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第44話 『リカの想い』

野村リカ――もとい、リカは、イザナのことを愛している。



それは、誰に言われなくても自覚している揺るぎない事実であり、転生して二十年経った今でも、胸の奥で消えずに残り続けている想いだった。


 

だから、先程の表情の暗さや、指先の震えは深層ダンジョンが怖いからではなく、先輩と離れる寂しさをどう隠していいかわからなかったからだ。


 

先輩とならどこへでも行ける……先輩が隣にいてくれるなら、ダンジョンだって怖くない。

むしろ、本音を言えば、深層ダンジョンなんて、私にとって死ぬほどどうでもよかった。


一番辛いのは、「先輩の隣にいられないこと」ただそれだけだから。


でも、先輩がふと見せたあの表情は「……まだ、どうにかして行く方法を探すつもりだ」そう語っているように見えました。

あぁ、先輩はまだ諦めていない……私を置いていくつもりなんて、最初からなかったんだってそう思えたんです。


……ふふ、殺し屋時代に叩き込まれた読心術は、先輩の表情の変化くらい見逃しませんよ?


仲間が裏切って傷ついた時でも、中東の武装勢力と民間軍事会社が入り乱れて地獄と化した任務でも……


本来なら私一人で処理しろと言われた、失敗したら私が処分される不要人員整理任務の日でも、先輩は命令を無視してこっそり私の隣に来てくれた。




そして、先輩は……この異世界でも……



 

――私を置いていかなかった。



 

あの時と同じように、私が先輩のそばにいたいと願っただけで、先輩はいつも気づいて……振り返ってくれる。




……だから、大好きなんです、先輩。







翌朝。

リカはカイルに連れられ、ギルドの一室へと案内された。

 

カイルはC級冒険者であり、かつB級ギルド職員でもあるため、通常の冒険者では使えないギルド職員専用室を特例で借りられるらしい。


……この人、ほんとにC級なんでしょうか……?


そういえば、寝る前にリュナさんが「リカお姉ちゃん、あいつ……多分C級冒険者の皮を被ってる。間違いなくB級上位はあるんじゃないの〜」と言ってました。


リュナさんの野生の勘は鋭いです。だからきっとこのパーティーはランク以上に実力者揃いなのだろう。

そんな予感がします。


「リカちゃ〜ん! こちらが、僕たちC級パーティー『ブレイブ』の本拠地でございます〜♡ どうぞどうぞ、お嬢さま……先にお入りください♡」


まるで執事のように軽く会釈をして、恭しくドアを開けてくるカイル。


「え、あ……は、はい……? ありがとう……ございます」


リカが戸惑いながら部屋へ足を踏み入れると、中にはすでに先客がいた。


赤茶の髪を三つ編みにまとめたローブ姿の少女が、こちらに気づいて静かに視線を向けてくる。


「あっ……昨日、あなたのこと聞いたよ。私はD級のミリア・フェノールト。よろしくね、リカちゃん」


椅子に腰かけていたミリアは、両手で抱えていた杖を「よいしょ」と持ち直しながらこちらへ向き直る。


「よ、よろしくお願いします!」


ミリアはリカに一歩近づくと、「ふむっ……」と小さく声を漏らしながら、興味津々といった瞳でリカの顔を覗き込んでくる。


「リカちゃんって、風魔法と精霊魔法の二種類に適性あるんだって? すごいよね〜。私は炎魔法使いなんだけどさぁ〜ちょっとリカちゃんの魔法見せてほしいな〜……ところで杖は?」


「杖……ですか?」


リカは指先をほっぺに添え、困ったように首をかしげる。


「え? まさかだけど……杖、ないの?」


「……はい」


「杖もスティックも無しで今まで魔法撃ってたの?」


「はい」


ミリアは「いやいやいや……」と呟き、思わず額に手を当てながら続ける。


「普通は杖かスティックがないと、魔法って霧散するし真っすぐ飛ばないんだよ? よくそれで今まで撃ててたね……それで大丈夫なの?」


「でも、ラグナスさんも杖なしで普通に魔法撃ってましたよ?」


「いやあの人は例外中の例外なの!! いい? 魔法戦士の武器や防具には魔導回路が刻まれてるのよ? だから最低限の魔法の補助をしてくれる……でも、だからって! 素手で魔法撃てるわけじゃないのよ! 普通は絶対に!」


そこまで一気にまくしたててから、ミリアは急に「あれ?」と小首を傾げる。


「……あ〜でも、リカちゃんエルフだし……エルフって生来の魔力操作が人間より桁違いに上手いから……もしかして、そのせいで制御できちゃってるのかな〜……?」


なるほど……だから<大地の守剣(ガイアガード)>発動時、ラグナスさんは剣を地面に突き立てていたんですね。

魔法戦士は、武器そのものを媒介にして魔力を流す……そういう仕組みなんだ……。

でも、私は杖がなくても魔法を撃てるし……それに、敵が近距離まで詰めてきた時に両手が杖で塞がっているなんて、むしろデメリットにしか思えませんが……。


「まあ、そう興奮しないでよ、ミリアちゃ〜ん」


「カイルだって槍使いだけど、そのくらいの常識は知ってるでしょ!?」


「まあまあ、リカちゃんはエルフだし? エルフってなんか、そういうの……ね?」


ミリアは深くため息を吐き、気を取り直すようにコホンと咳払いした。


「まあいいわ……はい、じゃあ気を取り直して、これから今回の攻略について要点だけ説明するわね」





 


深層ダンジョンの攻略は、ひとつのパーティーではなく複数のパーティーをまとめた合同攻略隊として行われるらしい。


総勢二十八名。今回の攻略隊全体を実質的にまとめているのが第一パーティーの『スリープ・オーダーズ』で、ランクこそB級だが実力はほぼA級と言っていい。アイテムマスターのユンを始め、B級戦士や双剣使いが揃った最強チームだ。


一方で、リカたち第五パーティー『ブレイブ』を名目上まとめているのが、リーダーであり、名目上『勇者』のテオドール・ディ=バレンティアという男だ。

聞けば、D級に上がれたのもカイルのフォローがあってこそで、当人は毎日酒場で「自分は神に選ばれた」と豪語している、自己愛の塊のようなダメ勇者とのこと。


カイルもミリアも、ギルドと貴族の命令で仕方なく同じパーティーに属しているだけで、二人ともテオドールが心底嫌いらしい。『ブレイブ』の前任ヒーラーが引退した理由も、テオドールの極端なヒーラー嫌いが原因だという。

 

このあたりが、今回ミリアから説明された内容のおおよそだった。



「まあ、そんな感じね。後半は愚痴みたいになっちゃってごめんね。ゴミみたいなリーダーだから、そこだけちょっと我慢してね」


「だ、大丈夫です……あの、ミリアさんは……慣れてるんですか? その……テオドールさんの、えっと……」


「クズ対応?」

「え、えっと……」


「慣れるわけないじゃ〜ん、慣れたら終わりだよ。でもまぁ、適度にスルーして、必要なとこだけ仕事してれば平和よ。カイルみたいにバカ真面目に関わるからイラつくのよ」


「ミリアちゃん、ひどくなぁ〜い? 俺はいつもレディのために――」


「カイル?」

「ひん……」


「はぁ……剣技大会、あんた今日出るんでしょ? こんなところで油売ってたら、間に合わなくなるわよ」


「えっ、あっ、いや、その……リカちゃんにも声をかけようと思って――」


「受付! ほら、早く、行けッ!」


ミリアはカイルが座っていた椅子の背を、ためらいなくガンッと蹴りつけた。


椅子はガクッと前に傾き、普通なら盛大に転ぶはずの勢いだった。

だが、さすがは槍使い――体勢こそ崩したものの、こける直前の姿勢のまま絶妙なバランスで踏みとどまり、そのまま立たされる形になった。

……完全にパントマイムである。


「み、ミリアちゃん!? 扱いが雑ぅ〜!! でも、そんなミリアちゃんも魅力的だぁ♡ リカちゃ〜〜ん♡ 大会見にきてねぇぇぇ♡♡」


バタバタと騒ぎながら、カイルは半ば転がされるように部屋から追い出された。

扉が閉まると同時に、ミリアは「はぁ……」と小さくため息を漏らし、リカへ向き直る。


「……あれでも、戦闘はかなり強いよ」


「ふふ……なんだか賑やかな方ですね」


「でしょ……けど頼れる時は頼れるんだから、不思議よね」


ミリアは髪を指先で払うと、気持ちを切り替えるように手を叩いた。


「じゃあ、攻略は明後日だからね! それまで一緒に魔法の練習でもしよっか!」


「はい!」

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