第59話 『戦闘終結』
カイルとザイルが戦線を離脱した時点で、冒険者側はほぼ壊滅状態だった。
「どけぇぇぇぇぇッ!!」
「……強行します」
リュナの猛攻と、メイカが放つ無数の<次元斬>がリリスの弱点を穿つ。
だが、リリスが大鎌で捌くたび、空間に蜘蛛の巣のようにひび割れていく。
「あはっ♡ いいねぇ、必死必死ぃ! でも勘違いしないで? 私が斬ってるのはあなたじゃないの。空間が壊れたら、あなたの魔法は使えない♡ ……だからさ……その魔力が尽きるまで、ゆっくり可愛がってあげるね♡」
リリスが空間を破壊する理由は単純である。
メイカの空間魔法は「空間が存在すること」を前提に成立しており、破壊された領域では精度と威力が著しく低下する。
もっとも、大鎌による空間破壊は強力である反面、破壊された空間ではリリス自身の行動も制限される。
……だが、リリスはその制約そのものを理解した上で、動ける空間だけを正確に踏み抜き、ミリ単位で攻撃をかわしていた。
「リリスの分身が八体……でも、魔力の主流は一体だけ? いや、違う。分身が魔力の予備パーツになってるんだ! 先に分身を削らないと……メイカさん!!」
ユースは顎を押さえ、視線を彷徨わせながらも「……思考を止めたら死ぬ」ということは誰よりも分かっている。
無論、臆病な性格は変わらないが、状況を切り分け、答えに辿り着く速さは、伊達にC級解析士ではない。
「……分かりました。リカさん……でしたね。手をお貸しください。魔力回路の一時接続を行います」
<次元斬>を放ちながら、メイカは視線だけを真っ直ぐにリカへ向けた。
その視線に気づいたリカは、気を失ったセシアを抱きかかえたまま、驚きの眼差しで見つめ返した。
「……えっ、あっ……確か、あなたは整理師の……」
「はい。メイカ・ルヴァ=エリュシオンです。名前はさしたる問題ではありません。会話は不要です。今すぐ手を」
「え……? そ、そんなこと……本当に、できるんですか……?」
「できます。私がそういう体質なので」
「ど……どうやって……?」
「……はぁ。説明は後です。今は時間がありません……急いでください、手を」
「……分かりました」
二人の手が触れた瞬間、膨大な魔力がメイカに流れ込んできた。
(このダンジョンに、これほどの悪魔が存在するとは想定していませんでした。こうなるなら、マナストレージに魔力蓄積しておくべきでした。……数百年、深層ダンジョンや魔族と交戦していなかったとはいえ、判断が甘かった。ですが、リカさんの魔力は、非常に優秀ですね。無意識下で魔力をこれだけ制御できているのは、才能というより体質……いえ、環境の問題でしょうか…………………………ああ、ザイルの魔力とよく似ている、暖かい……いえ、感傷は不要ですね。十分です。これなら多少、強引な魔法にも耐えられる)
補足しておくが、メイカもマナストレージを所持している。
メイカが冒険者だった頃は、S級ダンジョンの探索など、大量の魔力を消費する事が多かった為、魔力を「貯めておく」こと自体に大きな意味があった。
しかし、整理師となって以降の数百年、メイカがマナストレージを使用する機会は一度もなかった。
……そもそも整理師の仕事に必要ないから。
メイカは、リカから供給される膨大な魔力を流し込み、高出力の<次元斬>を、リリス本体と周囲の分身体へ向けて、連続射出した。
「な、なによこれ……ッ!! 範囲魔法!? 違う、違う違う違う!! 一発ごとの質が重すぎるの♡ こんなの、まとめ撃ちする威力じゃないでしょぉ!? こんなの、魔力効率が悪過ぎるじゃない♡」
「範囲魔法ではありません同時多発・単発攻撃です」
「はぁ……?」
「あなたが言う通り、私の空間魔法の一発一発の出力を必殺級に調整していますそれを、同時に撃っているだけです」
「なにそれぇ……反則じゃない……♡」
「ユースさん。敵の分裂周期は解析できましたか?」
「……はい。把握済みです。本体のコアが本命ですが、先に分身を全滅させ、その上でコアを破壊する必要があります」
ユースは紙を一枚だけ取り出し、式と解析結果を殴り書きで書き、メイカへ差し出した。
メイカが、即座に応じる。
「はい、分かりました。では、リュナさん! 下がって!」
「……分かったッ!」
「空間を、局所的に固定」
詠唱が終わるより早く、リリスの分裂体の動きが止まった。
「……な、に……?」
「<空間魔法・超次元斬>」
今度は逃げ場を潰すように、超高出力の魔力の刃が乱数軌道で射出された。
分裂体はすべて切り刻まれて消え、本体も袈裟に深く斬られ、そこからコアがむき出しになった。
……もはや分身を生み出す余裕はない。
「ッ!? ちょ、ちょっと待って!!」
「コア露出! 座標、完全一致ッ!!」
ユースが裏返った声で叫ぶ。
「分裂個体はすべて処理済みです。空間は数秒間固定しました。逃走経路は存在しません……ただし、殺しきる役目はあなたです。イザナさん」
その通りだ。リリスの背後には、気配を完全に殺したまま、<ブラッドソード>を構える俺がいる。
「……ああ、助かる」
俺は一歩だけ踏み込み、体重移動と同時にコアへ刺突した。
確実に割った。
「は、あ……ああああっ!? あなた、私が……確実に殺したはずなのに!!!」
「いや、その疑問はもっともだ。正直、俺も何故生きてるかよく分からん。生命魔法の副作用か……まあ、そのへんだろ」
「ふぅん……ちゃんと殺したのに………………ねぇ、最高なんだけど♡」
リリスは、痛みに歪むはずの口元を、ゆっくりと綻ばせた。
……コアが破壊されたままなのに、声は甘い。
「いや、死なないだけで痛覚は普通にある。だから別に最高でもなんでもない」
「ふぅん……♡ あなたの名前さぁ……イザナ、でしょ?」
……どうしてそれを知っている。と返す前にリリスは続けた。
「うん……やっぱり♡ そういう名前だと思った。壊しても壊しても、壊れきらない……あは。思い出しちゃった♡ そういう呪い、昔ちょっとだけ聞いたことあるんだよねぇ」
「……悪趣味だな」
「えへへ……私の名前はリリス♡ あなたのことね、ほんとに気に入っちゃって……だいすきだよ♡」
「気に入られたところで、お前は死ぬけどな」
「あはは♡ それ、関係ないよ? だって、もう覚えたもん。名前も、声も……その目で睨む癖も、血の匂いも……全部♡」
「遺言はそれだけか」
「うん、聞きたいことは全部聞けた♡」
「……分かった」
「ねえ……ひとつだけ教えてあげる♡ 何度殺しても、どれだけ壊しても、死なせてあげられない呪縛の名前……それはね……?
――不滅の呪い、だよっ♡」
「……は?」
「ふふ、また会おうね♡」
最期にリリスはイザナを見据え、邪悪に、にいっと笑った。
笑みが消えるより早く、その身体は灰となり、破壊された空間も元に戻った。
……最期に、よく分からないことを口にしていたが、悪魔の戯言に耳を貸すつもりはない。
悪魔とか平気で嘘をつきそうだし、仮に真実を語るとしても、それは相手を揺さぶるための形でしか出てこないだろう。まあ、どのみち、信用する理由はどこにもないが、一応覚えておくだけは覚えておくか……。
……不滅の呪い? だったか? まあ、いいや。
そして、張り詰めていた緊張が一気に抜け、ユースはその場にへたり込んだ。
「補助、間に合いましたか……?」
「ええ。あなたがいなければ、あの局面は突破不能でした」
メイカはいつも通り感情を交えずに答え、ユースはそれに苦笑した。
「……それは、褒め言葉だと思っておきます」
遠くで、俺が振り返る。
「――ナイスだ」
俺の短い一言、それだけで、ユースの肩からふっと力が抜ける。
一応、この場にいる全員へ向けた言葉だったはずなんだが……リカとリュナが、やけに泣きそうな顔で俺を見つめてる……あー、いや、まあ分かる。死なないなんて普通あり得ないし……。最初から「再生する」って言っておくべきだったか? いや、それはそれで余計ややこし……あっ。
……俺の思考はそこで強制終了された。
「……っ、先輩……! ほんとに……ほんとに……!」
次の瞬間、リカが抱きついてきて、胸元に顔を押し付けてくる。
「ま、まあ……ごめんな」
そう言って俺は、そっとリカの背に手を回した。
それだけで、堪えていた涙が、ぽろぽろと溢れ落ちてくる。
「おい……な、泣くなって。とりあえず、落ち着け……な?」
「落ち着けません……! だって……だって……!」
「分かった分かった」
「分かってないです! 先輩、真っ二つでしたよ……血もあんなに……」
「……言い方」
「だって……! もう……もう、死んじゃったと思いました……だから……また、いなくなると思って……!」
「さすがに二度目は、俺も心が折れるな」
「冗談言わないでください!!」
「いや、冗談じゃない」
「……っ、最低です……!」
「はい、ごめんなさい」
そう言って、リカは俺の胸元に埋めていた顔を一瞬上げる。
涙でぐしゃぐしゃだが、ちゃんと睨まれてる。
……申し訳ないが、泣き顔もやっぱりかわいいな……いや、まあ……ほんとに悪いことしたな。
「……生きてるなら……最初から、言ってくださいよ……」
「はい、すみません」
「ほんとですよ……!」
「次からは言う」
「次とか言わないでください!!」
「じゃあ、最初から言う」
「……っ、もう……!」
「ごめんなさい」
リカの背後で、今度はリュナが声を上げて泣き崩れた。
「……っ、イザナ様……! イザナ様ぁ……! 死んだって……! もう……もう……!」
「……リュナ……俺は生きてるから大丈夫だ」
「だって……だって……イザナ様が死んで……ひとりになるの、いやなんだよぉ……! 置いていかれるの、いやなんだよぉぉ……!!」
「……まあ、生きて戻ったのは、正直、結果論だな。心配させたのは事実だし、怖い思いさせたのも……全部、俺の落ち度だ。ごめんな」
リカが、鼻をすする。
「……じゃあ……謝ってください」
「さっきも謝っ――」
「謝ってください!!」
「ごめんなさい」
「もっと心を込めて!!」
「はい、ごめんなさい」
リュナが、涙だらけの顔でこっちを見つめる。
「……約束……」
「約束な」
「破ったら……許さない……」
「怖い」
「本気だから……」
「分かった、約束な」
そう言い終えると、背後からリュナも抱きついてきた。
リカも同じく腕に力が入ったまま、離れようとしない。
……ああ、これは、しばらく動けそうにないな。
だが……。
「――感傷に浸るのは構いませんが、ヒーラーは、あなた一人です。負傷者の治療を」
メイカの声が、容赦なく現実へ引き戻す。
……完全に気が抜けて視野が狭くなっていた。いや、物理的にもリカの胸に顔を押し付けられて、何も見えていなかったが……まあ、それは言い訳だな。
「……言われなくても、今やろうと思ってたとこだ」
「では、即座に」
「……悪いが、ちょっと離れてな」
名残惜しそうに腕が緩み、ようやく身体が自由になる。
……さて、切り替えだ。
カイルとガルドはまだ生きているし、他の冒険者も今なら、助けられるかもしれない。
……とりあえず考えるのは後だ。救えそうな奴から、片っ端に<ハイヒール>をかけてやるか。
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