第41話 『国宝整理師・メイカ』
スカイレイヴンの素材が、金貨三枚と銀貨七十枚で思った以上に高く売れた。
「こちら、買取金になります。……それと、まだ何かお探しの物がございましたら、お申し付けくださいませ」
ちょうどいい。聞こうと思っていたことがある。
「整理師のメイカって人に会いたいんだが、店がどこにあるか分かるか?」
「メイカ様でしたら、ギルド二階の国宝級工房エリアに専用の工房がございます。小規模ではございますが、すぐにお分かりになるかと存じます」
……灯台下暗しってやつか。意外と近くにいたんだな。
二階に上がると、そこは装備屋、杖屋、アクセサリーショップなどがずらりと並ぶ商店通りになっていた。
その端っこに、駅のコンビニサイズの小さな整理師工房がひっそりと建っている。
ただ、店の前には大きく、「関係者以外立入禁止」と書かれた札が立て掛けてあった。
「……立ち入り禁止。……本当にここで合ってんだろうな」
半信半疑で扉をノックしようとする前に、スッと開いた。
「どうぞ」
奥から、澄んだ声が響いた。
中に入ると工房は整然としていた。カウンターと作業台以外は物という物が一つも置かれていない。
……マジかよ、ほんとにここでマジックバック売ってんだろうな?
ただ物がないというだけじゃない。
空気も湿気も埃もなく、深い森林のように澄んでいた。
カウンターの向こうには、紫髪をゆるやかに垂らしたエルフの少女が背もたれのない椅子に腰掛けていた。
年齢はリカと同じくらいに見える。
「こんにちは」
「……こ、こんにちは、あんたがメイカさんか?」
「はい。メイカ・ルヴァ=エリュシオンです。あなたは?」
メイカ・ルヴァ=エリュシオン。
彼女は空間魔導工学の創始者であり、携行魔具の発明者。
しかも、世界でも指で数えるほどしか存在しない空間魔法使いの一人で、リーネル王国評議会から正式に国宝整理師の称号を与えられている。
……もちろんイザナは、彼女がどれほどの人物なのか全く知らない。
「俺はイザナ。で、こいつらはリュナとリカ。ここにはザイルさんに紹介されて来たんだ」
リュナは元気よく手を振り、リカは丁寧に会釈した。
「ザイル……懐かしい名ですね」
「確か、知り合いだったんだよな」
「ええ。昔、一緒に旅をしていました。とても優しい人でした」
メイカは感情を一度静かに落ち着かせ、深く息を吸ってから続ける。
「それで、今日はどういったご用件で?」
「マジックバッグが欲しい。金はいくらでも出すからなるべく良いのを頼みたい」
もちろん、実際にいくらでも出せるほどの金があるわけじゃない。
だが、いずれドラグナイトの金が入るし必需品をケチって後で泣く羽目になるのは殺し屋時代で嫌というほど経験している。
だったら最初から良い物をしっかり確保しておくに越したことはないのだ。
「分かりました。……ん? おや、不思議……」
ふいに 人差し指をほおに当てて、首を傾げるメイカ。
「どした? 俺の顔になんか付いてるか?」
「いえ、ただ……あなたの魂、歪んでいます」
「は?」
「妙な形をしています。とても複雑で、普通ではありません」
「それ、褒めてんのか?」
初対面で最初に言われるのが魂が歪んでるって……悪口か? 人格否定か?
まあ、転生者ならどこかしら歪んでてもおかしくはないけどさ……。
「どちらでもありません。ただ、非常に興味深い。あなたの魂は、終端を持たない……まるで続きが強制されるように閉じない」
「言ってる意味がわからん……」
「わからなくて当然です」
淡々と返したメイカの視線が、一拍も置かずにリュナへ移った。
リュナは「ん?」と首をかしげながらも、本能で察したのか、そっと俺の背に隠れた。
静かに手をかざし、空間をなぞるメイカ。
いつもなら一瞬で整うはずの魔力情報が、リュナの部分だけ、ザザッと乱流を起こした。
「魂が、二層構造? いえ、もっと複雑です。記憶と存在が別々の座標に固定されている」
「おね〜さん……リュナ、怖い?」
「いいえ、怖くはありません。ただ、あなたも異質です」
「イザナ様……この人、リュナの中を見てる。ぜんぶ……」
「感じ取れるのですね。素晴らしい感応です」
「……うぅ。気持ち悪い」
「それは、正しい感覚です」
メイカは微笑んだが、その目は笑っていなかった。
「まあ、よいでしょう。ザイルの紹介ならば、あなた方にはちゃんとしたものを用意しましょう」
「ちゃんとしたもの……いくらだ?」
「お金のお話はあとでにしましょう。まず、マジックバックの使い方は分かりますか?」
「あ、それなら。ザイルさんから貰った、この皮袋を使ってたから大体分かるぞ?」
俺がその皮袋をカウンターに置くと、メイカはぱちりと瞬きをしたあと、目を見開き――じぃぃ……っと袋を凝視した。
「これは三百年前に私が作ったマジックバッグですね」
「は? これ……そんな古い物だったのかよ」
「はい。懐かしいです」
メイカは感慨深そうにバッグを撫でると、すぐに本題へ戻った。
「では、改めて。マジックバッグの使い方ですが」
「いや、まあ、適当に物を突っ込んどけばいいんじゃねぇのか?」
「それは壊し方ですね」
「壊れるのかよ」
「ええ。雑に扱えば空間は崩壊します」
メイカは指先で皮袋の縁をなぞる。
「マジックバッグはただの袋ではありません。これは私の空間魔法で作った次元の入口です。ですので、正しい扱い方は、中を意識してから物を預ける。取り出すときは欲しい物の形を思い浮かべる。一度に無理に詰め込まない。そして感情が荒れている時は使わないことです」
「……意外と難しいんだな」
……四次元ポケットみたいに手突っ込んでそのまま使える物かと思ってたけど、異世界版はポケットのご機嫌まで取らなきゃいけないんだな。
「空間魔法は、意外と繊細なんです」
メイカの視線がふっと鋭くなる。
「特に、あなたたちの場合」
「……は?」
「あなたたちの魔力は……普通ではありません。乱したまま扱えば、このバッグの内部空間が、あなたの不滅に引きずられ、壊れません」
「壊れないのは良いんじゃないのか?」
「壊れず、戻れなくなるんです。バッグの中にずっと……なので、心が乱れている時は絶対に使わないように」
……いや怖ぇよッ!
でも、ピンとこないな……不滅ってなんだ?
生命魔法の比喩表現ならまだわかるが、こいつの言い方はそうじゃなさそうなんだよな。
まあ、気にしても仕方ないが……一応。
「……お、おう。わかった、それより今の俺の不滅がどうのって話はどういう意味なんだ?」
メイカは俺の言葉を無視して淡々と続ける。
「ではマジックバッグの使い方は分かりましたね?」
「いや、そっちじゃねぇよ!! ……まあ、使い方は分かったけども!」
「では次に、あなた専用の調整に入ります。おすすめはこちら、基本、冒険者が最初に買う携行ポーチ型のタイプです」
彼女は無駄のない動きで、携帯ポーチを何も無い空間から取り出した。
「……じゃあ、それを三個欲しい」
「三点で、金貨三十枚になりますけど」
「……あ、あぁ。わかった」
「あと、勝手ですが、あなたたち三名の魔力をすでに解析させていただきました。それぞれの魔力に合わせて調整しておきます」
そしてポーチに手をかざすと、ふわっと浮かび、空間に消えた。
「では、明後日までには完成させます。あなたたちの魔力密度は、ちょっと普通ではないので」
その声音は機械のように淡々としているのにどこか愉しげでもあった。
イザナたちが工房を後にした途端、その場に静寂が戻った。
無音の空間で、メイカはぽつりと独り言を呟いた。
「……ザイル。……懐かしい、ね……」
さっきまでの淡々とした声とは違い、とても優しい声に変わっていた。
「もう三百年以上、会っていないんじゃないかな……。あなたと冒険した六十年は、私の人生で一番輝いていたよ。S級ダンジョンの制覇も、未踏領域の調査も……どれも本当に楽しかったなぁ……なのにあなたは急にパーティーを解散して……私たちの前から姿を消してしまった。……そのあと私は五十年、一人で冒険してみたけど……やっぱり、あんまり楽しくなかったなぁ」
目の前の空間に視線を向ける。
そこに残るのは、イザナが置いていった月影装備の微細な魔力の残渣。
「……彼の装備を見たら思い出しちゃったよね。あの頃さぁ、カリバーンが眠っているって噂を聞いてさ、意気揚々とS級深層領域に挑んだんだよねぇ……。でも、出てきたのはカリバーンなんかじゃなくて、まさかの月影だった。あなた、あの時本気で笑ってたよね……『こっちの方が強ぇじゃ〜ん』って……ふふ、懐かしいなぁ、もう一度……あの頃みたいに冒険がしたい……なんてね、三百年も経って今更だよね」
メイカはそこで言葉を切った。
静寂。
その静寂は、実際に一時間、途切れることなく続いた。
だが527年生きた彼女にとっては、この一時間では到底、記憶の整理など追いつかない。
むしろ、その一時間は何百年にも引き伸ばされたかのように感じられた。
故に、封じていたトラウマも、同時に溢れ出してしまう。
人として扱われなかった日々、痛み。苦しみ。懺悔。罪。後悔。嘲笑。命令。罵倒。悲鳴。慟哭。器具の軋む音。鎖の冷たさ。肉が裂ける音。薬液の匂い。耐え続け、黙り続け、壊れないよう閉じ続けた心。壊れた魔法。壊された身体。閉じた感情。何度も、何度も、何度も。
また……
押し込めてきたそれらが、濁流となって硝子の心を叩き割る。
何度も、何度も、何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
……でも、そんな地獄の中で。
唯一、メイカに生きる理由をくれたのはザイルだった。
だからこそ……。
「あああああああああああああああああああああッ!!!! 言えばよかった……ッ!! なんで言わなかったの私は!! なんで……なんで“ありがとう”の一言すら……言えなかったんだよおおお……!! あなたが……あなたが初めて……私に“自由”をくれたのに……ッ!! ねぇ……聞いてよ……! あなたと歩いた六十年……あれが……あれが私の五百年の人生で初めて生きてるって思えた時間だったのに……ッ!!
はは……今さら言っても遅いって……? そんなことッ!! わかってる……わかってるよッ!! それでも……なんで、なんで言えなかったの……なんで笑えなかったの……どうして……どうして私はッッッッッッ!!!?!?!?!?」
後悔してもしきれない。
だって、いきなり居なくなるなんて、当時の私は思いもしなかった。
毎日が楽しくて、あの旅は永遠に続くものだと信じ込んでいた。
だから、ザイルの中で変わり始めていた感情なんて、私にはわからなかった。
――わからなかった。
――わからなかった……。
――わからなかったッ……!!!!!
……馬鹿みたいね、あはは……後悔しても遅いのに。
泣き崩れた表情のまま、ゆっくりと冷静さを取り戻す。
皮肉にも、長い年月で身についた「泣き崩れる度に心を殺す癖」が、勝手に彼女の感情を抑え込んだのだ。
「……いけない。こんなの、今さら感傷に浸ってる場合じゃないのに……っ……」
椅子から静かに立ち上がる。
「さて……仕事を、始めましょうか……
――<空間魔法・マギア・ルーム>」
詠唱と同時に、空間が反転する。
小さな工房は、一瞬で世界最高峰の魔導工房へと姿を変えた。
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