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第48話 『整理師の裁量』

この街に来てから四日目。


今日はメイカにオーダーメイドしてもらったマジックバッグを受け取りに行く予定だ。

が、その前に、代金の金貨三十枚を支払うため、まずはギルドに金を下ろしに行ったんだが……。


「ドラグナイトの金が、まだ口座に入っていない……」


こりゃまずいな。

ラグナスには「数日かかる」と言われていたが、てっきり二、三日もあれば入るものだと思っていた。完全に俺の読みが甘かった。


……まあ、自業自得だ。確認もせず、都合のいい方に解釈した俺が悪い。


今の手持ちは金貨一枚と銀貨が四十枚弱か……とりあえず謝って、支払い期限を伸ばしてもらうしかないわな。


そう腹を括って、工房へ向かった。







工房に入ると、メイカは相変わらず、何もない部屋のカウンターの椅子に腰掛けていた。

そのカウンターの上には、完成したらしいマジックバッグが三つ、綺麗に並んでいる。


「……お待ちしていました」


……メイカの視線が、地味に痛い。


「悪いがメイカさん……金貨三十枚、ちょっと足りなくてな」


そう切り出すと、メイカは「そうでしょうね」と一拍も置かずに答えた。


あまりに即答すぎて、あまりに当然という顔すぎて、むしろ 「最初から分かってましたが?」 とでも言いたげだ。


「……そ、そうでしょうね?」


気づいたら、同じ言葉を、そのまま返していた。

謝りに来たはずなのに、なぜかこちらが話を合わせている。


おかしい。

まるで、「払えないこと」そのものが、問題にされていないみたいな……何というか、違和感。


メイカは、そんな俺の違和感など気にも留めず、淡々と続ける。


「後払いでも構いませんよ」


「え? ……いいのか?」


「ええ。失礼ですが、この工房に入った時点で、あなたの財布の重さは計らせてもらいました。それに、金貨三十枚も持ってそうな感じでもありませんでしたし、最初から払えないだろうな……と、思っていました」


さらっと、とんでもないことを言う。


どんな魔法を使ったのかは分からない。

おそらく、装備や衣服、身に着けているものすべてを含めた総重量を魔法で測り、そこから「財布がどれくらい重いか」を正確に割り出していた――そんなところだろう。


「はぁ……じゃあ、なんで作ったんだよ」


至極もっともな疑問だと思うんだが、メイカは眉ひとつ動かさず、「私が作りたかったので、作りました」と、淡々と答えた。


「えぇ……」


「ザイルの紹介ですから。無碍にもできませんでしたしね。では、こちら、請求書です。ギルドの受付に持っていけば、私の口座に振り込まれるはずです」


そう言って、メイカはカウンターの下から請求書を取り出し、こちらに差し出す。

俺がそれを受け取ってから、最後に一言、付け加えた。


「……繰り返しになりますが、お金が入ってからで構いませんよ」


その一言で、張り詰めていたものがすっと抜け、思わず「ふぅ」と、ゆっくり息を吐き出す。


「……助かった。正直追い返されると思ってた」


……とはいえ、金の問題が解決したわけじゃない。

ただ、「詰み」は回避した。あとはドラグナイトの金が入ったら、きっちり支払えばいいだけだ。


「お気になさらず」


メイカはそう言って、カウンターの上のマジックバッグを指で押し出した。


「金は、入ったらすぐ払う」


「はい」


本当に興味がなさそうに、メイカはそう答えた。


とりあえず、用事は終わった。

――はずだった。


俺は受け取ったマジックバッグを腰に装着する。


その間、工房には無言の時間が流れる。


 

……なんか気まずいな。



その気まずさに耐えきれず、俺はつい口を滑らせてしまった。


「まあ、このバッグも、カリバーンの噂が出てるダンジョンで使う予定だったんだがなぁ……」


ただの独り言、ただの予定確認。

深い意味なんて、俺にはない。


……だが、メイカの表情が、ほんのわずかに変わった。


「……今、何と言いました?」


「ん? ああ、カリバーンの噂があるダンジョンだよ。でも、定員締め切りでなぁ……ツテもコネもないし、潜り込む方法を探してはいるんだが、まあ、分相応に諦めるべきかもな」


「カリバーン……そうですか」


「知ってるのか?」


「……いえ。ただ……昔の記憶が少し、疼いただけです」




……カリバーン。




その名を聞くと、どうしてもザイルの顔が浮かぶ。


パーティーが解散されてから三百年。

その噂が立つたび、メイカは何度もダンジョンへ足を運んだ。


――期待していたわけじゃない。

――信じていたわけでもない。

――でも、それでも、行かずにはいられなかった。


もしも、万が一、あの人が追い続けたものの痕跡だけでも残っていたなら――そんな、言葉にすらならない未練が、メイカを動かしていた。


でも、結果はいつも同じ、カリバーンはただの噂だった。


――何も残らず。

――何も変わらず。

――何一つ得るものも無く、また一人で還る。


それを、何度繰り返しただろう……もう、何百年前だったかも覚えていない。

そして、いつの間にか、期待すること自体をやめていた。

 

 


……カリバーン。




三百年……あの人と別れてから、私の時間は止まったままだ。


前に進んだつもりで、同じ場所を歩き続けていた。

あの旅した六十年間のことを、忘れたふりをして、何一つ手放せず、変われなかった。


なのに――。


(今度こそ、何かが変わるかもしれない)


そんな考えが、ふいに浮かんだ。

それが、どれほど異常なことかは、メイカ自身が一番よく分かっている。


三百年――希望なんて、とうに捨てたはず。


――なのにッ!




一拍。

工房に、沈黙が落ちる。




胸の奥で、何かが軋み、痛みを伴って動いた。

それは、


――後悔だ。


言えなかった言葉。聞けなかった本音。笑うことすら、できなかった自分。

その全部が、今さらになって喉元まで込み上げてくる。


「イザナさん」


気づけば、メイカは俺の名前を呼んでいた。


「ん?」


その短い返事に、メイカの胸が少しだけ痛んだ。


(ああ……もう一度だけでいい。今度こそ、何かを変えたい)


そんな痛み混じりの願いを、ようやく自覚した。


そして、メイカはその感情を心の奥へと押し戻し、「こほん」と軽く息を整え、表情も声も、いつもの淡々としたものへ切り替える。


「……ギルドへの介入は問題ありません。国宝整理師の要請であれば、定員枠はいくつでも融通できます」


「は? ……つまり?」


「ええ。あなたを荷物係という扱いで、潜り込ませることは容易です」


「はぁ!? ……あ、ありがたいが……」


思わず変な声が出た。

一度、頭の中で言葉の意味を整理する。


――荷物係。

――国宝整理師……?


……待て。


国宝、とは聞いていた。だがそれは、あくまで「腕のいい職人」くらいの認識だったんだが……まさか、ギルドに直接介入できる立場で、定員枠そのものを動かせるほどなのか。


マジックバッグを作れるほどの天才。

おそらく、ギルドや国家が手放したくない存在――だからこそ、扱いも、裁量も、すべてが別格なのだろう。


……もしかしたら俺は、思っていた以上にとんでもない人物と関わっているのか?


「……では、私も同行します」


「は? 同行を……?」


「はい。正確には、あなたを潜り込ませるというより、私が行くから、あなたも連れていく、という形になります。ですから、私が同行するのは当然です」


「……そ、そうか」


「調整はすべて私が行います。ギルドへの申請、随行名義、その扱い等々……そのあたりはこちらで済ませます。あなたは必要なものを準備して、当日の十二時ごろに工房へ来てください」


「……助かる」


「はい、ではお気をつけて」


淡々とした口調で、必要事項だけが告げられた。

話はそれで終わりだった。




だが、メイカの一言がきっかけで、本来なら縁のなかったダンジョンへ行けることになった。


……ひとまず、メイカさんには感謝しておくとしよう。

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