第29話 『盗賊の少女』
少女を縄で縛ったまま宿へ連れて帰った。
さっき切り落とした両腕は、断面を綺麗に切っていたおかげで、<ハイヒール>一回でぴたりとくっ付いた。
……それにしても、リカがこの場に居なくて本当によかった。
今でこそ、丸くなって笑ったり拗ねたりする普通の少女だが……出会ったばかりの頃のリカは、別人だった。
あいつは、殺しのためだけに育てられた兵器みたいな奴で、上から命令されたら子供だろうが民間人だろうが関係なく殺してた。
俺が止めなきゃ、本当に命令どおりに殺しをこなしていた。
正直、あの頃は背中を見せるだけでも気を使うレベルだった。
……今じゃあの頃の姿なんて想像つかねぇけど、一応マシにはなってるとはいえ、何しでかすかわからねぇ危うさはまだ残ってる……だからこそ、ここにいなくて本当に助かった。
そんな過去の記憶を振り払うように息を吐き、少女へと視線を戻す。
「腕、痛かったよな……悪かった。それで、お前はなんでこんなことしてるんだ?」
「なんでお前の金を盗んだのに私を助けたんだ……慈悲なんか要らない……殺せ! 早く殺せよ!」
赤髪の少女は目を見開き、涙と怒りでぐちゃぐちゃになりながら叫んだ。
「はぁ……」
ため息が漏れた。
呆れたのか、怒ったのか、自分でもよくわからない。
ただ、ガキ相手に問い詰めるなんて、正直やる気になれない。
……そういや俺、暗殺は得意だったけど、拷問とか口を割らせる仕事は苦手だったっけなぁ。
「……殺されたいなら勝手に死ね。でもな、殺せなんて軽く言うな。そういうセリフは本当に死ぬ覚悟が決まった時だけ言え」
そう言って、拳を軽く振り上げた。
……殴る気はない、ただの脅しのつもりだった。
――だがその瞬間、リュナの瞳孔が細くすぼんだ。
「あ、やべ。おいリュナ、待て――」
「――竜の威圧」
空気が一瞬で震え、見えない圧が少女にのしかかる。
「ひ、ひぃいっ……っ!! ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ! もう盗まないからぁ……殺さないでぇ……!」
少女は悲鳴をあげ、顔をぐしゃぐしゃに歪め、その場で腰を抜かすと、失禁して泣き崩れた。
「やりすぎちゃった〜? でも気絶してないからセーフ! ほらほら見てイザナ様、ちゃんと生きてるよ〜。偉いでしょ〜?」
……何がセーフなんだよ、やり過ぎだわ……お前のセーフの基準ガバガバなんだよ……。
「はぁ……なぁ、ほら、今朝出来立てのメープルパイだ、これ食ったらでいい。少し話してくれねぇか。安心しろ、俺たちはお前を殺したりはしない」
俺は深く息を吐き、少女の前にしゃがみ込む。
震える小さな手をそっと取って、その上にメープルパイを置いた。
「ひっ、ひぐっ……! あ、あんたなんかに……なにが! なにがわかるんだよぉ!」
少女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で叫び、メープルパイを乱暴に投げ捨てた。
「あーーっ! リュナのパイなのにーー!」
リュナはまるで世界の終わりみたいな顔でパイを追いかけ、落ちたパイを両手で抱えるように拾い上げた。
「うぅ……かわいそうなパイさん……でもね、リュナが食べて供養してあげるから……むぐ……むぐ……。ほら見てイザナ様、生き返った……むぐ……」
いや、生き返る……っていうか食べて供養って時点でそれは完全に成仏させてるんだよ。
……もうツッコむ体力もねぇからスルーでいいか。
「はぁ……ゆっくりでいいからさ。なにがあったんだ?」
そっと頭に手を置き、優しく撫でる。
少女はびくりと肩を震わせたあと、堰を切ったようにまた涙を流し始めた。
「さ、触るんじゃねえよ……私に金でもくれるのか? お前に私の辛さなんかわかるわけねえだろ!」
「……わかるわけねぇよ。けどな、少なくとも今、泣いてるお前を笑ったりはしねぇよ」
その言葉に、少女は口を閉ざした。
少しの沈黙のあと……
「……妹が、捕まってるんだよ。グレインのやつらに……」
少女の声は震えていたが、必死に言葉を続けた。
「同じ村の子たちはみんな殺された。親も……抵抗したから殺された。『子供だけは助けてくれ』って……言ったのに……あいつら、『金貨五十枚あれば、一人ずつ返す』って言ったんだ。そんな金、私にあるわけないじゃん……だから……盗んだの……お金も……魔具も……取り返せれば……妹だけは助けられるって……思ったのよ!」
途中から涙で言葉が潰れて、まともな文になってなかったが、言いたいことは十分伝わった。
……グレイン。さっき掲示板で見た、元C級冒険者の賞金首だ。
そのグレインが村を襲い、村人を皆殺しにしたってわけか。
それにしても、このガキの口から魔具なんて単語が出てくるあたり、こいつは元々裕福だった可能性が高いな……。
こいつだけが生き残れた理由も、だいたい察しがつく……おそらく親がこいつに、金貨五十枚、あるいは五十枚相当の何かを握らせて逃がしたんだろう。
そして、妹だけが生かされてる理由も、こいつから金を巻き上げるための餌として利用価値があるからだ……。
クソが、胸糞悪ぃ……「五十枚で返す」だと? そんなもん、嘘に決まってるだろ。
でも、このガキは……信じるしかなかったんだよな……他に選択肢がねぇから。
「……そうか、お前は妹を助けたいんだな」
俺はゆっくりと少女を見つめた。
「そうだよ……だから……お願い、助けてよ……!」
「わかった。俺が全部片付けてやる」
少女は一瞬、ぽかんとした。
「片付けるって……でも相手は元C級だよ。しかも……グレインは冒険者時代、鉄壁のグレインって呼ばれてた。この地方じゃ最強の戦士だった……。あんた、ヒーラーなんでしょ? 本当に、勝てる冒険者なの……?」
「イザナ様は冒険者じゃないけど、リュナはS級だよー! しかもね、イザナ様はリュナの百倍強いの! だから実質S級なんだよー! ね、イザナ様!」
「おい……」
リュナの頭にコンッと拳骨を落とす。
「いだっ……へへ。でもね? 本当だよ? だから心配いらないよ。リュナたち、めっちゃ強いから大丈夫だよ! グレインなんて、<ブラッドショット>と<ドラグアーム>でひゅっ、どーん、ばーんで終わるよ!」
リュナは謎のジェスチャーで腕をぶんぶん振り回す。
「……まぁ、一応俺はヒーラーなんだがな」
……とりあえずその、グレインの居場所とやらを教えてもらおうか。
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