第26話 『シモカプ村』
それから、数日間、朝も夜もひたすら草原を歩き続けた。
そんな中で気づいたのは、大雪山から離れるほど魔物の強さが目に見えて落ちていったことだ……。
おそらく、あの山が魔力の発生源になっていたのだろう。
そして、大きな川を渡った先で、俺たちはそれを見つけた。
「……街道だ」
別に、整備されているわけじゃない。
けれど、土の上には車輪の跡があり、ところどころ草が踏みしだかれていた。
……長かった旅の終わりが、ようやく現実味を帯びてきたな。
「やりましたね、先輩! 車輪の跡ですよ、これ!」
リカが弾んだ声を上げる。
「はは……もしかしたら、シモカプ村まで近いのかもしれないな。……今日は布団で寝れるかもな」
「リュナはご飯を食べたいのだー! お米がいい! 甘いやつもー!」
その日は、街道を見つけてからもひたすら歩き続け、気づけば夕方。
だが、ようやく地平線の向こうに、木で組まれた防柵に囲まれた村が見えた。
規模はおそらく千人ほどの小さな村だ。
そして、防柵の内側からは、かすかに白い煙が立ちのぼっているのが見える。
「村が見えてきたよー! ほら、あの煙! きっとご飯作ってるんだよ! あっちにはお店もあるかも! やったー、やったぁー!」
「ようやくだな……。とりあえず、ギルドがあれば登録しておきたいところだ」
「うーん、それがね。ここは村だからギルド本部はなくて、出張所だけなんだよー。でもね、この辺りは大雪山から一番近い村だから、ダンジョンとか魔物も多いんだって。だから冒険者用の宿屋とか食堂は結構あるみたい!」
「なるほどな。……だったら助かる。さすがに野宿はもうごめんだからな」
そんな話をしながら、俺たちは村の南の関所までたどり着いた。
夕暮れの光が木の扉を赤く照らし、そこには槍を持った門番が、退屈そうに立っている。
……異世界転生あるあるだが、関所の門番と揉めて追い出されて、結局野宿なんてオチはここまで来て洒落にならん。
なるべく穏便に、怪しまれずに通り抜けたいところだ……。まあ、やましいことは何もないんだけどな。
「こんばんはー」
リカが軽く会釈する。
「こんばんは、三人ですか?」
門番の男が俺に声をかけてきた。
「あぁ、そうだ。今夜は宿を探しててな、日が暮れる前に村へ入りたい」
なるべく穏やかに答える。
「ほぉ……エルフに竜族とは、珍しい組み合わせだな。……まさか、あんたの奴隷かい??」
……出たよ、異世界定番の偏見パターン。
どこの世界でも見た目が違うってだけで、すぐそういう発想になるんだな。
「リュナは奴隷じゃないやい! イザナ様はリュナを助けてくれたの! 優しくて、かっこよくて、ちゃんとご飯もくれるの!」
リュナがむっとして、頬をふくらませる。
……おいおい、様付けに「ご飯くれる」って……それ完全に奴隷のセリフじゃねぇか。
その言い方じゃ、俺が奴隷買いに見えるだろうが……。
「おっと、こりゃ失礼した。最近は本当に奴隷商の連中も多くてな。……で、入村手続きだ。身分証明書の提示と、入場税で三人分、銀貨九枚になります」
「ん? 一人三枚だぞ。少しばかり高くないか?」
いや、そもそも入るだけで金を取るのかよ。
それに、銀貨って一枚だいたい千円くらいだろ……市町村の入口で三千円取られるって考えると、どう考えても高え。
高速道路とか空港ならまだわかるが、村の出入りで金を取るとか、現実世界でも聞いたことねぇぞ。
……それとも異世界って、こういうもんなのか?
俺がそんなことを考えていると、門番が気づいたように口を開いた。
「あんた、知らないのかい? ここは大雪山から一番近い村だから、魔除けの加護の維持にかなり金がかかってるんだよ。魔導士の派遣もタダじゃない。……だから入場税を取ってるってわけだ」
「……なるほどな。疑って悪かった」
観察眼を使ってみると「発言:正」と出た。
どうやら本当らしいので、俺は素直に銀貨九枚を手渡した。
「いえいえ、よくあることです。それと、身分証明書の提示をお願いします」
「あー、それが……」
やべぇ。殺し屋時代の偽造パスポートしか持ってねぇ。
仕方ない、宿に置き忘れたとか、適当に誤魔化すしか……と考えていると……
「あなた方も盗賊に盗まれてしまいましたか? いやいや、最近多いんですよ。旅人や商人を、狙った連中がね。ギルドにも対処を依頼してるんですが……」
「あ、あぁ、そ……そうなんだ。俺たちも旅の途中で襲われてしまって……」
……ありがてぇ。マジで何も言ってないのに、勝手に理由をつけてくれるとは……俺、案外ツイてるのかもしれねぇな。
「それは災難でしたな。では、旅人証の発行をされていきますね。期限は一週間ですが、その間は正式な身分証として扱えます」
「あぁ、助かる」
「では、この感知石に手をかざしてください。魔族や魔物を見分けるための検査でして、要は人間側でさえあれば問題ありません。少々お時間をいただきますが、治安維持のためですのでね。……それと三名分で銅貨九枚になります」
門番が受付台に、艶めいた黒い石を置いた。
ちょっと待て……この石、ほぼ嘘発見器みたいなもんじゃねぇか。俺は大丈夫だが、リュナはスライムだ……流石にまずい。
「リュナ……聞かれたことは全部、リュミナの記憶を参考にして答えろ。いいな?」
俺は小声で耳打ちする。
「う、うん……わかった」
リュナがこくりと頷く。
「それでは、順に手をのせてください」
門番が促したので、俺は一歩前に出て、黒い石の上に手を置いた。
「名前と、目的を」
「イザナだ。俺たちは旅をしてる」
感知石は無反応。
門番が一度うなずき、手元の札に何かを書き込みながら穏やかに言った。
「種族、人間。発言は正しいっと。……次はお嬢ちゃんたちだね」
……どうやら俺は通過したみたいだ。
「リュナ、竜族でしゅ! 目的はこの世界を見ること〜!」
「リカです。エルフです。目的は皆さんと同じです」
「ふむ、三人とも異常なし。よし、ではこれを」
門番が差し出したのは、楓の葉を模した焼印入りの木札だった。
おそらくこの焼印が、この村で発行された旅人証の証明なんだろう。
……何はともあれ、身分証はゲットだ、これでこの村へ入れる。
「お嬢ちゃん、さっきは奴隷なんて言って悪かったね。……ほら、これはお詫びだ。シモカプ村の名物のメープルシロップさ。パンにつけると美味しいよ」
「わー! ありがとうっ! じゃあ、さっきのことは許してあげるー!」
リュナが満面の笑みで木瓶を受け取る。
「ありがとな……旅の途中でこういう甘いもんをもらえると、ちょっと救われる気がするな」
……一応の社交辞令だ。けど、こういう小さな親切が、案外一番心に沁みるんだよな。
でも、何故だろう……殺すか殺されるかしかなかった頃には、こんな感情、思い出すことすらなかったのに。
「いえいえ。……このシモカプ村の中にも、盗賊が潜んでるって噂があります。お気をつけて」
「そうか……わざわざ教えてくれて助かる。恩に着るよ」
俺は軽く会釈して礼を返した。
門番は満足そうに頷き、「気をつけてな」と言って俺たちを見送る。
……やれやれ、無用な争いも疑いもなく通過できたのは幸運だ。言葉一つ間違えれば、余計な誤解を生むところだったな。
まあ、何はともあれ、こうして俺たちは無事にシモカプ村へ入ることができた。




