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第54話 『深層の結晶』

ギィ……と扉が重たい音を立てて軋み、続いてドンッと扉が閉じる衝撃がダンジョンの奥まで響き渡った。


ボス部屋は、やけに広く、見上げるほど高い天井は闇に溶け込み、声を出せば何度も反響して戻ってきそうだ。



 

「……は?」


最初に声を漏らしたのはミリアだった。


ボス部屋の中央にいたのは、巨大なクリスタルゴーレム。

全身をマナストーンの結晶で構成されたそれは、通常個体とは比較にならないほどの巨体だった。


……B級どころか、明らかにA級クラスの魔物。


「カイル、ギルドはこれをB級って言ったのよね?」


「ははっ、久しぶりに歯応えありそうじゃねぇか」


「うむ、こいつはデカいだけだ。おそらく動きは鈍いだろう」


そう言いながら、ガルドは一歩前へ出て、巨大な盾を構える。


(確かに強敵だが、ここに集められたメンバーは寄せ集めではない。この戦力なら正面から押し切れるだろう。ただ、ユースくんの言っていた「B級ではない」という予測は、間違っていないが……少なくとも、この時点では、彼が怯えるほどの絶望でもない)






「行けるぞ! 動きは鈍い!!」

「おう!!」


誰かの叫びを合図に、冒険者数人が駆け出した。


「見ろよ……あの結晶……! 一欠片で銀貨何枚だと思ってる!」


クリスタルゴーレムの結晶は、加工すれば高位魔導具に転用でき、未加工のままでも高額取引される希少素材だ。


故に、その価値と欲こそが、冒険者たちの判断を鈍らせた。



クリスタルゴーレムの巨大な腕が、前に出た冒険者たちを正確に捉え、一掃するように振るわれた。

ただそれだけの動作で生じた風圧が、前線に出ていた冒険者たちをまとめて宙へと弾き飛ばす。


そもそも、クリスタルゴーレムはB級ダンジョンに出現する魔物ではない。

結晶化が進行するほど魔力が滞留した、極めて異常な環境でしか成立しない存在なのだ。


なぜこのダンジョンに現れたのか――正確な理由は分からない。

だがガルドは、ダンジョン近傍に存在する青い湖が、長年にわたり周囲へ作用し続けた結果ではないかと疑っていた。

そしてその推測は、ユンもまた同じ結論に辿り着いていた。


もっとも、両者ともに確証を得ているわけではなく、理屈の上では筋が通るものの、現時点では仮説の域を出ない。


「……馬鹿か、こいつら」


冒険者たちを見下ろし、鼻で笑うテオドール。

 

「ちょっと〜、あんたたち、ポーションは湧いて出てくるもんじゃないんだけど〜、無駄遣いするならあとでちゃんと返してよ?」


呆れた声と同時に、ユンは回復ポーションを前方へ放り投げる。

空中で砕けた瓶からは、詠唱も魔力反応も一切伴わないまま光の霧となって被弾した前衛たちを覆い、ダメージを即時回復させていった。


「……すげぇ、気づいたら痛み引いてるな」

「回復がもう終わってる?」

「俺はまだ戦えるぜ!!」


――アイテムマスターのスキル、広域化。


カイルが以前言っていた通り、この新職の登場によって、従来のヒーラーは必須ではなくなりつつある。


消耗品さえ確保できれば、回復は即時かつ確実に複数へ行き渡る。

加えて、呪文封印や魔法無効化といった妨害の影響を受けず、魔力干渉の強いダンジョンでも機能が落ちないのが最大の利点だ。

その即応性と安定性ゆえ、近年ではヒーラーを編成せず、アイテムマスターを回復要員として組み込むパーティーも珍しくない。


 

「待ちたまえ、君たち。ここは私が引き付ける」


ガルドが盾を構えながら前に出る。

分厚い盾を構えているとは思えないほど動きは軽く、呼吸一つ乱すことなく立っていた。


「……さすがだな」


誰かが、思わずそう漏らしたのも無理はない。


そもそも翼人族は人族の倍の力を持つとさえ言われる種族だが、ガルドはその中でも一線を画す存在。

翼人族だから強いのではない。強い翼人族の中で、さらに強いのが――ガルド・ヴァルハルトだ。


「来い、敵視はこちらで取る。

――空域威圧エアリアル・プレッシャーッ!」


空域威圧エアリアル・プレッシャー。翼人族特有の種族能力と戦士系スキルを融合させた挑発技。翼が大きく展開されると同時に、敵意は強制的にガルドへと引き寄せられる。

 


当然、反応したのはクリスタルゴーレムだ。

頭部のマナストーンがが赤熱した――瞬間、灼熱の光線が一直線にガルドへと放たれた。


直撃したが――ガルドは一歩も退かなかった。


続けざまに巨大な結晶の拳が、乱打となって振りガルドに向かって降り注ぐ。

翼と肉体に叩きつけられる衝撃は、もはや打撃という次元ではない。一撃一撃が、城門を破るための破城槌を、生身で受けているような衝撃……いや、それ以上だ。


それでもガルドは、そこに立っていた。

盾を構え、膝一つ折ることなく、ただ受け止めている。


「――今だ」


その声を合図に、冒険者達が一気に動いた。


カイルを先頭に、前衛が一斉に突入する。

同時に、後方からミリアの号令。

魔法詠唱が重なり、火・風・氷などの属性魔法が次々と炸裂した。


「ルミナスブレードォォッ!!」


テオドールの聖剣がクリスタルゴーレムへ叩き込まれた。


だが、ゴーレムの結晶が鏡のように、光を屈折させた。

あまりの眩しさに前衛が目を細め、後衛が思わず詠唱を途切れさせた。


「……っ、やらかしたな」


カイルが顔をしかめ、槍を構えたまま吐き捨てる。


「なっ……!? 効いてないだと!? 聖剣の一撃だぞ!!」

「だから言っただろうが!! クリスタルゴーレム相手に光叩き込んでどうすんだよ!! 光の屈折を知らねえのか!!」

「うっせぇぞ、カイルッ!! 俺は勇者だぞ!!」

「勇者なら、戦況くらい見ろ!! 邪魔だからあっち行ってろ!!」


一触即発。


「ほんと、馬鹿なんじゃないのあんたたち!! いい加減にしなさいッ!! 今はボス戦!! 内輪揉めしてる暇があったら、前見て剣振りなさい!! 次にやらかしたら、耳じゃ済まさないからね!!」


後方、魔法部隊の位置から、ミリアの怒鳴り声が飛んできた。

テオドールは言い返すこともできず、悔しそうに唇を噛みしめる。

そんな中――。


「はーい♡♡ 了解で〜すミリアちゃ〜ん♡ その凛々しい叱責ッ! ああもう……そんなミリアちゃんも大っ好きだぁぁぁ♡♡♡」


目をハートにしながら、元気よく返事をするカイル。


その様子を横目に、リカは「また始まった……」と言いたげに少し困ったように視線を逸らし、ユンは完全に「やれやれ」という顔。


「……ほんと、分かりやすいですね」

「まあ、いつも通りではあるけどね」


そして鼻で笑い、ガルドは翼をわずかに広げ、盾を構え直す。


「無駄口は終わりだ。前衛、左右展開。魔法部隊、詠唱準備。

――行くぞッ!!!」



「「「おう!!」」」

「「「はい!!」」」

「……ッチ」

「は〜い」




一転攻勢。

ここからはクリスタルゴーレムを、確実に仕留める。

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