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第43話 『ヒーラーの価値』

「荷物持ちでもいいんです! もう募集はないんですか!?」


「はい……掲示板のとおり、深層ダンジョンの募集は全て締め切っております。申し訳ありません」


思わず身を乗り出した俺に、受付嬢は気まずそうしながらも答えてくれた。


「そんなぁ……」


こうして現実を突きつけられると、やっぱり堪えるものがある。


深層ダンジョンが見つかるたびに 「カリバーンが眠っている」 なんて噂は必ず湧くものだ。

だが、今回のダンジョンは青い湖の近場という、神話とも辻褄が合うもっともらしい案件だ。

だからこそ、カリバーン以外にも何かしらの大物が眠っている可能性が高い。

故に、荷物持ちの枠にまで冒険者が殺到したのも、当然といえば当然なのだ。

 

「先輩、大丈夫ですよ。ダンジョンだけが冒険じゃありませんし……別の募集もありますっ! 一緒に探しましょう?」


落ち込んで黙り込んでいた俺の肩を、隣にいたリカがそっと肩を軽く小突き、にこっと笑った。


「あ、あぁ……そうだよな」


まあ、落ち込んでても仕方がない。この街には他にも楽しいことや、ワクワクすることがきっとあるはずだしな。


「はぁ〜リュナもなんかもうどうでもよくなってきた〜。ご飯食べたーい。今日、朝も昼もチーズとアイスしか食べてないんだもん〜」


リュナはというと、さっきまで「ダンジョン、行く〜!」と意気込んでいたくせに、行けないとわかった途端、もう全部どうでもよくなったらしい……。


でも、こいつの言うとおり、まずは飯だ。

どれだけ落ち込んでいようが、腹さえ満たせば人間なんて大体のことは忘れられるもんだ!

 

 

 

 






夕方の酒場は、依頼終わりの冒険者たちでそこそこ混んでいた。

俺たちは適当なテーブルに座り、頼んだ料理が届くのを待っていた、その時だった。


「おいイザの医ぃ〜? なんだぁ? さっきの浮かねぇ顔はよぉ?」


背後からカイルの渋めのボイスが飛んできたかと思うと、振り返る前に肩をがっしり掴まれていた。


「……はぁ、なんだカイルか」


「なんだとはなんだよ〜。悩み事ならこのカイルさんにぜ〜んぶお任せ――」


そこでカイルの視線が、吸い付くようにリカの前でぴたりと止まった。


「…………」


一拍の沈黙を挟み……


「……っ麗しのエルフのお嬢さぁん♡ もしよければ……俺とロマンチックなディナーでも、どうですかッ♡」


さっきまでの渋い声はどこへ消えたのか。

声は途端に甘くとろけ、目はもう完全にハート型に見えた。

そして、いつの間に移動したのか、当然のようにリカの隣へスッと腰を下ろしていた。


「え、えぇぇっ!? わ、私!? は、初めまして……え? え?」


リカは両手をぶんぶん振って後ずさり、完全にパニック。


リュナは「……だれ? お前」と言い放ち、スプーンを咥えたまま呆然としている。


カイルって……女にこういう感じだったのか……?

昨日会った時はただの酒に弱い兄ちゃんって印象だったのだが、まさか女にも弱かったとはな。

マジで酒と女で人生失敗しそうなタイプだな。


「はぁ……なんて可憐で守ってあげたくなる瞳……あなたは妖精……いや天使……いや――」


完全に自分の世界に入り始めたカイルを前に、リカは引きつった笑顔で固まっていた。


まずい、このままじゃ肝心の話が聞けなくなる……。


俺は慌ててカイルの椅子を引き寄せ、強引に話をねじ曲げた。


「なぁ、カイル……ちょっと相談があるんだが……!」

 


 







「どうにかできないこともないが、できても一人だけだな……しかも参加できるのはランクのD〜B級帯だけ、つまり最低でもD級じゃねえとダメなんだよ」


俺が事情を簡潔に説明し終えると、カイルはしばらく腕を組んで唸り、それから結論だけを口にした。


「……ってことは」


「悪ぃがイザの医……お前は討伐には参加できねぇな。いや、お前が強ぇのはわかってる、わかってるが……一応俺はギルド職員だからさ、ルールは守らなきゃいけねえ」


はっきり言われたが、仕方がない。

……冒険者登録初日で、早速F級の壁にぶつかったか。

だが裏を返せばD級さえなれればこういう討伐にも出られるってことだ。

この先を考えるなら、ランク上げは早めに上げた方がよさそうだな。


「ただし、そこのリカちゃんかリュナちゃんなら話は別だぜ? 今うちのパーティーはヒーラー抜けて三人だから一枠だけ空いててな……押し込む形にはなるが、入れること自体は可能だ」


そういえば、カイルのパーティーのヒーラーが引退するって言ってたか……その枠で埋めてくれるって事か。


戦闘能力だけ見ればリュナでも問題ないが、コイツを野放しでパーティーに放り込んだら、人間関係が崩壊する未来しか見えねぇ。

リュナの距離感はバグってるというか、もはや狂ってる。

悪く言えば自分勝手で、良く言っても自由奔放すぎる……下手すれば討伐どころじゃなくなる……となれば、安牌はリカだ。


「リカ、お前が行け。リカなら落ち着いて動けるし、周りを見る余裕もあるからな」

 

「わ、わたし!?」


リカは目をまん丸にしてパチパチ瞬きを繰り返し、信じられないと自分を指差した。


ただ、ヒーラーがパーティーにいないのは気になる。

もしかして、ヒーラーのみで組んだパーティーが別にいるのか? それとも、他に代用手段があるのか?

……一応そこは確認しておくべきだな。


「カイル、そんなことよりパーティーにヒーラーいなくても大丈夫なのか?」


「全く問題ねぇ。今回の攻略にはアイテムマスターがいるからな」


「アイテムマスター? それはヒーラーの代わりになるのか?」


「なるどころか、条件次第じゃヒーラー以上だぜ? ポーション、強化薬、状態異常回復薬を飲むだけで全部、範囲化できるんだよ。しかも魔力消費ゼロ、バフもある程度撒けるし、サブ火力としてもそこそこ殴れる」


「デメリットは?」


「最近生まれた新職だからよ、将来的に副作用が出る可能性があるってところだな。薬を体内に流し込みすぎると、どう影響するか誰もわからねぇ……寿命が縮むとか、中毒になるとか、蓄積毒が出るとか……噂は色々ある。あとは、薬がクソ不味いってくらいか」


「……リスクはゼロじゃないってことか」


「でも今のところ表立った実害は出てねぇ、少なくとも今回の攻略には最適だぜ」


そういえば、ポーション技術が進歩したせいで「ヒーラーは医者か薬師になるのをおすすめしていますよ」と受付嬢も言っていた。


魔力消費なしで回復できる職があるならさ……俺みたいなヒーラーの居場所なんて、最初から無かったんじゃないか?


俺の胸の奥に、形にならないもやっとした不安が広がる。

 

「……そんなの、もうヒーラーなんて……いらないじゃんか」


その俺の呟きを拾ったのか、カイルが、「勝手に落ち込むなっての」 と軽く背中を叩くと、


「ヒーラーはヒーラーで必要な場面はまだまだある……ただ、今回は事情がちょいと特殊でな。今回の攻略で来るアイテムマスターは――あのB級パーティー、『スリープ・オーダーズ』のユンさんなんだ」

 

「有名なのか?」


「有名どころじゃねぇよ! あの人がいる攻略は死人が出ないって言われてるくらいだ……お、そうだイザの医! 関係ない話になるけど、明日の昼に剣技大会があんだけどどうよ? 来ないか? 報酬はトロフィーと銀貨五十枚! 参加料タダ!! 暇だったらこいよ、俺とうちのクソリーダーも出るからさ! 一緒にぼっこぼこにしようぜ!」


「……まあ、参加料無料なら出てもいいかな」


「そうこなくっちゃ!」


「あっ……あの……先輩……ほんとに、私でいいんですか?」


リカの声と指先がわずかに震えていた。

元殺し屋とはいえ、人を相手にするのとモンスターを相手にするのはまったく別物だ。

しかも今回は、いきなり深層ダンジョンの攻略という大舞台……さらに二十年近いブランクもあるのだから、不安になるのは当然だろう。


とはいえ、今回はカイルたち熟練の攻略パーティーが同行してくれる……だからそこまで心配する必要もないだろう。


「いい勉強になるさ。それに……カイルたちも一緒なら問題ないだろ」


「おうっ! リカちゃんは俺たちに任せておけ!」


カイルが胸をドンと叩いて言うと、それに合わせるように、リカの強張っていた表情がぱあっと明るくなった。


だが、俺自身、ダンジョン攻略を完全に諦めたわけじゃない。F級で参加できないのは事実だが、どこかに抜け道があってもおかしくない。

攻略当日までに、他に行ける手段がないか……探してみるつもりだ。


加えて、自分の実力をもう一度きちんと測っておく必要がある。

……今日のラグナス戦は、どう考えても手加減されていた。

流石に、登録初日のルーキー相手に元A級が本気を出すわけないだろう。


だからこそ、明日の剣技大会はちょうどいい。

色んな冒険者の戦い方を見られるし、こっちも腕を試せる。

それに、自分がこの世界の冒険者としてどれくらいの位置にいるのか……その立ち位置もきちんと把握しておきたいからだ。



……さて、明日はちょっと本気で行くか。

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