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第57話 『扉の向こう』

ボス部屋の入口から少し距離を置いた場所で、俺とリュナは地面に簡易盤を広げ、チェスを打っていた。


今回は荷物持ちとして同行しているだけで、正直、他にやることもなく、暇潰しにはちょうどよかった。

もっとも、チェスと言っても、そこらの石を削っただけの駒と盤に過ぎないが。


それをリュナが、遠慮なく雑に動かす。


「えーいっ、これ! これならどう?」

「それ、取られるぞ」

「えっ!? なんで!? じゃあ、こっち!」

「もう手、離れてるからダメだな」

「えぇ〜!? じゃあ、今のナシにしてよ〜、ちょっとだけ!」

「なんでだよ」


そのやり取りを、少し離れた場所でユースは見ていた。

……いや、正確には、見ていなかった。視線は俺よりもずっと先、ボス部屋の扉へと向いていた。


……息が浅い、怯えているのか? 重心もどこか安定していないし、視線も落ち着きがない。


俺はチェスの盤に目を戻し、静かに言った。


「……あんた、入らなくて本当に良かったのか?」

「い、いや……僕は、今回は留守番だって、ガルドさんが……」

「それは知ってる。でも、入口の前で立ち尽くす理由にはならないだろ? 本当は中が気になる。違うか?」


リュナがきょとんと顔を上げ、ユースを見た。


「ユースさん、寒いの? ……それとも、中がこわい?」

「……っ」


言葉が詰まる。

ユースはぶるりと身を震わせ、顔を青くしたまま喉を鳴らしてから、早口で言葉を吐き出した。


「寒くはない。怖い、っていうのとも違う……ただ……あそこは、B級想定で割り当てられるボスじゃない。魔力密度……どれも想定値を大きく超えてる。少なくとも、A級以上……下手をすれば、それ以上だ。それに……入口付近の魔力循環が歪んでる。あの感じ……入ったら……出られなくなるかもしれない」


「そうかい」


それ以上、俺は深掘りしなかった。


正直、ユースが口にした専門用語の大半は俺には分からないし、この世界の魔法やダンジョンに詳しいわけでもない。

だが、あいつが本気で怯えていることだけは、嫌というほど伝わってきた。


「……まあ、ちょっと様子を見るか」


俺が立ち上がると同時に、リュナもぴょん、と軽く跳ねるように立ち上がった。


「ダンジョンのなか? みんな、もう終わったかな〜」


そんな無邪気な声とは裏腹に、ユースは何も答えない……ただ入口を見つめたまま、ほんのわずかに首を横に振った。

それだけである。


「気になりますか?」


いつの間にか、メイカが隣に立っていた。


「……」


ユースは答えない。

視線は入口から離れず、ごくりと唾を飲み込んだだけだった。


「そうですか」


メイカは、それで十分だと判断したらしい。


「ちょ、おい」


俺の制止を置き去りにして、彼女は迷いなく扉の前へ進み、そして躊躇なく、石の扉に手を触れた。


「……なるほど。まだ、戻ってくる時間ではありませんが……それ以前に、この扉は開くはずの条件を満たしていませんね」


「開かない、ってことか?」


「いいえ。正確には向こう側から遮断されています」


一拍、置いてから淡々と続ける。


「もしかしたら、内部で想定外の事象が発生している可能性があります」


「……ッ!」


その言葉に反応したのは、意外にもユースだった。

メイカはその様子を横目で捉え、何の前置きもなく言った。


「あなた、もう解析は終わっていますね?」


言い当てられた、という顔だった。


「魔力循環の歪み、帰還経路の遮断……理屈はまだ言語化できていないけれど、おかしいと結論だけは出ている」


「正解です」


即答だった。

リュナが、何となく俺の服に指を引っかける。


「じゃあ、みんなは? もう帰ってくる時間じゃないの?」


「ええ。現状では自力帰還は不可能かと」


淡々と、事実だけを述べる。

だがメイカは一拍だけ間を置き、「ただ……」と静かに告げると、指先で空間をなぞった。


「私は空間魔法使いです。理論上、この扉を突破できます」


「……開けられるのか?」


「正確には内外を強制的に接続します。ただ、その場合、内部の異常にこちらが介入した事実は、確実に感知されます。中で何かが暴れているなら、確実にこちらを認識するでしょう。――以上が、現時点で推定できる事象です。実際にどうなるかは介入してみなければ分かりません。判断は、お任せします」

 

ユースは唇を噛みしめ、絞り出すように……


「……でも、放っておいたら……」


「ええ。時間が経てば、内部は整理されます」


その言葉には、いつもの淡々さすらなく、いつも以上に感情が削ぎ落とされていて――ひどく冷たく感じた。


整理……か。耳触りはいいが、なんとなく意味は分かる。


時間が経てば、中にいる誰かが死ぬ。あるいは、それ以上の何かが起きる。

それを、メイカは「整理される」と言った。それだけだ。


ユースは、思わずメイカから目を逸らしたが、俺は逸らさなかった。


そういう言葉を選ぶに至るまでに、メイカもまた、人が壊れ、消えていく光景を、数え切れないほど見てきたのだろう。……俺も、その地獄を知っている。

 

「中にはリカがいる。……まあ、あいつなら多分、大丈夫だとは思うが……それでも、念のためだ。一応、行っとくか。メイカ、この扉をどうにかしてくれ」


「わかりました」


――その瞬間だった。


「ちょ、待っ……! だ、だめだ、今は……! 今入ったら……最悪のパターンが……!」


ユースが一歩踏み出し、声を荒らげる。


「……中で、誰かが苦しんでるんでしょ?」


不意に、リュナが声を挟む。


「……っ」


「だったら、考えてる時間はないんじゃないの〜? だって、待ってたら……整理されちゃうんでしょ?」


ほんと、たまにこいつは核心を突くことを言うんだよな……。

ってか「整理」って、お前、さっき覚えた言葉……さっそく使いたかっただけだろ、それ。

……まあ、言ってること自体は、間違ってないんだが。


リュナに当たり前のことを言われたユースは、喉をひくりと鳴らし、肩の力を抜いたまま視線を落とした。


「はい……」


それだけ言ってユースが一歩下がった直後、メイカは再び扉に触れ、指先を起点に空間そのものが軋み始めた。


「座標固定、解除。閉鎖構造を開放し、内外を強制接続。――実は、逃げ場のないダンジョンは、嫌いではありません。逃げ場のないの方が……敵を確実に整理できます」


その言葉と同時に、扉がゆっくりと歪み、空間が渦を巻くように捻じれていき……そこに大きな穴が生まれた。


そして、メイカを先頭に、俺たちは踏み込んだ。

その背後で、ユースも観念したように最後尾へ加わる。




さて、ユースの嫌な予感が正しかったかどうかは、これから分かる。

まあ、嫌な予感ほど外れた試しがないがな……。

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