第53話 『突入前』
ダンジョンの扉を前に、ユンが全体を見渡しながら最終確認を進めていた。
その横で、カイルは長槍の状態を確かめ、軽く振って感触を確かめている。
一方で、ユースは岩陰に身を寄せ、体育座りのまま怯えていた。
「……あ?」
攻略隊の人混みの中、俺に向かって歩み寄ってくる男がいた。
金髪に豪奢な聖装束を纏った男――テオドールだ。
……確か、剣技大会で俺にスキルを使って反則負けになった挙句、逆ギレしていたアホだったよな。
それにしても、持っている剣だけはやけにいいな……持ち主はともかく、剣そのものは聖剣に見える。
まあ、腐っても勇者というやつか。
「……おいおい。あの時のクソヒーラーじゃねぇか。場違いにも程があるだろ。ここはお遊びじゃねぇんだぞ」
おいおい、吐き捨てるような物言いだな。
「悪いな。仕事で来てる」
「は? 口の利き方がなってねぇな。俺は勇者だぞ?」
「剣技大会で俺に負けたお前が勇者、か。笑えるな」
「……あぁ? 立場、分かってねぇみたいだな。お前みたいなヒーラーが、誰に口を利いてると思ってんだ? 勇者様って、言えよ!! なぁ!!」
……ああ、もう本当に面倒くさい。
相手にするだけ時間の無駄だと分かっているが、こういう手合いほど絡んでくるのが厄介なんだよな。
と、そう思ったその時だった。
「ちょっと!! 何やってんのよこのアホ!!」
容赦なくテオドールの耳を引っ張り上げる少女。
「ぎゃああああっ!? 待て! 待てミリア! 俺は勇者だぞっ!!」
テオドールの情けない悲鳴がダンジョンに甲高く響き渡った。
……ミリア、だったよな。確か酒場でもこうやって、テオドールを力づくで黙らせていたな。
さすがに相手が女だと手は出せないらしい。
「ボス部屋の前で何してんのよ。もうすぐ突入でしょうがっ! 勇者様のご高説は後にしてくれないかなぁ!」
「痛い! 痛いって!!」
「痛くなるようなこと言うからでしょ!? 今ここで揉めてどうすんのよ! 最終確認も終わって、あとは突入するだけなのよ!? そんな段階で内輪揉めとか、本気で死にたいの!? ねえ!!」
……ああ、正直、これ以上相手する気力はなかったから助かる。
「助かったよ。ミリアさん」
「まったく……イザナさんは、正式に参加してるの! 文句があるなら、ギルドに言いなさいよ!!」
「……くそ」
テオドールは耳を押さえながら忌々しそうに舌打ちした。
だが、一部始終を見ていたカイルは、場違いにも目を輝かせていた。
「ミリアちゃ〜ん!! 僕の人生もそのまま導いてくださぁ〜い♡♡」
「うっさい!!」
「はーい♡ ありがとうございまぁ〜す♡」
……ああ、こいつもアホだったんだ。
そんな軽口が飛び交った直後、不機嫌さを隠そうともせず、テオドールが俺を睨みつけてきた。
「お前みたいな荷物持ちは、扉の前で待ってろ!! ボス部屋に入っても、足引っ張るだけなんだよ!! それから……そこのエルフ」
矛先がなぜかメイカに向いた。
「なにか?」
「職人は後方で大人しくしてろや。戦場に出るより、マジックバッグでも作ってる方がお似合いだろ」
――だが、テオドールのその一言が、場の空気を一瞬で凍りつかせた。
息を呑む者、そっと視線を逸らす者、そして「地雷を踏んだな」と察した顔が、ほぼ同時に浮かぶ。
元S級冒険者としてのメイカの武勲は、数百年前の出来事ゆえ、今や半ば伝説、半ば噂話に過ぎない。
だがそれでも、現在「国宝職人」の称号を持つメイカに敵意を向けること自体が自殺行為に等しいことくらいは、説明するまでもなく、この場の誰もが知っている常識だ。
その証拠に、普段は騒がしいカイルですら、槍を握ったまま硬直している。
……もっとも、俺はその理由までは知らない。
だが、今この場でメイカに喧嘩を売ったのが、取り返しのつかないことだということだけは、嫌でも分かった。
……ああ、だめだこいつ。なんでわざわざ、踏んじゃいけない地雷を踏みに行くんだよ。
「構いません。私もここに残りますので」
「は?」
「必要になった時点で、呼んでください。それまでは何もするつもりはありませんから」
「……勇者に対して、その態度はどうなんだ」
「勇者、ですか。……私は、勇者と呼ばれるに足る存在を知っています。ただ少なくとも、彼は自分でそう名乗る方……いえ、そもそも“自分で名乗る必要すらなかった”方でしたよ」
言い返す言葉を探しているのか、テオドールは口を開きかけては閉じ、視線は宙に彷徨わせていた。
だが、周囲の者は誰一人として視線を合わせず、誰も頷かず、彼の側に立とうともしない……いや、立てないのが正解だろう。
そうしてただ一人その場に取り残されるテオドール。
そんな様子を少し離れた位置から眺め、緑がかった横髪を指先でいじりながら、ユンは「はいはい、そこまで」と言いたげな、呆れた表情をしていた。
「はぁ……もういいよ。どうせヤバくなったら来てくれればそれでいいし。最悪、勇者様が泣きついて戻ってくるでしょ」
「……チッ」
短く舌打ちしたものの、テオドールはそれ以上何も言わなかった。
ユン個人のランクはC級に留まっているが、彼女が率いる『スリープ・オーダーズ』は正式なB級パーティーであり、その実力はA級に迫ると噂されている。
とりわけアイテムマスターとしてのユンの実力は、B級以上とも噂されているが、その評価に誇張や詐称がないことは、この場の誰もが知っている――当然、テオドールも例外ではない。
そんなユンに言い返せば、自分の立場をさらに悪くするだけだと理解する程度の脳はあったらしい。
「じゃ、私たちは行くから。終わったら、よろしくね」
ユンはそう一言だけ残し、踵を返した。
その背中が人混みに紛れるのとほぼ同時に、準備を終えたリカとカイルがこちらへ歩み寄ってくる。
「……行ってきますね、先輩」
「ああ。気をつけろ」
それだけ返すと、リカは少し微笑み、静かに隊列へと戻っていった。
一方、カイルは何も言わず、親指を立てて拳を突き出し、白い歯を見せて笑うだけ。
やがて扉が開かれ、彼女たちは一切の迷いもなく、その奥へと進んでいった。
残された俺たちは、扉が閉じ切るまで、ただ黙ってその背中を見送るだけであった。
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