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殺し屋上がりの生命魔法使い〜俺は一応ヒーラーとして転生したんだが〜  作者: 刻彫
第一章 『異世界スローライフ(?)』
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第16話 『真のビール』

「お姉ちゃん!」


家に帰るなり、エルフの少女がリカに号泣しながら抱きついた。

……知り合いなのか? まあ、エルフの村も狭いだろうしそういうこともあるか。


「セラ!? えっ……どうしてここに!?」


この子が森でケルベロスとグレイウルフの群れに襲われてたと説明すると、リカの顔が青ざめた。

……ケルベロスって、そんなヤバい相手だったのか? そりゃまあ、三つ首の化け物ではあったけども。


「ケルベロス……ですか? ……よく逃げ切れましたね……」


リカの声が震えていた。

ケルベロス……実際には見たことがなくともそれがどれほど危険な魔獣かは理解していた。

古来より、エルフの伝承では冥界の門を守る獣として語られてきた存在……でも、なぜそんな魔物がこの森に……。


「こ、怖かった……でも、この人が、助けてくれた……」

セラはまだ涙を拭いながら、リカの胸に顔をうずめている。


リカは俺の方を見てふっと息をつく。

「助けてくれてありがとうございます……でも、その……服はボロボロなのに、どうして身体は無傷なんですか?」


「あー……いや、まぁ、ちょっと噛まれて服が破けたんだ……」


……まあどっちにしろ、ちぎれた腕が再生しました! なんて魔法初心者が言っても信じちゃくれないだろ。


「もし噛まれてたのなら、ちょっとで済む傷じゃないはずですよ!」


「でも俺はピンピンだぞ!? 生命魔法は便利なんだよ!」


「全くもう……無茶ばっかりして……でも、セラを助けてくれて、本当にありがとうございました」

そう言ってリカは、そっとセラの頭を撫でた。





っと、そんなさっきの出来事を思い出しながら、俺は風呂に浸かり左手をグーパーグーパーしていた。

……やっぱ動くしちゃんと感覚もあるなぁ、だが殺し屋時代に受けた古傷はそのままなのか……どうやら新しく失った部分しか再生しないみたいだなぁ〜。


それにしても、もし魔法を覚えてなかったら……正直危なかったかも知れねえ。

ドラグアームの鱗が熱と衝撃を受け流してくれたおかげで助かったが、普通の防具だったら体は溶けてただろう。

……まあ、俺は再生するけどな。


「こればかりは魔法と剣を教えてくれた先生に感謝だな……」

そう呟いて右耳のピアスに触れる。


……あれ?


「……ない!? 右だけねぇ!?」


慌てて周囲を探すが見つからない。

いや、もしかしたらあの時、スライムが顔に乗っかってきた時……


「……まさか、あいつ……俺のピアス、食いやがったな!!」


戦いで千切れたのは左耳だし、その時はちゃんと回収した。なら、犯人はあいつしかいねぇ! マジで余計なことしかしねぇな……! ピアスを旅に連れてくって約束したのに、よりによってスライムにピアスを食われるとか……。


「……はぁ、片方だけでも連れてってやるからな」


ぽつりと呟いたあと、ため息をつく。

……ま、感傷に浸ってる場合じゃねぇ。


「さて、そろそろ旅の準備もしねぇとな。……一か月ダラダラしてたし……」

言いながらふと手が止まった。


……一か月。


一か月……!?


「……ビール!? ビールを忘れてた!! 一か月前に仕込んだあのビール、もうそろそろ完成してんじゃねぇか!?」

俺の叫びが風呂場にこだました。


「うるさいっ! お兄ちゃん!」

脱衣所の向こうから、セラの声が響いた。

……俺はいつからお前の、お兄ちゃんになったんだか。

 

湯から上がり、新しい麻の服と短パンを着る。

腰のベルトを締めると、いよいよ異世界の住人らしくなってきた気がする。


さてさて、風呂上がりの至福タイムといこうじゃねえか。


 


 

「ビール、ビールっと!」


倉庫の隅に置かれた樽の前にしゃがみ込むと木の蛇口がついていた。

……流石リカ、気が利くな。


蛇口をゆっくりひねると、ぷしゅうと小気味いい音がして、黄金色の液体が泡を弾ませながら流れ出した。


「おおお……っ、こりゃ間違いねぇ! 本物だ!」


観察眼なんて使うまでもない。

一目でわかる、これは美品だ!


木のコップを傾け、一気に喉へと流し込む。

口いっぱいに広がる泡の刺激、喉を抜ける炭酸の感触……


「ぷはぁっ……! この喉ごし、マジで……本物のビールじゃねぇか!!」

泡の残る唇を指で拭いながら、思わず笑みがこぼれる。

俺の異世界生活もついにここまで来たか……!


さて、おかわりを注ぎ、ふらりと台所へ向かうと、パンの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。

……酒のつまみにパン、ね……まぁいいか。


「リカー、腹減ったー」


「先輩、お酒のつまみがパンかよ〜って思ってるでしょ〜」


……なんでわかった。まあいい、余計なことは言わないのが吉だ。


俺は椅子に腰を下ろす。

テーブルの上には、こんがりと焼けた黄金色のパンがいくつも並んでいた。


「これは……?」


一口かじる。

外はカリッと、中はふわっと。チーズの塩気とハチミツの甘さが舌の上で溶け合う。


「これ……オーブンロールか!? 中にチーズ、上にハチミツ……甘ぇのに塩気が残って……これ、つまみにもデザートにもなるな! うますぎるっ!」


「これはねっ、お姉ちゃんの実家のレシピなんだよ」


「……へぇ〜こりゃ、ビールが進むわ」

 

少し気になって、台所でパンを仕込んでいるリカと、皿を洗っているセラをちらりと見比べる。

……やっぱり、似てるんだよなぁ。違うのは、セラの方が子供で、髪の色が濃い金髪ってくらいか。


じっと眺めていると、セラが振り向き、頬をほんのり赤く染めながら小さな声で言った。

「え、えっと……そんなに見られると、ちょっと恥ずかしいです……」


「いや、似てるなーって思ってさ」


「ふふっ。一応、姉妹なんですよ、私たち」


「えぇ!? 妹がいるとは聞いてたけど……まさかこんなに似てるとは……!」


「リカエルお姉ちゃんの風魔法はすごいんですよ。村で一番上手なんです。それに、お姉ちゃんのパンもとっても美味しいです……」


「リカエル……?」


「はい。私のこの世界での名前です。どうやら転生前はリカエルって名前だったみたいで、村ではそのままそう呼ばれてるんです」


「そ、そうなのか……」


「私ね、明日パパとママにお兄ちゃんのこと紹介したい!」


「え、エルフの村って……人間はあんまり行っちゃダメなんじゃねぇのか?」


「ふふ、大丈夫ですよ。私も一緒に行きますから」


「はぁ……まぁ、わかったよ」

俺は頭を掻きながら、苦笑した。


でもまあ、俺もそろそろ旅に出るつもりだったし、この酒の樽はリカの母ちゃんと父ちゃんに土産としてやればいいか。


「……ま、明日は少し早起きだな」


そう呟いて、コップに残った酒を一息で飲み干した。

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