備ではありません。刀が持ち主を選び、削り、使い潰す類の代物です」
何となく分かる。だがそれでも、どうしても手が離れない。
魅了系のデバフか? いや、俺は月影のコートの効果で、状態異常は無効化されるはずだが……まあいいか、武器も持ってねえし……有り合わせだな。
とりあえずこの刀に観察眼を使ってみたが、脳の奥にピリッとしたノイズが走って強制的に視界が遮断された。
……詳細は分からないが、少なくとも、今の俺の観察眼では、この刀の正体には辿り着けないらしい。
「とりあえず武器は欲しいから貰っておこうかな」
「……それはおすすめはしませんよ」
「でも、俺はまともな武器を持ってないからさ、<ブラッドソード>も便利だが、万が一魔力が切れたら、その瞬間から素手になってしまう。戦場でそれは致命的だろ? だから武器は一本くらい持っておくべきじゃないか?」
そう結論づけると、俺は宝の山を一瞥し、無造作に転がっていた鞘を拾い、黒い刀を納めて腰に差した。
「それはそうですが……」
「一時的だしな。使うかどうかはあとで考えるよ」
「何度も言いますが、その刀は武器として扱える類ではありません」
「なら尚更、誰かが持っておいた方がいいんじゃないか? それともなんだ? この刀には価値があるからギルドに納品しろって話か?」
俺の言葉に、メイカは即座に否定するように首を振った。
「その必要はありません。今回の討伐は、私たちが主戦力としてボスを撃破しています。規定上、戦利品の一部を個人で回収する権利は十分に認められる範囲です。そして、ダンジョンの主級の存在を排除した場合、財宝の提出は推奨であって義務ではありません。特に、直接戦闘に貢献した者が取得する装備品について、ギルドが介入することはほぼありません」
メイカは一度、黒い刀へ視線を向けながら続ける。
「もっとも、その刀に価値があるかと言われれば微妙ですがね」
「微妙?」
「はい。おそらく高位の武器に分類されますが、扱える人間が極端に限られるでしょう。結果として、市場価値は下がります。危険すぎて使えない武器は、往々にしてそうなりますから」
「まあ、とりあえず貰っとく。使うかどうかは後で決めるわ」
メイカは小さく息を吐き、もうそれ以上、俺のことは止めようとはしなかった。
「検査は必須ですよ。帰還後、装備屋に必ず持ち込みなさい」
「わかった」
その後、生き残った冒険者たちの手も借りながら、財宝と遺品の回収を進め、一行はようやくダンジョンを後にした。
だが、この黒い刀が、後に『第四死刧刀』と呼ばれる代物だということを。
……その時点ではまだ、誰も知る由もなかった。
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