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第28話 『殺し屋の慈悲』

次の日、俺は街角の掲示板をぼんやりと眺めていた。


「……へぇ、依頼ってほんとに色々あるんだな」

薬草の納品に、魔物の討伐の依頼書などが雑多に貼られていた。

……それにしても、こうして眺めてるだけでもゲームのクエストっぽくて少しテンション上がるな。

だが、その中で、妙に空気感の違う紙が目に留まった。


『元C級冒険者の盗賊・グレイン 生死問わず 討伐報酬:金貨十枚』


……なんだこれ、手配書か?

C級パーティー五名死亡、ギルド職員三名消息不明、単独行動厳禁って書いてあるな……ってか、C級って金貨十枚も懸けられるほど強いのか? 似顔絵はどう見ても髭面の浮浪者のおっさんって感じだしな……ま、こんな依頼、俺とは縁がなさそうだから気にしなくていいか……。


そんな血なまぐさい手配書を眺めていた視線の先に、ふとやけにポップな書体が目に入る。


『告示、受付嬢特製メープルパイ販売中! 午後の時間帯のみ限定三十個、ギルドの食堂にて販売! 「疲れた体と心に、少しのご褒美を♡」』


いやしかし、手配書の隣にメープルパイの広告って……。まあ、メープルが名産の村らしいし、一個ぐらい買ってみるか。


「イザナ様、何してるのー? なんか難しそうな顔してるー。お腹でも減った?」

メープルパイをもぐもぐしながら、リュナがやってきた。


「いやー、掲示板見ててさぁ、元C級冒険者の手配書があるんだけど、C級ってそんなに強いのか? ……金貨十枚って、ちょっと盛りすぎじゃねぇか?」

……C級は確か、単独でストームレイヴンを倒せないはずだ。それが金貨十枚が報酬って、俺の感覚だが、どう考えても釣り合わねぇ。


「うん、一応ギルドの中でもC級は主力だからねー。基本的に、D級とかE級のまま引退する人がほとんどなんだってー。C級までいけたら、それだけで立派な人生だよ〜。冒険者として、一生をかけて届くかどうかのラインだからねー」


「へぇー……C級って意外とすごいんだな。正直、ちょっと舐めてたわ」


「でも、リュナたちは強いから関係ないよー。それよりもこのメープルパイ、とってもおいしいよ! イザナ様の分も買ってきたの! ほら、食べながら一緒にデートしようよ!」

リュナが笑顔でパイを差し出す。


……デートってなんだよ……まぁ、いちいち突っ込むのも疲れるし……いいか。


「そうだな、じゃあ保存食でも買い出しに――」


言葉の途中で、背筋にひやりとした感覚が走った。

……これは、殺し屋時代に散々感じた……誰かに狙われている時の感覚だ。

殺気……いや、そこまでじゃねぇが、確かに視線は感じる。


隣を見ると、リュナの瞳孔が細くなっていた。

竜族特有の反応……つまり、俺の勘は当たってる。


その時、風の流れが変わった。


 

――何が、来るッ!

 


フードを被った影が、地を蹴ってこちらに突っ込んできた。

――速い……だが、ケルベロスより遅えッ!


 

――掴めるッ!


 


反射的に腕を伸ばし、影の左手をねじ上げた。

手応えは軽い、骨格も細ぇ……筋肉の付き方からしてまだ成長しきってない、十代のガキか?

だが、その手のひらには、俺の財布と旅人証があった。

……いつの間にスリ取られた……? 単なるスリじゃねぇな。盗賊系のスキル持ちか。


「離せってめえ! 離せよッ! 離せって言ってんだろ!」

声は震えているが、銀鈴のように澄んだ少女の声だった。

 

……なるほどな、門番のおっさんの言った通りだ、この村にも盗賊はいるらしい。


「お前ッ! イザナ様になにしてんだぁぁぁ!!」

リュナのオッドアイがぎらりと光り、瞳孔がさらに細く尖る。

……リュナ、警戒しすぎだ、落ち着け。


「お前の狙いは、俺の財布と旅人証ってわけか……とりあえず、どんなツラして盗みやってんのか、確認しとかねぇとなぁ!」

フードを剥ぐと、十代前半くらいの赤髪赤目の少女が現れた。


「お前の、私の顔を見たなッ!」


もしかしたら賞金首かと思ったが、手配書には顔が載ってない。

だが、睨みつける目の奥がわずかに揺れ、怯えている。

それは、かつて俺が中東の戦場で見た、武器を握らされた子供たちの目だ。命令に従うことしかできず、従わなければ殺される奴の目だ。

……おそらく、こいつは単独じゃねぇ。裏で盗みを指示してる誰かがいるな。


その騒ぎで、村人たちが集まり出した。

「おい! あいつ、俺の財布も盗んだやつかもしれねぇ!」

「またかよ! 最近物がなくなるのは、全部こいつのせいだ!」

「殺せ! 村の恥さらしめ!」


おいおい、こいつどんだけやってんだ……ヘイト買いすぎだろ。

ま、こんなガキ相手に本気で怒る気にもなれねぇし、怒鳴ったところで、状況が良くなるわけでもねぇしなぁ……。

そんなことを考えていると、少女は右手を懐に入れ、ナイフを俺に向かって突き出した。


「離さねぇと……殺すッ!」


「イザナ様に怪我させてみろ! その瞬間、お前の喉元噛み切ってやるからな! お前のその顔、絶対忘れねぇぞ!」


リュナ……マジで落ち着け……(二回目)。

でも、人にナイフ突きつけたらどんな状況だろうと、流石にダメだわ。


「おい、ガキ……お前のその光り物はな、殺しの道具なんだ、それを抜いちゃあ、いくらガキでも笑えねえぞ。誰が教えた、そんな所作を?」

 

実際、俺は中東をはじめ世界の紛争地に介入してきた。

そこでは、武器を握らされた子供たちが、上の命令どおりに殺しあっていた……まさに地獄だった。

だが、理由がどうであれ、武器を抜いた以上、笑って済ませるわけにはいかねぇ。


……もし俺がこいつを逃がしたら、この村はおろかピエイの街からも、俺が盗賊に加担したとして追放されるかもしれない。

そして、このガキもいずれ粛正されるだろう。

だが、俺はこいつを救いたい。まだ子供だ……人生は何度でもやり直せる。

――過去の俺みたいには、なってほしくない。


「……まぁ、理由がどうあれ、やったことの重さは変わらねぇ。命令だろうが何だろうが、罪は罪だ」


……<ブラッドソード>……これくらいは我慢しろよ。

手から真紅の刃が音を立てて伸びる。

 

「な、なにッ……!? や、やめッ……! ひィッ……ぁぐッ!! ぎゃあああああああああッ!!」


俺は<ブラッドソード>を振り下ろし、少女の両手首を一瞬で落とした。


「おい……兄ちゃん、何してるんだ……?」

最初に声を漏らしたのは、近くにいた中年の男だった。

村人たちは一斉に息を呑み、誰もがその場に立ち尽くす。

眉ひとつ動かさずに腕を落とした男……その異様な光景に、全員が言葉を失っていた。


「い、イザナ様が怒ってる……」

リュナが青ざめた顔で俺を見上げる。


俺はゆっくりと深呼吸をしてから、村人たちの方に向き直った。


「……申し訳ございませんでした! お前も頭下げろ!」

俺はガキの頭を押さえて無理やり下げさせた。

なぜかリュナまで一緒に頭を下げている。


「こいつが盗んだのは事実だ。だが、もう両腕はない。これ以上は見逃してやって下さい! 俺の金貨一枚、代償として差し出す。どうか、これで済ませて下さい! おい、ガキ。お前、金は持ってねぇのか?」


「もっでないです……いだい……いだいよぉぉぉ!」


「そ、そんなんで許せるわけねえだろ! 俺たちは、グレイン盗賊団どれだけやられたか分かってるのか! 家庭を滅茶苦茶にされた人もいるんだぞ!」

村人の一人が怒声を上げた。

……なるほどな、こいつはグレイン盗賊団の下っ端ってわけか。


「……そりゃそうですよね。怒るのも当然だ。でも、こいつはもう両手がねぇ。盗もうにも、もう掴むことすらできねぇんだ……それでも納得いかねぇなら、こいつの足も落としたら許してくれますかね?」


俺が<ブラッドソード>をわずかに構えた瞬間――


「い、いや……もういい。そうだよな、もう両手がないんだ。盗みはできないだろう……わかった、許そう」


「すみません! ありがとうございます! ほら、お前も頭下げろ」

……作戦成功だ、村人達も、流石に両手がないガキをもう責めることはないだろう。


「ぐぎぃっいだぃ……」


「お前は色々やらかしてる、その罪は重いぞ」

……だがどの道のこのままだと出血死だ、一旦宿にこいつを連れて行こう。

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