第36話 『幕間:セシア』
夕暮れの平原を、イザナとリュナが肩を並べて歩いている。
その背中が小さくなっていくのを、セシアたちは黙って見送っていた。
「本当にいいクマね? 着いて行かなくて……」
クマノが、心配そうにセシアへ声をかける。
「だからさっき言ったでしょ? 私は、馴れ合いなんて好きじゃないの……放っておいてくれない?」
セシアはいつも通りの強気な声で言い放った。
「で、でも、セシア嬢……
――なら……なんで……泣いてるクマよ……」
「……っ!」
言われて、ようやく気づいた。
頬を伝う涙は、もう止まらなくて……止まらなくて……。
私は、イザナとリュナと、もっと一緒にいたかった……たった一日しか過ごしてないけど……でも、あの二人に出会わなかったら、私はまだあの地獄で……。
あぁ……こんな情けない顔……絶対、誰にも見られたくなかったのに。
「う、うるさい!! だって……だってイザナとリュナが……あんなに……っ……ひっ……エナぁぁぁぁぁ……っ……! うわぁぁぁぁぁん!!」
セシアはエナの胸に顔を押しつけ、子どもみたいに、肩を震わせてわんわん泣き崩れた。
涙も鼻水もぐちゃぐちゃで、必死にこらえていた強がりなんてもう……跡形もなかった。
「お、お姉さま……っ、こほん……よしよし……泣かないで……」
エナは困りつつも、優しく背中を撫でてあげるしかなかった。
そんな静かな姉妹の時間を、まるでわざと踏み潰すかのように、乾いた男の声が割り込んできた。
「おおっと、感動シーンの途中で悪いんだが……さっきの戦い、全部見させてもらってたぞ」
「……え?」
「ヒーラーであの火力は異次元だな。なぜ今まで表舞台に出てこなかったのか、謎しかない」
「だ、誰クマ!?」
クマノが驚いて振り向く。
すると、洞窟の岩陰に、腕を組んで座り込む大きな影があった。
額には赤い鉢巻きに、鋭い目つき、背には赤い槍。
身長は180センチほどの茶髪の青年で、装備こそ軽装だが、戦闘慣れしたオーラが滲み出てる。
「落ち着け、俺はカイル・ハーランド。B級ギルド職員兼、C級冒険者だ……まあ、この地方じゃ鬼人って言った方が分かりやすいか?」
「き、鬼人カイル……本来は最低6人パーティで挑むB級魔物、あのカニバル・オークの群れに……た、単身で突っ込んで全滅させたって噂の……! あ、頭のおかしい槍使いって……言われてるクマ……!!」
カニバル・オークとは、通常のオークより凶暴でその名の通り飢えれば同族すら捕食する狂気の魔物だ。
A級の冒険者でさえ単独で群れに突っ込むことはまず無い。
だが、それを C級の若造がたった一人で壊滅させたのだ。
その出来事は、のちに冒険者の中で語り草となり、こう囁かれるようになる。
「こいつこそが、真の鬼人だ……!」
これが、カイル・ハーランドに「鬼人」の二つ名が与えられることになった所以である。
「……おい、頭のおかしいは余計だろ……ま、一人で突っ込んだのは、仲間が弱すぎたからなんだがな……」
「そんな男が……なぜここに居るクマ?」
「グレインの手配書にはな、致命的なミスがあったんだ。確かに最終ランクはC級なんだが……あれはグレインが降格処分された後の等級でな」
「だからなんだって言うのよ……」
「本来のグレインはA級一歩手前まで上がってた化け物だ。だから危険度はA級で手配すべきだった……それなのにギルドのアホがやらかして、C級区分で手配しやがったんだ。で、その尻拭いに俺が派遣されたんだがよぉ……来てみりゃあ、もう全部片付いてやがる……」
「ってことは……この依頼は、本来はもっと難易度の高い依頼だったと言うクマね……?」
クマノがごくりと唾を飲み込んだ。
その反応に、カイルはやれやれと言いたげに肩をすくめた。
「まぁ、そういうこった。さっき本部とも連絡を取ったんだが、今回の依頼は本来のA級換算それに加えてグレインの凶悪性、さらには魂の違法加工の疑いまで考慮して……討伐報酬は、金貨八十枚……加えて、加害者の救出と被害抑止を評価して……クマノ・バルケン、お前をD級からC級へ昇格、さらにB級試験の受験資格を与える」
「えぇぇぇぇぇクマッ!? オ、オイラが!? B級!? そんなの無理クマよぉぉぉ!!」
その反応も無理はない。
本来、C級というのは冒険者の主力層であり、多くの冒険者が一生をかけても辿りつけるかどうかの最初の壁だ。
ましてや、B級試験の受験資格となれば、何年も実績を積んだベテランにしか与えられない。
それに今回は、イザナがたった一人で倒したにもかかわらず、報酬も功績も丸ごと放棄したため、その功績を別の者へ振り分けるという異例の処理が行われた。その結果、クマノがその恩恵を受け取る形になったのだ。
……動揺しないほうがおかしい話なのだ。
カイルはそんなクマノの狼狽を気にも留めず、次の対象に視線を向けた。
「そして、セシア・ギアライト。お前はF級からC級に昇格だ」
「はあああああっ!? ちょっと待って!! 私は身分証が必要だったから作っただけなのよ!? C級なんて肩書、冗談じゃないわ!! そもそも私がC級の依頼なんか受けられるわけないじゃないの!! 実力が伴わないわ!!」
さっきまであれほど溢れていた涙が、カイルの一言でぴたりと止まっていた。
「落ち着け。結果的にA級クラスの事案を解決した者としての処理だ。文句があるなら本部へどうぞ」
「余計タチ悪いじゃないのよそれえぇぇ!!」
「でもよ……お前ら、霊魂鍛治師を探してんだろ? A級やS級まで行けば、その手のヤベぇ情報も自然と入ってくる。少なくとも、地下のドワーフ王国の噂くらいはな。……ま、欲しいもんがあるなら、強くなるこった」
カイルはポケットから葉巻を取り出し、カチッと火をつけて咥える。
ふーっと煙を吐き、半目でセシアを見つめた。
まるで、「霊魂鍛治師に会いたくて仕方ないんだろ?」と全部お見通しだと言わんばかりの目だ。
「……っ、なによっ、その目……わ、わかったわよ! なればいいんでしょ! なれば!! よしっ……! そうと決まれば、クマノ! エナ! 私たちでパーティを作るわよ!」
「え、オイラもクマ!? さっきまで馴れ合いは嫌い……とか言ってたクマよ!?」
「それはそれ、これはこれよ! それに、あんたが私たちに戦い方や魔獣の知識を教えてくれないと困るんだから!!」
「ふふ……これから、もっと楽しくなりますね……クマノさん」
「そ、そうクマね……! オイラも……B級、目指して頑張るクマよ!!」
「じゃあまずは、報酬を貰いに行くわよ! 私についてきなさい!」
セシアは勢いよくくるりと振り返り、涙を拭いながらも、もうその顔には凛とした笑みが戻っていた。
こうして、セシアパーティーの冒険は始まった。
のちに彼女たちは幾多の苦難を越え、近い未来、再びイザナ達と巡り会うことになる。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。




