第31話 『魔獣調教師』
俺たちが洞窟の中を進んでいくと、通路のど真ん中でこちらを待ち構えていたかのように腕を組んで仁王立ちする男がいた。
「クーマクマクマクマ! この先は行かせないクマ!!」
耳に残る奇妙な笑い声に、思わず目を細める。
そこに立っていたのは、がっしりした中年の男だった。
顔だけは妙に渋いくせに、なぜか顔出しタイプのシロクマ着ぐるみを着込んでいる。
しかもその上からゴツいメリケンサックを装着しており、服装も装備も顔つきも、何一つ噛み合っていないせいで逆に怖い。
だが、それ以上に目を引いたのは横に立つ牛頭の魔獣だった。
体格はそこそこだが、身長はせいぜい二メートルってところだ。
……角も短ぇし、ミノタウロスの幼体ってとこだな。《魔獣分類書》にも載ってたが、幼体でも普通の冒険者がまともに相手できるようなヤツじゃねぇ……とはいえ、大雪山で出会った暴牛王に比べりゃ、可愛く見える。
それにしても……おっさん、その服装で魔獣連れてどんな趣味してんだよ。
思わずため息が漏れた俺の横で、セシアが青ざめていた。
「彼は……D級魔獣調教師のクマノ・バルケン……」
「あぁ……知ってるのか……この変態、有名なのか?」
「知ってるどころじゃないわ……! D級のくせに、A級魔獣のミノタウロスを従えたって噂があったのよ……嘘だと思ってたけど……ほんとだったのね……」
「はぁ、ミノタウロスね……それよりお前、その “クマァ” って鳴き声はなんなんだ。どういう感情なんだよ」
「クマはクマらしく振る舞うのが礼儀クマ!!」
「礼儀とかどうでもいいけどさ……邪魔なんだわ。どいてくれないか?」
「だ、だめクマ! オイラは最後の門番クマ! ここを通すわけにはいかないクマ!!」
俺はじとっと視線を送る。
……門番? その着ぐるみでか……ま、念のため観察眼で見とくか。
対象:シロクマのモコモコ魔装
状態:美品
効果:物理軽減。毛皮に魔力が通り、衝撃・振動を吸収する。
……なるほど、ただの着ぐるみでは無さそうだな。
「なめてると痛い目みるクマよ!」
クマノはぐっと腰を落とし、拳を前に突き出す。
着ぐるみのせいで全て台無しだが、隙のない、いい構えだ。
「おぉ……見た目にそぐわず、武器はガチなんだな」
「熊は強いクマ! 行くクマ!!」
「はいはい……じゃ、三分だけ付き合ってやる」
「クーマクマクマァァ! ミノ! いくクマ!!」
クマノの叫びに合わせて、ミノタウロスが前足をズシリと踏み込み、短い角を突き出して構えた。
「ムゥッ!!」
……魔獣調教師、魔獣と連携して戦うタイプか。
だが、妙だ……こいつらからは、殺しの現場で感じる殺気がほとんど伝わってこないし、ミノタウロスはどこか怯えてるように見える。
……ま、理由はどうあれ、売られたケンカは買うしかねぇよな。
「……来いよ」
その声が合図になったかのように、クマノが地を蹴って突進してきた。
踏み込みは凄まじく、洞窟の空気が震えるほどだ。
だがその横で、ミノタウロスは微動だにせず、怯えた目で俺を見つめていた。
「……なんであいつ、戦わないのよ?」
セシアが怯えた声でリュナへ問いかける。
「え? だって……」
もちろん、怠けているわけでもサボっているわけでもない。
ミノタウロスほどの高位魔獣は、本能が鋭く、勝てる相手と勝てない相手を一瞬で見抜く。
そして今、その本能はイザナを「絶対に勝てない相手」つまり「捕食者」と判断してしまっていた。
なぜなら、かつて大雪山で飲み干した暴牛王の血と魔力が、いまもイザナの魔力と同化している。
ミノタウロスにとって暴牛王とは畏怖すべき象徴。
その魔力を纏ったイザナは、彼らから見れば……
――絶対序列の頂点に立つ者だった。
だから、ミノタウロスは動けない……本能が「近づけば死ぬ」と理解してしまったのだ。
「……イザナ様の中には、暴牛王の魔力が残ってるんだよ〜。普通のミノタウロスから見たら……怖くて動けなくなるのも、当たり前だよね〜」
クマノは横で震えるミノタウロスに気づき、足を止めて眉をひそめた。
(ミノ……こんな震えてるの初めてクマ……どんなB級魔獣相手でも引かなかったのに……)
「……しょ、しょうがないクマね。ミノが動けないなら、オイラが前に出るだけクマ! これがオイラとミノの努力の結晶クマァ!! ベアァッ・ミノインファイト!! クーマクマクマクマッ!!」
クマノの身体が爆発的な加速で跳び、十数発のインファイトが、残像を残して一気に迫ってくる。
……着ぐるみ姿も相まって、見た目はアレだが、動きは本物だ。……おそらく職業専用スキルか何かで、ミノタウロスの筋力と技を部分的に共有しているのだろう。
だが、俺はすべての打撃を紙一重でかわしながら、ふと違和感に気づく。
……狙いが甘い、拳の軌道は鋭いが、どれも急所を確実に外している……いや、そもそも――
――殺す気がねぇな、こいつッ!
致命を狙わず、あくまで倒すだけに抑えた攻撃……これは意図的にか……?
「おい、高位魔獣を使役してるのに、なんでD級なんだ? その力なら、D級で収まる器じゃねぇだろ」
俺はわざと挑発気味に声をかけ、揺さぶりを入れる。
すると、少し後方にいたセシアが、こちらに聞こえる声量で言った。
「理由はね、クマノ本人の基礎戦闘能力が低いからなの!」
「ほう……」
セシアは続ける。
「でも、その弱点を補って余りある魔獣調教師としての腕は本物よ。魔獣との魔力同調、精神リンク、能力共有……あの辺はD級の範囲じゃないの! 本来ならC級、むしろB級に片足突っ込んでてもおかしくないレベル!」
……さっきの拳がやたら重く、速かったのは、自身が強いからじゃなくて、予想通り、筋力もスピードも全部ミノタウロスとの共有で底上げされてたってわけだ。
「でも、ギルドの規定上、魔獣調教師は本人の基礎戦闘力が一定以下だと、どれだけ強い魔獣を従えていてもランクが上がりにくいのよ! だから彼はずっとD級のまま……なの。でもね、イザナ! 実戦では彼は間違いなくC級以上よ。魔獣の力を完全に扱えるなら、人間としての弱さなんて関係ないもの!」
セシアの説明に、クマノは胸を張って大きく頷いた。
「クマクマクマァ! そうクマ! オイラは自身の力じゃ戦えないけど、魔獣の力を借りれば戦えるクマ!! いっくクマよォ!! ベア・ナックルッ!!」
叫んだ瞬間、再び……今度は凄まじい速度で間合いを詰めてきた。
着ぐるみ越しからでも分かるほど隆起した筋肉は、もはやミノタウロスそのもの。
……やっぱりD級の速度じゃねぇな……だがよ、そんな借り物の強さで満足してんのか?
俺は小さく息を吐き、右腕をゆるりと構える。
「ま、とりあえず一発受けてみるか……<ブラッド・ガントレット>ッ!」
魔力が右腕にまとわりつき、真紅のガントレットが瞬時に形成される。
俺は両腕をクロスさせ、そのまま迫る拳を受け止めた。
衝撃は重い……が、当たる直前で力を抜いたな、やっぱりこいつ、本気で殺す気はねぇ。
「でもよ……一発は一発だよな」
俺はゆっくりと拳を握り、右手に全神経を集中させる。
「――<生命魔法・神経電撃>ッ!」
俺の拳が鳩尾に深くめり込み、そこから流れ込んだ電撃がクマノの全身を駆け抜けた。
「ク、クマァッ!?!?」
着ぐるみ全体がビクンッと跳ね上がり、クマノは膝から崩れ落ちる。
白目をむいたまま痙攣し、着ぐるみの口からはクマ型の蒸気が「ぷしゅっ」と抜けた。
……一応、生体スタンガンだ。ブラッド・ガントレットと組み合わせれば、致命傷を与えずに無力化できる。
まあ、拳の衝撃で致命になることもあるが……今回はかなり力抜いたぞ。
クマノが倒れたと同時に、ミノタウロスが心配そうに駆け寄ってきた……いや、それだけじゃない。
洞窟の奥から、ホーンラット、オレンジラビット、火トカゲの幼体まで、ぽつぽつと姿を見せ始める。
そして全員、迷うことなくクマノの方へ……
「モォ……モォォ……」
「キュ……キュルル……」
「キュアァァ……!」
……え、魔獣が泣くのかよ。
ミノタウロスは、倒れたクマノを両腕でそっと抱き上げる。
大きな手で揺すりながら、子供のようにに低く鳴いた。
足元ではオレンジラビットがぴょんぴょん跳ねて、心配そうにクマノを見つめている。
「イザナ様、なにあれ?」
リュナがぽかんと目を丸くしてつぶやく。
「……いや〜、道塞いで突っ込んできたのは向こうなんだけどよ? こうなると、ちょっと胸が痛むな……あいつが本気で殺す気じゃなかったのは伝わってたしな」
セシアも、信じられないものを見るように呟いた。
「クマノ……魔獣たちに、すごく懐かれてたのね。きっとグレインを守っていたわけじゃなくて……魔獣を守るために、仕方なく従っていただけなのかもしれないわ。もしかしたら……彼もグレインに利用されてただけなのかも」
……ああ、なるほどな。どうりで殺気が薄かったわけだ。
さっきの拳も踏み込みも鋭いくせに、急所を外し、威力も殺さない程度に抑えてた。
ま、どっちにしろ、こいつは最初から殺す気なんざ無かったってことだ。
ミノタウロスは、倒れたクマノの頬にごつい指でそっと触れ涙を浮かべた目で、低く鳴いた。
「……モォ……」
俺はもう<ブラッド・ガントレット>を解いていた。
「クマノと魔物、殺さなくていいの? トドメは……?」
リュナが首をかしげて尋ねた。
そこに悪意なんてなく、ただ倒れた敵にはトドメ、それが普通だと思っているだけなのだ。
「守りたいもんのために戦ったやつを俺は殺せねぇよ。それに、もし俺がリュナを守るために戦って、目の前で殺されたら……お前はどうするよ?」
ふと沈黙。
リュナは、まるで最悪の想像をしてしまったかのように、すっと無表情になり……その瞳孔が、竜族特有の細く鋭い縦線へと変わった。
「……イザナ様を殺した相手なら、全部殺すよ? 一人残らず。逃げても追いかけて、どんなに時間がかかっても……必ず……名前も顔も全部覚えて……全部全部全部ッ……その命で償わせるから……」
俺はその言葉に、思わず眉をひそめた。
「……リュナ」
「うん?」
俺は視線を、クマノを抱きしめて泣いているミノタウロスへ向ける。
「お前が今言ったそれは、あのミノタウロスの気持ちとまったく同じなんだよ」
「……え?」
「大事な仲間を奪われそうになったら、怒る、守ろうとする。それはわかるだろ? それにな、クマノは守りたい相手がいたからここで戦っただけで、俺たちを殺す気は最初からなかった。急所も狙ってねぇし、威力も抑えてた……あいつは、自分の命より大事なもんのために拳を振っただけなんだよ、だから俺は、こいつを殺さない……殺すべき相手じゃねぇからだ」
リュナは一瞬だけ目を伏せ、肩を落とした。
その声は、今にも泣き出しそうに震えていた。
「……イザナ様、怒ってる……?リュナ……ただ、イザナ様を守りたいだけなのに……。イザナ様がいなくなるなんて……考えただけで……それで……もし本当にそうなったらって思ったら……頭の中がぐちゃぐちゃになって……どうしたらいいか分かんなくなって……」
「守りたいなら余計にだ……リュナ、俺はもう、無闇に人を殺す生き方はしたくねぇんだ……。殺さずに済むなら、その方がいい。でもな、どうしても戦わなきゃいけねぇ場面はこの先きっとある。だからその時は、殺す相手を間違えるなよ」
「……わかった……でも……イザナ様を奪うような人は……やっぱり……嫌」
その声には、リュナ自身の強い独占欲と、俺に依存するがゆえの不安がないまぜになっていた。
そして、そのやり取りを横で見ていたセシアは、完全に青ざめて固まっていた。
(ついさっきまで復讐宣言してた子が……イザナの一言で素直にしゅんって……情緒どうなってんのよ!? いや、でも……リュナの言ってること自体はわかる……わかるんだけどぉぉぉ!!)
セシアは心の中でひたすら高速でツッコミを入れているのであった。
【特別後書き】10万字突破記念! キャラたちからのお礼と後書き。
イザナ「……10万字も読んでくれたのか……ありがとな。ついでにブクマもしてくれたら……まあ、嬉しいけどよ?」
リュナ「えへへっ! イザナ様、もっと優しく言わなきゃだよ〜! えっとね! いつも読んでくれてありがとう! いっぱい応援してくれたら、リュナ、もっと頑張れるよ〜!」
セシア「ちょ、ちょっと! 二人とも勝手に仕切らないでよ! ……こほん。読者のみなさん、いつも本当にありがとうございます。もしよろしければ、ブクマと☆5評価を……お願いします……!」
リカ「ふふっ。三人とも、ありがとう。えっと……私からもお礼を言わせてください。ここまで読んでくださったみなさん、本当に、ありがとうございます。あと、よかったら……ブクマと☆5評価してもらえると……先輩が喜びますので、よろしくお願いします!」
イザナ「おいリカ、それ完全に俺をダシにしてんだろ……まあ、いいけどよ」
リュナ「え? イザナ様が喜ぶならリュナも喜ぶよ〜! イザナ様の喜びはリュナの喜びだからね〜!」
セシア「はぁ……もうやだこのパーティ〜! いちいち反応するの疲れるんだけど!? 私、一日で何回ツッコませる気なのよ、もうっ!」




