第60話 『余韻』
さて、負傷した冒険者たちは、俺の<ハイヒール>で回復した。
カイルの左腕も傷一つ残らず綺麗に接合した、重症だったガルドの呼吸も安定してきている。
……もしかすると火傷だけは、跡が残るかもしれないが、それでも命を拾えただけ御の字だろう。
「……借りは、必ず返すからな」
カイルはそう言って腰を下ろし、膝に肘をついたまま煙草に火をつける。
「礼なんかいいよ、俺はヒーラーとして当たり前のことをしただけだ」
「いや……言っちゃ悪いがヒーラーは不遇職だ。だからな……それが当たり前にできねえ奴が、この世界に山ほどいる……まあ、言葉じゃ足りねえのは分かってる。だから、そのうち借りはちゃんと返す」
「じゃあ、とりあえず飯でも奢ってくれればいいよ。高けえやつな?」
「ああわかった。それと……ユンや、他の連中は……?」
その問いに、俺は首を振った。
「俺の生命魔法でも、仏さんを生き返らせることはできねえ。すまないな」
「そうか……いや、無理言って悪かったな」
短くそう言って、カイルは立ち上がり、床に散らばったユンの魔道具や私物を拾い集め、無言のまままとめ始めた。
そうか、カイルは仏さんと遺品をちゃんと遺族に返すつもりなんだろう。
俺も前世では、同じ光景を見てきたし、同じことをする側でもあった。
むしろ、仏さんが遺族の元へ戻れるなんて珍しい部類だ。
殺し屋の仕事じゃ、死体すら残らないことの方が多かった……そしてそれは、この世界でもきっと同じなんだろう。
……そこへ、メイカが瓦礫を踏み越えながらカイルの方に歩いてきた。
「遺族に返すのは構いませんが、最後の品として扱うには……少々、判断が早いかと」
「……メイカちゃん、それはどういう意味だ?」
「可能性の話です……まあ、そうであってほしい、というだけかもしれませんが」
メイカはそれ以上、何も付け加えなかった。
……意味深な言い回しだ。
ただの推測なのか、それとも――いや、たぶん……「死んでほしくなかった」それだけの話なんだろう。
ユースは、リカとダルタニャンから最低限の情報を引き出しつつ、この場で起きた事象を頭の中で整理していた。
クリスタルゴーレムは本来はA級に分類される個体、そしてリリスについても自然発生とは到底言えない点。どれもが偶発とは言い難く、このダンジョンそのものが何者かによって仕込まれていた可能性は高い。
……偶然が重なった、で済ませていい話ではない。
「……帰ったら、報告書、地獄ですね……」
無意識に額を押さえ、ぽつりとユースが零す。
「でも、今考えてもしょうがないですよ? とりあえず、原因究明とか、責任の話とか……それは、上の人たちの仕事ですから」
顔には疲労がはっきり出ているが、それでもリカは意識的に明るく振る舞っていた。
……殺し屋時代とは、まるで別人だな。あの頃のリカは、他人の感情よりも状況を優先するタイプだったはずだが、こいつもちゃんと成長したんだな。
「……そう、ですね」
ユースが手帳を閉じ、張り詰めていた肩の力を抜いた。
「……ひっ……ひ、ひぃ……」
すると、震えた声とともに一人の男が現れる。
テオドールだ。顔面蒼白、脚は震え、今にも倒れそうな様子で、こちらへ近づいてくる。
「な、なんなんだ……ここは……! B級だって……B級ダンジョンだって話だっただろうが……! お、お前らが……余計なことをしたんじゃないのか!? 変な魔法を使うから……あんな化け物が……!」
……ああ、来たか。
メイカは何も言わず、淡々とそちらへ視線を向けただけだった。
普段なら、俺に向けられる悪意なんて、クソどうでもいい。
だが、この状況で騒ぎ立てて、その矛先をメイカに向けるのはさすがに話が違うんだわ。
「……は? お前は、あの状況で何ができたんだ?」
「え……?」
「聞こえなかったか。この地獄みたいな状況でお前は、何ができたんだ? 逃げ回って、震えて、挙げ句に他人に責任を押し付けて……それで?」
「それは……」
「カイルは前に立って戦い続けた、ガルドもだ。この傷を見りゃ現場にいなくても分かる。リュナは命懸けで殴り合って、リカは魔力を供給し続けた。ユースは頭を回し続けて、メイカも限界超えて<次元斬>を撃った……で、お前は?」
テオドールは一瞬、口を開きかけたが、言葉が出てこなかったが、その沈黙を待つ理由はない――俺は、間を与えず続ける。
「……悪いがな。誰が何をしたかくらいは、俺はちゃんと見てる。何もしてねえ奴が、あとから吠えるな」
沈黙。
そして、その沈黙を切るように、メイカが一言だけ告げた。
「……感情論は不要です。ですが、責任の所在を論じるには、前提条件があります。それを満たしていないあなたは、この件の当事者ではありません」
その言葉を最後に、テオドールの表情が崩れ、嗚咽混じりに涙が溢れ出した。
それを見た瞬間、俺の頭が一瞬ふわっとした。
怒りでも同情でも、まして許したわけでもない。
……ただもう、こいつに関してはどうでもよくなった。
こいつはプライドだけ高くて、どこにでもいるタイプだ。
たぶん、この世界には、これ以上のも山ほどいる。
俺はヒーラー……いわゆる不遇職だ。これから先も、こういう犬も食わねえようなプライドの塊と、何度も顔を合わせることになるんだろう……。いや、むしろ、こいつはまだマシな部類かもしれない。
まあ、そんなことを今考える話でもないし、こいつに構っている場合でもない。
「もういい。この話は終わりだ」
……俺には、まだここに来た目的がある。
「そうですね。では、カリバーンを」
「ああ」
そうだ、ここへ来た理由はカリバーンだ。
……余計な感情は後回しだな。
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