表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺し屋上がりの生命魔法使い〜俺は一応ヒーラーとして転生したんだが〜  作者: 刻彫
第一章 『異世界スローライフ(?)』
4/28

第3話  『アドレナリン』

異世界に来て二日目。


朝風呂を済ませ、テーブルに持ち物を並べて確認する。

懐中時計、ハンドガンと予備マガジンが二つ、マルチナイフ、ライター、財布……そしてタバコは、ない。

財布の中身には色々な国の紙幣や硬貨が詰まっていたが、この世界じゃ使い物にならないだろう。


外に出ると、朝の日差しと森の匂いが心地いい。

深呼吸をひとつ。肺の奥まで澄んだ空気が満ちる。


……空気がうまい。


俺の求めてたハワイでのスローライフとは違うけど、これはこれで悪くない。

……悪くないんだが。


このうまい空気で吸うタバコは、絶対最高だろ……。


そう思った瞬間、無性に恋しくなった。

転生前の世界じゃ、喫煙者は高額納税者のくせに、喫煙所は減る一方……端に追いやられ、肩身の狭い思いばかりしてきた。

ああ……思い返すだけで涙が出そうだ。


……いや、いかんいかん!

せっかく異世界転生したんだ。タバコは一旦やめて、クリーンな人生を歩んでみるのも悪くないかもしれない。


「……はぁ。そういうことにしとくか」


独りごちたところで、背後から声がかかった。


「先輩、おはようございます……。相変わらず朝、早いですねぇ」


寝ぼけ眼で髪をくしゃくしゃにしながら、リカが顔を出す。


「おはよう〜。そうだ、リカのチートスキルを見せてくれよ!」


「え? 私にチートスキルなんてないですよ〜」


「……は?」


拍子抜けして固まる俺。

だって、転生する時にあのドジっ子天使が言ってただろ?

『転生者には一つだけ強大なスキルとか、伝説級の装備とか、莫大な資産とかを与えるのが神界の決まりですぅ!』って。


……あれ? いや、そんなこと言ってたような……気がするんだよ……な? もしかして、リカはそのへんケチられたのか?


頭の中でぐるぐる考える。

転生してまだ二日目だってのに、すでに世界の不公平感に直面することになるとは……。


するとリカが、頬をかきながら少し照れ笑いで言った。


「ま、まぁ……私からしたら二十年も前のことですから。もうそんなこと忘れちゃってますよ〜」


「おいおい、あんな大事な場面だぞ。普通忘れるか?」


「でも、風魔法だけは二十年鍛えましたから! だから十分チートですよ! ふふふ……見ていてください!」


リカは人差し指を俺に向け、まるで銃を構えるように姿勢を整え、狙いを定める。

中指をパチンと弾いた瞬間、指先の空気が弾け飛んだ。


――パンッ!!


乾いた破裂音とともに、透明な弾丸が空気を裂いて突き進む。風圧が頬を撫で、耳の奥がキンと鳴る。

振り返ると木の表面に、拳大の凹みがくっきりと残っている。

……速ぇ。ただの空気の弾が、銃弾クラスの威力だ。おそらくマッハ1はある。


「ど、どうですかっ!?」


「いやいや、殺傷力高すぎるだろ……いきなり上級魔法見せられても困るぞ」


「いえ……これ、おそらく初級魔法レベルですよ? 私がこの世界で最初に身につけた技ですし」


「はぁ!? これで初級!?」

思わず声が裏返った。


いや、ちょっと待て。

初級魔法でこの破壊力って……この世界の魔法、常軌を逸してないか?

それとも、これがお前のチートスキルなんじゃないのか?


「……リカ。もしかして、それって……お前のチート――」


言葉を言い切る前に、リカが元気よく被せてきた。


「はいっ! 先輩の考えてることはわかりますよ! これを散弾銃みたいにできるのか!? ですよね!? もちろんできますとも!」


……いや、違――……え、できるのかよ!?


すると、リカは嬉しそうに手をかざす。

次の瞬間、さっきと同じ圧縮空気の弾が今度は無数に、手のひらの前でぷくぷくと膨らみ始めた。

 

「<エアーショット>」


リカの甲高い声と同時に、散弾のように弾け飛ぶリカの腕が跳ね上がった。まるでショットガンをぶっ放したかのような反動だ。

弾けた弾丸は木に直撃し、幹の表面は抉れ、白い木肌がむき出しになっている。細い枝は粉砕、太い枝にもところどころ亀裂が走っていた。


「ど……どういう原理なんだ……」


「科学的にはベンチュリ効果に近いです! 指先に空気を集めて、周囲の分子の運動を抑え、密度を高める! そして一気に低圧へ放出することで、高圧空気の弾丸になるんです!」


息を弾ませながらも、リカは得意げに胸を張る。

その青い瞳がきらりと光り……ふっと、不敵な笑みを浮かべた。


「……でも、先輩の魔法は生命魔法でしたよね?」


「あ……あぁ……」


……リカのこの顔は……嫌な予感しかしない。

そして、その予感はすぐに的中することになる――。


リカは地面に落ちていた枝を数本拾い上げ、手のひらに風を纏わせて加工し始めた。

風の刃が木を削り、数十秒も経たないうちに……


「……よし、できました!」


彼女の手の中にあったのは、木製の短剣――見た目はコンバットナイフだ。


「おいおいおい……なんでいきなり短剣なんか作るんだよ!」


リカは不敵な笑みを浮かべ、短剣をくるりと投げて俺の手元に転がす。

そして一歩近づき、吐息がかかりそうな距離で、甘ったるい声を響かせた。


「せんぱぁ〜い……ふふ、ねぇ……どちらかが倒れるまで、遊びましょうよ〜。だって、生命魔法って……怪我してるときか、今すぐ治療が必要なときにしか使わないでしょ? だったら、まずは本物の傷で試さなきゃ……お話になりませんよねぇ……?」


……スローライフが目標だってのに、と思いつつも理屈は通っている。誰かを救う前に、まずは自分の体で実験するしかないのかもしれない。


「わかった、手加減は無しだ。あとお前は魔法無しだ。普通に俺が死ぬ……」


受け取った短剣を握りしめる。

リカは二刀流で短剣を構え、にやりと笑うと距離を取り、弾んだ声で叫んだ。


「じゃあ、いきますよぉっ!」


「よし、こい!」


リカが地を蹴り、一直線に迫る。刃と刃がぶつかり合う。動きのキレは昔と変わらない。だが速度が、明らかに違う。今のリカの速さは、以前よりずっと鋭い。


どうやらこの二十年、リカは風の流れや空気の癖、呼吸のリズムに至るまで磨き抜いてきたらしい。刃一本一本にその蓄積が宿っている。重心の移動と足さばきは軽やかで、隙の見えない斬撃の嵐が襲いかかる。


俺は間合いを測り、呼吸を整え、リカの刻むリズムの隙を無理やり探した。差し込むタイミングを狙って踏み込む……しかし、空気の流れを読み、リカは先に自身の動きを修正し、俺の攻撃は軽くいなされる。


――やっぱ隙がねえし……速ぇ……これが二十年分の研鑽か。


「せんぱぁい……そんなに必死なお顔、久しぶりに見ました……もっと見せてくださいね?」


クソッタレ……! 攻撃を挟みながら甘い声で煽ってきやがる。

俺には煽り返す余裕なんてねぇ……捌くだけで手一杯だっての!


……そうだ。ドジっ子天使が言ってたじゃねぇか。

魔法は引き寄せの法則、大事なのはイメージと信じる気持ちだって。


ん? 生命魔法のイメージって……なんだ?

生命……それなら今、俺は戦闘のど真ん中だ。体中からアドレナリンが出まくってるはずだぞ。

なら……それをもっと強制的に分泌させるイメージだ。


……そうだ、思い出せ。

殺し屋時代……最初の任務で心拍を跳ね上げたあの瞬間を……自分で意図的に心拍を高ぶらせろ……。


次の瞬間、心臓がバクンと跳ねた。

熱が血管を駆け巡って、全身を焼くように熱くなる。


……これだ。

俺自身の生命力を、魔法で引き出せばいい。


「<アドレナリンサージ>」


その言葉と同時に、心臓がドン、と跳ね、さらに鼓動が加速する。

視界が異様に明るくなり、音がやけに鋭く耳に突き刺さってくる。

だが、心拍を制御できない。

必要な酸素が増えすぎて、呼吸が追いつかない。

闘争ホルモン――アドレナリン。スポーツでドーピングにも使われるほどの効果であると同時に、危険度も跳ね上がる。

今の俺は、オーバードーズ寸前だ。

だからこそ、最速で決めなければならない。


攻撃を捌く速度を一段上げると、刃の嵐の合間にリカの表情がほんの僅かに崩れた。

その隙を逃さず、俺はリカの左手を掴みつつ、自分の短剣を振り上げた。

刃と刃がぶつかる。重い衝撃が腕に伝わり、その勢いで彼女の短剣が弾かれ、コロンと床に落ちた。

そのまま踏み込んで、喉元に刃を突きつける。


「……勝負ありだな」


言った瞬間、パチンと糸が切れたみたいに全身から力が抜ける。

握っていた短剣すら支えきれず、足元にコロンと落ちた。


「っ……くそ……」


魔法は確かに成功した。だが制御は全くできていなかったのだ。

身体が持たず、血糖も酸素も底を尽きかけている。


……あ、やべぇ……倒れる……。


……そうだ、肝臓に働きかけろ……。グリコーゲンを分解して血中に糖を……。

必死にイメージしようとするが、視界は急速に暗く閉じていく。


リカが慌てて両肩を支え、何かを叫んでいる。

だが耳に届く前に、意識は闇に引きずり込まれ……


俺はそのまま、リカの胸へ倒れ込み、気を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ