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殺し屋上がりの生命魔法使い〜俺は一応ヒーラーとして転生したんだが〜  作者: 刻彫
第一章 『異世界スローライフ(?)』
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第1話  『二十年ぶりの再会』

「あ? ……空が青い」


これが俺の転生先での最初の言葉だった。

もっと感動的に叫ぶとか、啖呵でも切るとか、普通はあっただろう……。


俺は花々に囲まれた平原で、大の字に寝転がっていた。

着ているのは死んだ時と同じスーツ、指には金の指輪、ポケットの中身までそのままだ。

ただ一つ違うのは、俺の手元に置かれた厚い一冊の本、生命魔導書。表紙には見慣れない文字が刻まれている。


だが、なぜか意味が分かる。

観察眼の副作用なのか、それともあの頼りない天使が気を利かせてくれたのか……理由は分からないが、この世界の文字も自然に読めるらしい。


ふと背中に冷たい感触がある。

身を起こして振り返ってみると、そこには、石碑のようなものが半ば土に埋もれていた。


『フレイムヒーラー リュミナ・ドラゴニア ここに眠る』


……は? 墓の上で転生した挙句、その上で寝てたってわけか?

死人を冒涜ってレベルじゃねぇぞ!


俺はすぐさま、その場で頭を下げた。


「す、すみません! あなたを冒涜するつもりはなかったんです! せめて、俺の生命魔法で……って……いや、蘇らせてあげられるわけ……ないか」


いくら生命魔法でも、死人を蘇らせるような都合のいいことができるはずがない。


とりあえず、ポケットからハンカチを取り出して石碑を丁寧に拭く。

すると石碑の表面はあっという間にピカピカになり、俺の顔が映った。

鋭い目に黒い髪……ああ、現実の顔とそう変わらないな。と少し安心する。


ふと空を見上げると、林の向こうからもくもくと白い煙が上がっているのに気づいた。


「……とりあえず、あそこまで行けば何か情報は手に入りそうだな」

あえて口に出して言うが、ちょっと間抜けに思える。


「リュミナさん! 本当に申し訳なかった! とりあえず拠点が見つかったら、酒とタバコを供えに戻ってくるからな!」


言ってすぐに後悔した。

いや普通なら花でも添えておけって話だろ。けど、男所帯の職場で墓場に花を添える習慣なんてなかったんだ。

まあ、やらない善よりいいだろってやつだ。




林を抜けると、一気に視界が開けた。

周囲には小麦のような作物が風に揺れ、トマトやリンゴに似た果実が重そうに垂れている。

……おいおい、食い物には困らなさそうじゃないか。ちょっと分けてもらえれば、腹を満たすには十分だ。


だが中央にぽつんと建っているのは、みすぼらしい家一軒。中世ヨーロッパの一般家庭、って感じだ。

さて……問題は、家主が話のわかるやつかどうか、だな。

最悪、身につけてるこの金の指輪を渡してでも、食料か何か貰えればありがたいが……。


家のドアは開け放たれていた。

「こんにちは〜……誰かいませんか?」

声をかけてそのまま中へ入る。

しかし室内には誰の姿もない。

ただ厨房の鍋は、弱々しい火がついたままで、シチューのような香ばしい匂いが部屋中に漂っていた。

この状況……どう考えても、家主は遠くへは行っていない。


鍋の前で俺はしばし葛藤した。

殺し屋時代なら、戦場で倒した兵士から戦闘食を奪って食うなんてザラだった。だが、今は違う。そんな真似をしたら、俺が望んだスローライフとは真逆になってしまう。


……くそ、腹は鳴ってるがここは我慢だ。


「とりあえず、外に出て家主を探すか」


そう呟きながら玄関を出る。

すると、目の前の視界に飛び込んできたのは、まるでゲームの画面から抜け出してきたかのようなエルフの少女だった。

 

身長はせいぜい百四十センチほどだ。

クリーム色の髪は風を受けてさらさらと揺れ、耳はわずかに尖っている。スカイブルーの瞳はガラス玉のように澄んでいて、両腕には抱えきれないほどのリンゴを抱えていた。

透き通るように白い肌は淡く輝き、花や草で織られたようなドレス姿は幻想的ですらある。

ただ、背中の小さな羽が、警戒からかピクピクと震えている。


……やべ、絶対警戒されてる!

いや、そりゃそうだ。知らない奴が自分の家から勝手に出てきたら、俺だったら即殺す!

とにかく、この誤解を解かなきゃ……!


「あ、す、すみません! 泥棒とかじゃないんです! これは……その……」


異世界転生してまだ数時間、まさかの本日二回目の謝罪である。

すると、目の前のエルフの少女は目を見開いたまま、抱えていたリンゴをすべて落としてしまった。

リンゴが地面に散らばる音が、妙にスローモーションに響く。

そして、その口からこぼれた言葉に俺は息をのんだ。


「……せん……ぱい……?」


先輩? 今、確かに先輩って言ったか? 俺を先輩って呼ぶヤツなんか、現実世界でも一人しかいない。


「え、もしかして……お前……リカなのか?」


そう言った瞬間、エルフの少女――いや、おそらくリカの転生後だろうその少女が、勢いよく俺に飛びついてきた。


「うわぁぁぁぁん! せんぱぁぁぁい! せんぱいっ! 私を置いていかないでくださぁぁぁい! 二十年間も、どこで何してたんですかぁぁぁ!」


涙でぐしゃぐしゃになりながら、ぎゅうっと抱きついてくる。

……いや、かわいい。正直反則だろ。けど、待てい! 今、こいつ……何て言った?


二十年?


……は? 二十年? どういうことだ。

俺は転生してまだ数時間しか経っていないはずなのに……。

 

とりあえず、この様子から“こいつがリカ”だというのは確定だろう。そういえば、こういう時に観察眼を使えばいいんだったな。


俺は目に意識を集中させる。すると、脳に直接情報が流れ込んでくる。


名前:リカ

種族:エルフ

発言:正


……うわ、なんか情報が脳に直で叩き込まれる感覚、違和感しかねぇ。

でも、発言は正しいってことは、やっぱり、本当に二十年経ってるってことか?


「おい、どういうことだ? 俺はこの世界に来て、まだ数時間しか経ってないんだぞ?」


「え? そうなんですか?」


「お、おう」


そのタイミングで――ぐぅぅぅ、と俺の腹が鳴った。

泣き顔だったリカが思わず吹き出す。……恥ずかしいけど、まあ笑ってくれたなら良しとしよう。


「リカ……とりあえず俺、腹が減って死にそうだ。ちょっと飯でも食いながら、これまでのことを話してくれないか?」


俺の言葉に、リカはぱっと顔を明るくした。


「……先輩、私の料理、食べたことないですよね? いいですよ、ご馳走します!」


そう言って、リンゴを落としたまま玄関を通り抜け、軽やかに家の中へ入っていく。


「……おいおい、リンゴもったいねぇだろ」


苦笑しながら散らばったリンゴを拾い集め、俺も後を追った。


……まさか異世界に転生して最初の飯が、リカの手料理になるとはな。

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