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第40話 『元A級との模擬戦』

「支部長のラグナス・ロックホーンだ。よろしくな、新人くん」


そう名乗った男。

右目の下に古い傷跡があり、荒れた短髪に無精ひげという、いかにも場数を踏んだ戦士の風貌をしていた。


「……あ、あぁ、よろしく頼む」


ラグナスは俺を見るとその目を細め、まるで奥の奥まで見透かそうとするような視線を向けてきた。


(……ふむ、こいつがイザナか……カイルが、わざわざ俺のところまで来て名前を出した新人……。

パーティ構成もおかしいな、エルフの少女に……竜族? いや、あれ……竜族じゃねぇな、妙だ……。

それに、この男の気配の薄さ……目の奥も黒い……暗殺者(アサシン)の目……ヤバいな、何者なんだ……こいつ)


……じっと観察されているのが分かる。

……無言の圧がすげぇ。


「おーい、そんな黙って見られると恥ずかしいぞ?」


軽く声をかけると、ラグナスはハッと我に返ったように咳払いした。


「あぁ、すまん。……で、だ。ドラグナイトってのは、基本欠けや質落ちで持ち込まれるもんだが、それでも最低金貨二百枚だ……だが、もしこれが本物で純度の高いドラグナイトだった場合は金貨八百枚はくだらんだろう」


「まじか、そんなに金貨もらえるのか?」


金貨八百枚……。

正直、俺ひとりなら余裕で遊んで暮らせるレベルだ……俺ひとりならだが。


ラグナスはドラグナイトを手のひらで転がしながら続ける。


「今日中には上級鑑定士の呼び出しもかけておく。結果が出るまでは……そうだな、数日は待ってほしいところだ」


「そうか、でも手持ちの金がもう尽きそうでな……あ、そうだ、スカイレイヴンの素材も買い取ってもらえないかな?」


「スカイレイヴン、だと……? あぁ、問題はない。買い取ろう……だがな、ドラグナイトなんて普通の冒険者なら一生かけても取れんような代物だぞ? ましてやルーキーが気軽に持ってきていい品じゃねぇ……が、まぁ、どこで採ってきたかは聞かんでおこう」


「ありがたい……」


「正直、俺も長くこの仕事をやってるが……実物を見るのは初めてだ。古竜の血が長い歳月をかけて結晶化したとされるドラグナイト。学者や貴族が喉から手が出るほど欲しがる代物だ……ただ、ギルドに持ち込まれた時点で国家買取案件になる。貴族にふっかけりゃ、もっと高値で売れるのは確かだが……それでも、ここで売るつもりか?」


「あぁ、売ってくれ」


「いいだろう」


ラグナスは一度頷き、事務的な口調に戻った。

「では数日後にギルドバンクの口座へ金を振り込んでおく。受付にギルドカードを持っていけば、そのまま引き出せるから受け取り確認だけは忘れずに頼む」


「わかった、ありがとう」


そういえば、ザイルから「整理師のメイカに会っとけ」って言われてたな、とりあえず次はそっちだな。

そう思い、俺はその場を離れようとした。


「……ちょっと待て」


「え? なんだ?」

 

反射的に振り返る。

……俺、なんか悪いことしたか?


「悪いが……新人くん。君の実力を確かめさせてくれないか?」


「は、はぁ?」







演習場の中央、二十メートルほどの距離を置いて、俺とラグナスは向かい合った。


「これでも元A級パーティーの副リーダーだ。遠慮はいらん、全力で来い」


「了解……さっさと終わらせるぞ」


「では参る!

――<土魔法・ストーンスキン>」


ラグナスの剣に厚い魔力の装甲がまとわりつき、予備動作すら無いまま、地をえぐる勢いで一気に迫ってきた。

攻撃力と防御力をまとめて底上げする、典型的な土属性の魔法戦士のスタイル。

……速さだけ見れば、どこかリュミナの踏み込みを彷彿とさせる、この男もただの魔法戦士じゃないな。


「<ブラッド・ソード>」


俺は魔力を剣へと変えて最速の踏み込みで迎え撃つ。

剣同士が触れた瞬間、腕の骨がきしむような重さがのしかかり……その一撃にブラッドソードは耐えきれず、まるで硝子細工のように粉砕される。

剣……いや、まるでハンマーを片手で受けたような衝撃だ。


「ほう、これがヒーラーか」


ラグナスは楽しげに低く呟くと、そのまま次の構えに入った。


「やべっ……!」


反射的に二歩バックステップして距離を取る。


……マジかよ。こいつ、完全に殺す気だろ。

こんな化け物、手加減なんてしてる場合じゃねぇな、少し本気でやらんと俺が死ぬ。

 



一瞬の間、仕切り直し。

……おそらく近接戦は不利……ならば、距離を取りつつ削るしかねぇッ!

 

 


「<ブラッド・バレット>」


周囲に血弾を数十発展開し、そのまま一直線に射出する。

この程度の弾幕、A級冒険者なら当然捌いてくるだろうが、まさかヒーラーから中距離魔法が飛んでくるとは思ってねぇはずだ。

 

「<上級魔法・大地の守剣(ガイアガード)>」


詠唱と同時に剣を地面へ突き立てると、ラグナスの足元から地がうねり上がり、目の前に分厚い土壁がせり上がった。

俺の血弾は、その壁に突き刺さり、弾かれ、無惨に砕け散っていく。


「……馬鹿げた強さだな、お前」


俺の中距離魔法を……完封、だと?

威力も、弾速も、まだいくらでも上げられるが……それをやっても、この男なら正面から押し返してくる気しかしねぇ。


「馬鹿げてるのはお前だよ、クソヒーラー」


崩れ落ちる土壁の向こうから、ラグナスがゆっくりと姿を現した。


(なぜ、こんな魔法使いが今まで野放しだったんだよ! こいつが本気出したら……いや、あまり考えたくないな)


「<土魔法・ロックバインド>」


ラグナスの足元が割れ、そこから土の鎖が五本、四方八方へ一斉に飛び出し、蛇のようにうねりながら俺へ絡みつこうと迫ってきた。


……戦争の基本は包囲殲滅。

第二次世界大戦のスターリングラード攻防戦や、カンナエの戦いみたいに、包囲されて勝つなんてまず無理だ。

だが、まさか一対一の戦いで、包囲戦を仕掛けてくるとは思わない。

当然、後ろも塞がれてるせいで回避すらできない。


それでも、一気に包囲された鎖を、斬り払い、叩き落とし、弾き返す。

……だが、その処理のわずかな隙を逃す相手ではない。

気づけば、ラグナスは俺の真正面まで踏み込んでいた。


「<ユニーク魔法・アースシェイク>」


ラグナスが足元から地面へ魔力を叩き込んだ刹那、大地が爆ぜるように揺れた。

まるで震度六強の衝撃をくらったみたいに、俺の姿勢が大きく崩れた。


「もらったぞおおおおおお!!!」


ラグナスが剣を高く振り上げる。

おそらく、こいつはこの震動技を起点に畳みかけるつもりなんだろう。

だが……ここまで至近距離なら、むしろ俺の領域なんだわ。


「<ブラッド・ガントレッド>」


両腕に血の装甲を纏わせ、剣士から闘士へ戦闘スタイルを切り替える。

右手のブラッドソードを即座に解除、迫りくるラグナスの剣を左手のガントレッドで受け止めた。


「な――っ!?」


驚く暇も与えず、俺は右拳をまっすぐ、ラグナスの胴へ軽く叩き込んだ。


「――勝負あり!!」


審判役の職員が、慌てて演習場の中央へ飛び込んできた。


……くそ、久しぶりに胸がゾワッとしたぁ!!

リュミナと戦って以来か!? でも、こういう実力者との殴り合い、嫌いじゃねぇ……!


演習場の観客席から、どっと歓声が湧き上がる。


「凄いです! 先輩!!」

「イザナ様、すご〜い! あの人めっちゃ強かったのに〜!」


リカとリュナが左右から勢いよく抱きついてきて、俺の腕を引っ張ったり揺さぶったりしてくる。


「お、おい落ち着けって……!」


そこへ、ラグナスがゆっくり手を叩きながら歩いて来た。


「いやはや、素晴らしい」


「いや、あんたの方が凄いよ……」


「はっはっは、それを言うならイザナくんの方が凄いぞ? 俺の四十年の研鑽がこんな若い奴に破られるとはな……いや、俺もまだまだ修行が必要だ……それと、君の魔法について少し聞きたいのだが」


「こほん、ラグナス様。大変恐縮ですが、本部から回ってきた処理案件が山積みでして、そろそろご確認を」


横から、丸眼鏡をかけた受付嬢が、小声でそっと割り込む。


「あ、あぁ……そうだったな、すまない。イザナくん、ちょうどスカイレイヴンの査定も終わったようだ。忘れずに受付に行ってくれ……では、また」


ラグナスは気まずそうに後頭部をかきながら、しぶしぶ話を切り上げた。


「あぁ、わかった。リカ、リュナ、行くぞ」






イザナたちの足音が遠ざかり、声も届かなくなったところで、ラグナスは隣に控えていた受付嬢へ声を潜めて話した。


「……見たか、さっきの動き」


「はい……ヒーラーとは思えない反応速度でしたね、あれは……」


「間違いなく只者じゃない……悪いが、しばらくあの新人を監視しておいてくれ」


「……危険人物、という判断でしょうか?」


「いいや、念のため動向を記録しておきたい……北冠帝国やミース=ヴェルナ海霧公国の刺客って線も、完全には否定できんのでな」


「……承知しました」


ラグナスは顎に手を当て、イザナの去った方向を見つめる。


(さて、あれが吉兆か災厄か……見極めねばならんな)

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