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第23話 『嵐の夜』

午後、俺たちはトムラウシ山を下り切った。

ただ、降りながら周囲の景色を眺めていると、丘陵の向こうにも、まだ山が続いていた。

そう、大雪山ってのは一つの山の名前じゃない。

いくつもの山々をまとめて大雪山と呼ぶ危険地帯……トムラウシ山もその一角にすぎないのだ。

……あの山は標高はせいぜい二千メートルほどか……だが、カネヤマ湖の先で見た白くそびえる山々に比べれば、目の前にある山はまだマシに見える。





夕方、天候が少し荒れてきた。

山を下った疲れもあり、俺たちは無言のまま歩いていたが、幸い、下った先は湿原と緩やかな丘陵が一体となった場所だった。

……湿原の先にはまだ山が続いているが、この道のりなら、歩きながら体力を回復できそうだ。


だが、その安心も束の間。

突如として空が曇り、突風が吹き荒れ、大粒の雨が横殴りに俺たちを叩きつけた。

……くそっ、よりによってこのタイミングかよ。

疲労困憊の中で嵐とか最悪だ……俺はまだ平気だが、リカとリュナが持つか……そこが心配だ。


「うわぁぁぁ!」

まさに、心配してる暇もなかった。

リュナが風にあおられ、体ごと持っていかれそうになる。


「リュナ! 風に背を向けるな、前を見ろ! 体を低くして、重心を保て!」


「うぅ……あぅ、ごめん……」


いくら人肌を真似ているとはいえ、スライムは体の九割が液体だ。

冷えりゃ固まるし、動きも鈍る。

……要するに冷蔵庫に入れたゼリーと同じってことだ。


「リュナ、お前、かなり冷えてるよな?」


だが、結局のところ人間も状況次第では低体温症になる。

体温が二度下がるだけで、筋肉は震え、手足が動かなくなる。

それに、山で遭難する奴の大半は、低体温症で死ぬんだ。

真夏でも、風と雨に当たれば、体の熱はあっという間に奪われる。

……それだけ、自然ってやつは容赦がねぇ。


俺は腰に巻いていたタオルを外し、ついでにビスケットをリュナに渡す。


「ちょっと汗臭いかもしれないが、体の水を拭け。……それから、休めそうな場所を見つけたら自分で考えて、できれば布でも生成して体を温めろ」


リュナは小さく頷き、タオルを胸に抱きしめた。


俺流だが、腹にタオルでも、なんでもいいから巻いておけば怪我の応急処置にもなるし、簡易防寒具にもなる。

それに、低体温症になると「バッグから防寒具を出す」という判断すらできなくなる。

……要は、寒いから着込もうと思った時点でもう遅い、体が冷えると脳の思考も止まる。


並行して、カロリーの摂取量も大事だ。

熱を生み出せるエネルギーを持ってる奴ほど、生き延びる確率が高いからな……。


「それにしても、嵐が強すぎる……リカ、これ……風魔法でどうにかならねぇのか?」


「ちょっと待ってくださいね……」

リカは風除けの護符を握りしめ、目を閉じた。


「風よ……輪となり、我らを守れ。<ウインド・ヴェール>」


詠唱と同時に、足元から風が立ちのぼり、リカを中心に直径二メートルほどの風の輪が形成された。

その輪郭をなぞるように風が流れ、暴風がまるで意思を持つかのように俺たちを避けていく。


「……すげぇな。俺たちの周りだけ、風が避けてやがる」


「はい。これで風は大丈夫です、が……発動後も常に意識を保ち続けないと、すぐ風の流れが乱れます。なるべく早く、避難小屋を見つけたいですね」


「わかった。少し駆け足になるが……リュナは大丈夫か? 無理だったらスライムになって、俺の体にしがみついていいからな」


「うん……大丈夫。まだいけるよ」


「よし……行くぞ」

 





なんとか夜になる前に、沼地の外れで古びた高床式の小屋を見つけた。

だが、今までの小屋とは違い、外観はひどく傷んでいた。

おそらくこの辺りは、定期的に豪雨が降るんだろう、小屋の中も相応にボロいが、贅沢は言っていられない。


それに……俺はもう疲労困憊で、口を開く気力すら残っていない。

いつも元気なリュナでさえ、床に倒れ込むように眠っている。

リカも<ウインド・ヴェール>を張り続けていた疲れからか、壁にもたれて目を閉じていた。


「リカ、今日はもう休め。朝の飯は俺が作るから、ゆっくりしとけ」


「で、でも……私、こういう時こそ動かないと落ち着かなくて……」


「いいんだ。身体を壊されて、ここで足止め喰らうほうが面倒だろ?」


「……は、はい。ありがとうございます、先輩。じゃあ……少しだけ、お言葉に甘えます」


小さく会釈して、リカはふらつく足取りで二階へと上がっていった。

俺はしばらくその背中を見送ってから、ため息をついた。


「さて……問題は、食料だな」


ザイルは「四日もあればシモカプ村に着く」って言ってたが、天候の悪化と、まだ山を越えなきゃいけないことを考えると……あれはA級冒険者基準での話だろう。


時間がかかるのは構わねぇ。

だが、持ってきた食料は、余裕を見てもあと二日分……それを過ぎたら、現地調達するしかない。

とはいえ、魔物の肉ばかり食ってりゃ、タンパク質祭りで確実に体を壊す。

よく異世界転生ものじゃ「干し肉で一カ月旅しました」なんて話があるけど、現実はそう甘くねぇ……野菜を摂らなきゃ、体はどんどん弱っていく。


幸い、ここは湿原地帯だ。

運良ければ、苔猪も見つかるかもしれないし、野菜は野良ニンジンやクレソン、デザートにアケビの一つでも採取できれば御の字だろう。


……さて、かなり疲れてはいるが、この辺りは夜に活性化する魔物も少なそうだし、リカもリュナもぐっすり寝てる。

ちょっと、飯の足しになるものでも探してくるか。

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