第51話 『兆候』
俺はギルドへ討伐報告に来ているのだが、受付嬢はどこか引っかかるものでもあるのか、書類の内容を何度も見返している。
「えーっと……グレイウルフが二十七体に、小型魔獣がいくつか……あ、えっと。討伐内容としては、問題ありませんが……イザナさん、まだFランクですよね?」
そしてもう一度こちらを見て……また書類へ。
だが、冷静に考えれば当然の反応である。
登録直後の冒険者が初回の依頼でこの数を持ち込めば、疑念を抱かれない方がおかしい。
「そうだが?」
当然、俺はただの魔物討伐だと思っており、深く考えることもなく、事務的に報告を済ませていただけだった。
「い、いえ、その……初めての依頼でこの数は、かなり多いです。正直、Cランク相当の内容ですよ。このランクでここまで持ち帰る方はなかなかいませんので……あと、こちらが今回の報酬、銀貨四十枚になります」
「ありがとう、報酬はそのままギルドバンクに入れておいてくれ。あと、これも見てもらえるか」
そう言ってから、コアをカウンターの上に置いた。
「はい、査定ですね…………え? こ、これ……コア、ですよね? ……あの、失礼ですが……これは……どこで入手されたんですか?」
「町外れの平原だが……」
「は……ッ……すみません……この魔物、討伐例が記録に無いんですが……」
(いえ、私はこのコアを知っています。ギルド共通教材《高危険度魔物概論》に掲載されていた「見下ろすもの」に酷似している。
でも、ピエイでこの魔物のコアの現物提出は前例がない。そもそも出現すれば、即座に警戒情報が回るはずの魔物です……それが街の近郊で確認され、被害は今の所確認されていないし、討伐依頼も警報も出ていない。
それに、提出者もごく普通すぎます。A級冒険者ならまだ理解できますが、登録したばかりのF級ヒーラーと、同行者はD級とはいえ少女が一人……。
ありえない……いえ、落ち着きなさい。教材と酷似しているだけの、別個体の可能性もある。軽率な判断は禁物です。ここは、上に確認を取るべきだわ)
そうした、受付嬢の思考が高速で回り始めている一方で、俺は「討伐例がない魔物」という一言に、内心で深くため息をついていた。
いや、討伐例がないって言われてもな……俺は異世界に来てまだ数ヶ月だし、そんなもん知るわけがない。
それに、受付嬢が知らないなら、なおさら俺が知ってるはずもないわけでだな……正直、身体も頭も疲れて限界だ。これ以上ここに立って、あれこれ説明する気力はもう残っていない。
明日はダンジョンにも潜る予定だし、この話は後日に回しても問題ないだろう。金は……まあ、適当に査定してもらえばいいか。
「……あー、じゃあ、適当に査定してくれていいですよ。その金もギルドバンクに入れといてください」
「えっ?」
「細かい内訳とか、書類とかも全部そっちに任せて大丈夫です……では」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 適当って……これは、未確認種のコアの可能性が高くて……! 査定には上への確認が――」
「時間かかるんでしょ? だったらなおさらですよ。時間かかるなら今日はもう帰ります」
「え、ええっ……!?」
完全に思考が追いついていない受付嬢を横目に、俺はそのまま踵を返した。
その隣で……
「じゃあ、よろしくお願いしまーす! ばいばーい!」
にこにこと笑いながら、大きく手を振るリュナ。
「えっ!? えっ、ちょ、リュナさん!?」
背後から受付嬢の声が飛んでくるが、リュナは気にも留めず俺の腕にぴたりと身体を寄せ、そのまま歩き出した。
……悪いが、今日はもう限界なんだ。
身勝手なのは分かっているが、未確認の魔物について今ここで説明を求められても、まともに頭が回る状態じゃない。
それに、集中できないまま聞いたところで、どうせ碌な判断もできないだろう。
さて……今日は宿屋に戻って、さっさと眠るとしよう。
◆
ダンジョンでは、解析士による事前調査結果をもとに危険度が評価され、その結果次第で攻略可否やダンジョン等級そのものが割り振られる。
イザナたちが明日、挑む予定の深層ダンジョンもまた例外ではない。
そして、その最下層、ダンジョンボスの扉の前で、合同攻略隊・第三パーティー『新白翼兵団』のリーダーであるガルドと、そのメンバーのユースが調査を行っていた。
分厚い黒石の扉が聳え立ち、周囲の空気はひどく冷たく、呼吸するだけで皮膚の内側にまでまとわりつく感覚があった。
「ユースくん、調子はどうだ?」
声をかけたのは、白い翼と褐色の肌を持つ翼人族。
鍛え上げられた体躯を誇るB級戦士のガルドだった。
ちなみに翼人族は、獣人のような亜人には分類されない。
人間と同じく理性的な種族であり、亜人に見られる獣性由来の強い本能的な衝動や、繁殖期による理性低下といった性質を持たない。
身体構造も基本的には人間と同一で、異なるのは背中に翼を備えている点のみ。
要するに――翼を持つ人間である。
ガルドの問いに、ユースはすぐには答えられなかった。
「……待って」
(ボスの魔力が……ズレている。 いや、違う。ズレているんじゃない――重なっている……? ボスの魔力反応が、二重……いや、それ以上……中に、まだ何かがいる? 重なって、絡まって……構造が破綻しかけてる……おかしい、三日前に見た時は安定してた。はず……なのに、今は――)
ユースの思考が、一気に加速する。
口調も次第に早口になる。
「いや、いやいやいや、待って、待って……違う、これ……違う……おかしい、おかしいだろ……この構造、三日前は普通だった。なのに今は……誰だ。誰が、ここに干渉した……? ……いや、干渉じゃない。戻った……? 誰かが……戻ったんだ……! いや、違う……遠隔操作型の魔法……? いや、違う……違う違う……分からない……分からない、分からない……分からない分からない分からない……」
無意識に、自身の灰色の前髪を掻き上げた。
だが指先は震え、髪は整うどころか、ぐしゃりと乱れる。
……歯軋りが、止まらない。
バックから紙とペンを取り出す――その手が、止まらない。震えた手で走らせたペンは、魔式も線も正確に描けず、書き損じとなってしまう。
……追いつかない。
――思考に、言葉が。
――言葉に、現象が。
ユースは口を閉じ……
そして、堰を切ったように否定と混乱の言葉が溢れ出た。
「それに、このボス部屋から戻れる、はずだ、はずなんだ、だって計算上は、戻れる、戻れる余地が……あ――違う違う違う違う! 計算が間違ってたんじゃない、この魔法の前提が違ったんだ! この部屋は、最初からを戻ること考えてない! 入ったら最後、戻れる保証なんて、最初からどこにもない!! ……くそ、くそッ!!」
ユースの言葉が途切れたところで、ガルドは扉の前に立ったまま、振り返らずに肩越しに声をかける。
「ユースくん、落ち着こう。話は分かった。危険度が想定より跳ね上がっている可能性がある……そういうことだろ?」
ユースが反射的に口を開きかけた瞬間、ガルドは片手を軽く振って制した。
「否定はしない。うちの解析士がそこまで言うなら、無視もしない。が、ここは他の解析士も数日前に確認してるはずだ」
翼を軽く畳みながら振り返り、ガルドは穏やかな声で続ける。
「だから今はそれ以上考えなくていい。今のユースくんの仕事は、この部屋を解析する事、それだけできれば十分だ」
「……ここで判断を誤ったら、死ぬ。いや、死ぬだけじゃ――」
その言葉に、ガルドは被せるように口を開いた。
「そうか……分かった。なら今日はここまでにしようか」
突き放すわけでも、無視するわけでもない。
ユースの解析を軽視しているのではなく、正しく評価しているからこそ、ガルドはユースの焦燥と恐怖を受け止め、意図的に話を打ち切った。
「でも……ッ!」
「続きは明日だ。ユースくん……頭を休ませるのも冒険者には必要なことだよ」
「……はい」
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