第14話 『ニューロ・ショック』
異世界に来て、ちょうど一か月。
外の世界を見たいとは言ったが、急ぐ理由もない。
この森の静けさも悪くねぇし、もう少しだけこの自然を味わっていたい。
それと、リュミナとの特訓の際に服をボロボロに裂かれたせいで、ここ数日はずっと上半身裸で過ごしていたが「目のやり場に困るので!」と、リカから麻の服をくれることになった。
飾り気のない普通の服だが、素朴で異世界らしくて悪くない。
「……さて、今日も湖だ」
そう呟きながら、俺は今日も湖へと足を運んだ。
リュミナが言っていたカネヤマ湖ってのは、たぶんここのことだろう。
湖底には、普通の石に混じって妙に光る鉱石がいくつも沈んでいる。
青い宝石や、黒いガラス質の石、さらには赤黒く光るルビーのような鉱石まで、マジで宝の山だ。
……金山湖って名前もどうやらあながち間違いでもなさそうだな。まぁ、俺が勝手に漢字を当てただけだから本当かどうかは知らんけど。
「さてさて、観察眼先生の出番ですよっと」
軽口を叩きながら、拾った石をひとつずつ観察眼にかけていく。
……無駄に世界を滅ぼせそうなチート能力よりも、こうして地味に素材を見分けられるスキルの方がスローライフを送るにはちょうどいい。
それに、いちいち詠唱なんて必要ないし意識して見るだけで欲しい情報が流れ込んでくる。
……慣れると、けっこう便利なもんだな……おっ、なんかよさそうなの出たぞ。
対象:マナストーンの欠片
状態:標準
効果:青白く光る小石。魔力を蓄える。武器に埋め込むと魔力増幅。魔法の威力が上がる。
対象:黒曜石
状態:標準
効果:黒い火山ガラス。即席の刃や投げナイフになる。
対象:ドラグナイト
状態:神品
効果:古竜の血が長い歳月をかけて結晶化したとされる、深紅の鉱石。高位武具の触媒として重宝される。学者達の研究対象にもなっており、学術的価値も高い。ただし産出量は極めて少なく、王国全土でも数十年に数個しか確認されない超希少鉱。
「……は? 神品?」
おいおい、なんかすげぇの引いちまったな。
このルビーみたいな石がまさかそんな代物だったとは思わなかった。
それにしても、こうして何度も使ってるうちに観察眼の評価区分ってやつも、だいたい掴めてきた。
上から順に言えば、神品>美品>良品>標準>粗品>劣品……こんな感じだ。
……まあ、知らないだけで他にも特殊な分類があるのかもしれねぇし、実際、神品なんて出たのは今回が初めてだ、多分美品のさらに上だろう。
ちなみに、腐った酒を調べたときは腐敗って出た。あれは劣品の下あたりだろう。
そう思いながら、石をズボンのポケットに突っ込んだ――そのときだった。
森の奥から、足音とかすかな悲鳴が聞こえ、反射的に顔を上げる。
「……嫌な予感しかしねぇ」
考えるより先に、体が動いていた。
悲鳴を頼りに木々の間を駆け抜ける。
そして、視界が開けた先、そこにいたのは。
金髪碧眼のエルフの少女だった。年は十代前半ってとこだろう。
そしてその少女を、三匹の狼が取り囲んでいた。
「……クソッ、三匹か……いや――」
周囲に視線を走らせる。木の陰、草の陰、岩陰……いる。まだ気配がある。最低でも五匹いや……それ以上か。
観察眼を発動。
対象:グレイウルフ
分類:魔獣系
生態:森や草原に生息する中型の狼。群れで狩りを行い、仲間との連携が非常に高い。力自体は突出していないが、三匹を超える集団戦では格上の冒険者でも危険。討伐はEランク卒業レベル、成功すればDランク昇格の推薦対象となることもある。
……殺し屋の勘だが、幸い、こちらにはまだ気づかれていない。このガキを見殺しにすることもできる……だが、一度見てしまった以上、放ってはおけねぇ。
「<ブラッド・ドラグアーム>」
詠唱と同時に血が竜鱗と爪の形を成して両腕を覆う。
「悪いが、ちょっと試させてもらうわ」
一歩、地を蹴る。空気を裂く音とともに、グレイウルフとの間合いが一気に詰まる。
「ひゃっ……人間!? なんでこんな場所に――!」
エルフの少女の驚愕が届く前に、俺は右拳を握りしめる。
「<生命魔法・神経電撃>」
瞬間、拳に稲妻が纏わりつき、敵の顔面を撃ち抜いた。
「ギャウアッ――!!」
グレイウルフの体が跳ね飛び、木に叩きつけられ、顎から下が跡形もなく砕け散る。
周囲は電撃の余波で空気がじりじりと震えている。
……出力を上げすぎたか? ……それにしても……すっげぇ! 拳から雷を撃てたぞ!? 理屈は生体電気の増幅ってだけだが、まさかここまでの威力とは……!
グレイウルフが真っ白な煙を上げて倒れていくのを見て、胸が高鳴る。
「ははっ……マジかよ、これ……!」
って……いやいやいや、落ち着け俺。無闇な殺生はよくねぇ。
……いや、でもこれは助けるための戦闘だし、正当防衛……先制的自衛権だ……なんてな。
そんな風に頭の中で言い訳を並べていると――
「ひぃっ!?」
怯えた声がして振り向く。
さっきの少女が、腰を抜かしたまま俺を見上げていた。
「……大丈夫だ。俺は、悪い人間じゃねぇ」
できるだけ穏やかに、声のトーンを落として言ってみる。
だが、真紅の竜鱗で覆われた俺の腕と、背後で白い蒸気を上げるグレイウルフの死体が、言葉の説得力を完全に無くしていた。
少女は怯えたまま、後ずさりしながら地面を這い、言葉にならない声を漏らす。
「こ、こないでっ……っ!」
「だから、待て、落ち着け!」
少女が震えながら口を開く。
「……その……も、もしかして、モンクの方ですか……?」
「いや? ただの魔法使いだ」
少女の目がさらに大きく見開かれ、声が震える。
「その……赤い魔法……怖いです。悪魔、死神……!」
「はぁ!? 死神だぁ!? ……じゃあ、もう助けねぇぞ!」
思わず口走った俺の言葉に、少女は「ひぐっ」と小さく息を呑み、そのまま、涙をぽろぽろこぼし始めた。
「う、うぇ……うわぁぁぁん……!」
「お、おい泣くなって! 違う! 今のは冗談だ! 俺、悪い人間じゃねぇから!」
ぐすんぐすんと鼻をすすりながら泣きじゃくる。
よく見れば、リカみたいな顔立ちで、耳の形も、頬のラインも、どこかあいつに似てる……。
……泣き顔も、かわいいな……って、今そんなこと考えてる場合か!
そんな感傷に浸る間もなく、ガサガサと茂みが一斉に揺れた。
低いうなり声が辺りに響き、先ほどの死体を囲むように、次々とグレイウルフが姿を現す。
……やっぱ十匹はいるな。いや、もっとか。
「おい、泣くのはあとだ。しっかりしろ、ここからは俺がやる」
クソッ……ガキ一人守るのも楽じゃねぇが、全部ぶっ飛ばしてやるよ。




