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第58話 『俺はまた、死んだのか?』

何度、槍で斬り払い、突き貫いても、傷は即座に塞がれ、肉体は再生し、そのたびにリリスは分裂して数を増やしていく……。

その過程でカイルは左腕を失い、全身は鎌で切り裂かれ、生きているのが奇跡のような有様だった。

 

「左腕、もう無いのにそれでも来るの♡? ねえねえ、痛いよね? 苦しいよね? それでも止まらないとか……ほんと、壊れかけのおもちゃみたい♡」


「あぁ!? 仲間を守るために立った男が、途中で下がるかよ!! 手が一本だろうがゼロだろうが、テメェを殺す方法はいくらでもあんだわ!!」


「うんうん♡ じゃあ決まりだねぇ……ちゃんと、最後まで遊んでから……殺してあげる♡」


カイルがリリスと戦えていたのは、彼の天命因子「羅刹の呪い」が、純粋に戦闘へ特化した能力だったからに過ぎない。


その効果の一つに、敵の挙動を瞬時に解析し、攻撃・回避における最短経路を即座に把握できる能力がある。戦闘時間が長引くほど能力は研ぎ澄まされ、生存率は上昇するが、その代償として人間性が徐々に削られていく。

なお副次的効果として、対象の虚偽を直感的に感知する能力を持つが、これは常時発動状態であり、制御はできない。


能力は強い……が、今のカイルは満身創痍だ。

これまで戦えていたのも、能力の優位によるものではなく、リリスが気まぐれに過ぎなかった。




(本体は正面か……だが、実体を持つ分身が多すぎる……避けきれねえ。ここで終わりか)




カイルが歯を食いしばり、覚悟を固めた――その瞬間だった。

突如、リリスの周囲の空間が歪み、そこから鋭利な魔力の刃が無数に突き出した。


「――っ!?」


正面、側面、背後からリリスの本体と分身を貫いた。

分身は肉体を維持できず、泥が崩れるように消滅する。


「なに……これ……? えっ、空間魔法……? ……っは、えっぐ♡」


「はい。<空間魔法・次元斬>です」


カイルの背後の暗闇からメイカが姿を現した。


「あはっ、なるほど、なるほどぉ……分かった♡ あなたの魔法、強い。ほんとに強い! でもねぇ……条件付きっ♡ これ、空間が存在してるから成立してるでしょ?」


「はい。私の魔法は空間を前提としています。したがって、空間そのものが失われれば、成立しません」


「でしょお♡ じゃあ――」


リリスの言葉を言い切る前に、メイカは「ですが」と前置きし、会話を遮る。


「弱点を把握したところで、それを処理できるかどうかは、まったく別の話です」


「あはっ……そうそう♡ でも、私の大鎌はね、空間そのものを喰い千切るの♡」


リリスは大鎌を構え、腰を落として振り抜くと同時に、複数の蜘蛛の巣状の亀裂が空間に刻まれていった。

メイカは、その亀裂を一瞥する。


「……厄介ですね。その武器」


「でしょ〜? つまりさ、ここに空間がなければ、あなたの魔法は成立しないってわけ♡」


「……理屈は成立していますが、その武器は万能ではありません」


「あはっ、言うねぇ……」


「空間を破壊できる代わりに、破壊された領域では、あなた自身の行動自由度も低下する。空間干渉型魔具の、典型的な制約です」


「……へぇ。そこまで見えてるんだ、さすがエルフね」


「職業柄です」


「あははっ! いいねぇ……やっと、ちゃんと遊べる相手が来た感じだぁ♡」





その高笑いに紛れて、暗闇のさらに奥から足音が聞こえて来た。

一歩、また一歩……ぴちゃ、ぴちゃと血溜まりを踏みしめる。

 

……おいおい、B級ダンジョンだって話だったよな? ユースの言ってた嫌な予感が当たっちまったってわけか?


最初に俺の視界に入ったのは、倒れ込むミリアと、必死に彼女を支えているリカの姿だった。


……とりあえず、リカは生きているし、ミリアも重傷には見えない。

ひとまず、それだけは救いだったが……床一面を覆う血の行き着く先に――ユンの首があった。


……もう、無理だ。このレベルの致命傷は、おそらく俺の生命魔法でもどうにもならない。

だが、違和感……表情が、驚愕したまま固まっている。何かを認識した――その瞬間殺された? そんな感じだ。

……切断面も異様なほど綺麗で、抵抗した痕跡も一切ない。咄嗟の動きすらないまま首だけが正確に落とされているな。つまり、状況を理解する暇もなく殺された、ということか?

……どんな手段で殺されたのかまでは分からないが、少なくとも想定外の事態が起きたことだけは、はっきりしてる。




次に視界に入ったのは焦げて黒くなった肉塊だった――焼け残った翼から、それがガルドだと理解できた。

だが、その炭のような身体から……微かに、ひゅ、ひゅ、と、肺を無理やり動かし、かろうじて呼吸を続けているのが分かる。


……ギリギリ、生きてるな。この焼け方でまだ息があるのは正直異常だが。後でハイヒールをかければ、なんとか助かるかもしれない。




そして、カイル……左腕が、ない。


目の前に立つ、大鎌を構えた……魔物? 悪魔か? それともそれに類する何か……おそらく、あいつに斬られたのだろう。幸い、切断は綺麗だ、多分まだ繋がる。

だが、こういう光景は殺し屋時代に嫌というほど見てきた。 それでも、身内がやられるとやっぱり腹が立つな。


そうだ。俺にとっては、前世で何百回も見てきた光景だ。

戦場で転がる死体も、瓦礫の下で息絶えた子どもも、処理しきれず積み上げられた死体が放置された収容所も……そういう現場には、嫌というほど慣れている。

でも……。


……殺し屋時代の同期も、最後に残ったのは俺とリカだけだった。

まあ、俺たちも死んで転生した身だが、それでも仲間が傷つく光景だけは、なかなか慣れるものではない。

もちろん、仲間には嫌な奴もいたが、それでも同じ修羅場を越えた仲間ではあったからな。


……忘れたつもりでいた記憶ほど、こういう時に限って浮かび上がってくる。

仲間の死や、その後の光景が次々とフラッシュバックし、吐き気が込み上げたが、俺はそれを無理やり押し殺した。


カイルは、俺とメイカを視界に捉えた瞬間、状況を把握したのだろう。

ほんの一瞬、安堵したような表情を浮かべると、全身から力が抜けてその場に崩れ落ちた。



俺が何も言わず<ブラッドソード>を発動させると、リリスは目を細め、まるで、獲物を見つけた捕食者のように口角を吊り上げた。


「あれぇ? なにそれぇ……血の剣?♡ やめときなよぉ。見れば分かるでしょ? 魔法使いがさぁ、剣士の真似事なんかしたところで……この私に、勝てるわけないじゃん♡ それともなに? その魔法を私に見せたくて出してきたのぉ?」


視線をリリスから外さぬまま、距離を詰めるために踏み込む。

一歩――その瞬間。






 

――見えなかった。






 


「――あっ」


俺の身体が縦にずれ、遅れて血がブシャァァァァッ!!と噴き上がり、胴体は抵抗もなく滑るように地面に落ちた。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」


悲鳴にならない叫びがリュナの口から漏れた刹那――瞳孔が竜族特有の細く鋭い縦線へと変わった。

震えていた指先は瞬時にドラゴンクローに変化し、背中で骨と肉が軋む音とともに翼が生え、魔力が噴き上がる。


状況は理解している――俺が、この場で殺されたという事実も含めて……その上で、目の前の敵を「殺す」という衝動だけを推進力に、一直線にリリスへ突っ込んだの。


その様子を見て、リリスは一瞬だけ目を見開き、次の瞬間、胸の前で手を重ねて指先をきゅっと絡め、肩を揺らしながら心底楽しそうに笑った。


「……あはっ、あっははははは!! なにそれ! 弱っっっわ!!!」


リリスは俺の死体を、つま先で軽く蹴る。

当然、反応はない。


「お前は、リュナのイザナ様を奪った……壊した……! だから……だから、お前は、殺すべきなんだああああッッ!!」


視線を逸らさないまま、リリスとの距離を詰める。

踏み込みは最短。間合いは、もう喉元に飛びかかれる距離だった。


「あはっ……なるほどぉ♡ そっかそっかぁ……私のこと、殺したいんだぁ♡ いいねぇ、そういう目……だーいすき♡ じゃあ次は。竜族ちゃん? と、紫の髪のエルフだね♡ どっちから、壊そっか?」


「奪ったくせに……笑うな!! 死ねッッ!!」


その叫びとともに、リュナのドラゴンクローが振り抜かれたが……リリスは大鎌を半歩だけ引き、最小動作で受け止める。


「あはっ♡」


楽しげな声が響いた、その刹那……誰ひとりとして、異変に気づいてはいなかった。


床に横たわる俺の身体から、かすかな白煙が立ち上り……断たれているはずの身体が再生を始め、そして……ほんの一瞬だけ、俺の指先がぴくりと動いたことを。



 



――外因による死。契約条件を満たすため、死亡は成立しない。




 


視界が真っ暗になる直前で、一瞬だけそんな表示が脳裏に浮かんだ……気がした。観察眼の影響か、はたまた単なる死に際の幻覚かは分からなかった。だが、少なくとも、俺はまだ生きている……まだ、戦える。





――不滅の呪い:発動。

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