第50話 『相棒』
異形が死亡してから、しばらくが経った。
触手は数度、反射的に痙攣したきり、やがて完全に動きを止めた。
……戦いは、終わった。少なくともそう判断していいはずだ。
俺はナイフに付着した血を軽く振り払い、そのまま鞘へと収める。
身体はすでに次の警戒フェーズへ移行しているが――事実、もう戦闘は終結している。その事実だけが、ワンテンポ遅れて処理される。
「……イザナ様」
振り返ると、すでに竜化を解除したリュナが、荒い息を整えながらゆっくりと立ち上がった。
「……リュナ。動けるか」
「んー、平気、だよ……ちょっと、疲れた……だけ……」
そう答えて一歩踏み出すが、足に力が入りきらず体がわずかに傾く。
「おい」
「だ……大丈夫だってー……ちゃんと立ててるからー」
「その大丈夫が一番危ないんだよ。今はアドレナリンで誤魔化せてるだけだ……」
「……うぅ……厳しい」
「ほら、動くな」
<ハイヒール>と、軽く<アドレナリンサージ>を重ねてかける。
……竜化は確かに便利だが、その分、消耗も相当大きいのだろう。
「……あ……ありがとう。さっきよりずっと楽……」
そう言って、ほっと息を吐いたあと、少しだけ間を置いてから続ける。
「……でも、イザナ様。さっき……ちょっと、怖かった」
「何がだ」
「戦ってるとき笑ってたよ」
「……見間違いだ」
「ううん。ちゃんと見たよ。でも、嫌じゃなかったよ。なんか……ちゃんと、一緒に戦ってるって感じした……」
笑っていた? そんなはずはない、俺は効率のいい手順で殺していただけだ、それ以上の意味はない。
……なのに。
確かにあの時、胸の奥で……何かがふっと軽くなった気がした……気がする。
「……急に変なこと言うな」
「えへへ」
俺は軽く咳払いをして、意図的に話題を切り替えた。
「とにかく、今は無茶はするなよ。後始末は俺がやるからな」
「はーい」
俺は再度、倒れ伏した異形へ視線を戻す。
「……」
死亡は確認できているが、一応念のため観察眼を使う。
だが、そこに映るのは「完全に死んだ」という情報だけ……。
「……やっぱり、ただの魔物じゃない……でも、そういう話でもないのか?」
A級冒険者が撤退を選ぶ相手。未知性が高く、記録も少ない。
それが、こんな街の近くに現れた理由はなんだ? ……偶然、か?
リュナも、同じ疑問を持っていたらしい。
「イザナ様……これ、たぶん……」
「ああ。俺もそう思う」
誰か、あるいは何かが、意図的にここへ引き寄せた可能性も否定できない。
……だが、その理由は?
俺は無意識に視線を空へ向けるが、当然、答えが返ってくるはずもない。
疑問は山ほど残るが、今考えても仕方ないのだろう。
「さて、素材回収でもしてギルドに査定してもらうか、案外高く売れるかもしれないしな」
俺がそう言った……その時、「あっ……」と声を漏らすリュナ。
嫌な予感がして視線を戻したが……すでに遅かった。
倒れ伏した異形の表面に、スライム状となったリュナの手が覆い被さっていた。
……異形はそのままリュナの体内へ吸収され……捕食された。
「……おい」
「だって……美味しそうだったんだもん」
「素材回収って言ったよな? せめて、食べる前に一言くらい言ってほしかったんだが」
「うん。ちゃんと回収してるよ……もぐ、もぐ……」
「……はぁ……まあ、いいか」
「ごめん……? でも、そこそこ美味しいよ? 味は、んー……タコ、かな」
「タコ?」
「うん。ちょっとゴムっぽくて、でも噛むとじわっとして旨みが出てくるー」
……前世では、タコなんて年に何度も口にできるものじゃなかった。
ましてや異世界で、しかも魔物……となると――少し、気にはなるな。
「……少し、残ってるか」
「あるよー」
リュナは素直に手を開き、手の中に残っていたまだ無事そうな部分を差し出した。
俺はそれを受け取り、ナイフで薄く切り分けると、腰のポケットからライターを取り出す。
「炙るんだ……」
「生は流石にな」
じゅっ、と音を立てて表面が焼ける。
一口。
「…………」
……うん、食感はほぼタコだな。
もしこれが安全性の確認された食材だったなら、薄く切って醤油とわさびで刺身にしていただろう。素直にたこ焼きか天ぷらにしても旨そうだな。
とはいえ、毒性や後遺症の可能性も考えれば、本来は観察眼で確認してから口にすべきだったが……まあ、今さらだな。
異世界でたこ焼き屋でもやりながらスローライフ、という発想も浮かんだが、そもそも在庫は全部リュナに食われている。
「……まぁ、不味くはないが、旨くもない」
「えーそうかな、おいしいと思うけどなー」
「そ、そうか」
噛み締めるたびに、さっきまで動いていた異形の姿が脳裏によぎる。
自分で食っておいて言うのもなんだが、今はこれ以上食う気になれなかった。
あとは……
「……一応聞くが、価値がありそうな部位とかはまだ残ってるか?」
「んー? あ、それなら平気。コアはちゃんと残してるよ」
そう言って、リュナはスカートをひらひらとさせる。
……毎回思うが、その出し方はどうかと思うぞ……おい、ぽろぽろ落とすな……うんちじゃないんだからさ……。
だが、ちゃんと残してあるなら、今回は……目をつぶろう。
転がり落ちたそれを足元で受け止め、拾い上げる。
「……よし、これがあれば文句は言わん」
「えへへ。そこはちゃんとしてるもん」
こうして見ると、リュナは相棒として優秀すぎるな……なお、扱いやすさについては言うまでもない。
「……まぁ、食うなら次からは先に言えよ」
「はーい♪」
くるっと一回転して、無邪気に笑うリュナ。
戦いの直後とは思えないほど柔らかく可憐なその表情に、思わず意識を持っていかれた。
その拍子に――なぜかリュナの顔が……少し透けたように見えた。
……気のせいか? さすがに俺も疲れてるんだろうな……今日はこいつのコアを査定に出して、さっさと寝るとするか。
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