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殺し屋上がりの生命魔法使い〜俺は一応ヒーラーとして転生したんだが〜  作者: 刻彫
第一章 『異世界スローライフ(?)』
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第13話 『この異世界で、君と見たい景色がある』

異世界に来て十一日目。


俺は台所でマドロミピーチを削いで小鍋に入れ、水を注ぎ、ゆっくりと火をかける。


「……なるほどな。熱で毒性を飛ばせば、ただの睡眠剤になるわけか」


この果実に含まれているのは、軽度の睡眠導入作用を持つアルカロイド。


……いわば、天然の睡眠薬だ。


殺し屋時代、現場によっては安全圏なんて一瞬しかなかった。睡眠時間がたとえ三十分でも取れるなら、深く、確実に眠らなきゃならない。

寝不足は判断力の低下に直結し、それが死を呼ぶ。


実際、眠気でラベルを読み違え、鎮静剤の代わりに筋弛緩剤を打って死んだやつ。

徹夜明けで足を滑らせ、高層ビルから落ちたやつ、誤射して仲間を殺したやつ。

どれもこれも、判断が一瞬遅れただけだ……寝不足で死ぬ理由なんて、いつだってくだらねぇ。


「任務の成否も、生死の境も、結局は眠気ひとつで決まる……笑えねぇ話だわな」


俺は一口すすってみた。

舌に残る甘さと同時に、肩の力が抜けていく。


「……うわっ、これはヤバいな……眠気が、来る……でも……」


水分を飛ばして粉薬にして瓶に詰めておけば、悪くならねぇし、どんなうるさい場所でも眠れるな。それに、ここ最近はずっとリュミナとの稽古続きだったし……ようやく今日はゆっくり眠れそうだ。


そうして俺は、藁のベッドに身を沈め、気絶するように眠った。





異世界に来て十二日目。


リカがエルフの村から帰ってきた。

上半身裸の俺を見るなり、顔を真っ赤にして変な声を上げたが、すぐに大きなバッグと革袋をどさっとテーブルに置いた。

……いや、言っとくが、服がないから着てないだけだ。


それにしても、中から出てくるわ出てくるわ。

パン、タルト、燻製肉、干し果実、チーズなどの保存食、さらに毛布、石鹸、身体を擦るゴシゴシまである!

これで風呂でも泡立てられるし、垢も落とせる。

リュミナ曰く、『回復術師は常に身体を清潔にしておかなければなりません。不浄は魔力の流れを濁らせますよ』……とのことらしい。

……一応、俺も腐ってもヒーラーってとこか。

 

リカからタルトを一つもらい、口に運ぶ。

……シーベリーみたいな味……ちょっと酸っぱくて……蜂蜜っぽい甘さだ。普通にうまい。


「……ん、うまいな、これ手作りか?」


「えへへっ、そうですっ。実家で作ったんですよ? お母さんがよく焼いてて、小さい頃から手伝ってたんです。エルフの村ではね、果実を一晩蜂蜜漬けにしてから焼くのが定番なんです。この酸味と香りが残る感じ、私は好きなんですけど……」


頬を染めて、リカがそっとこちらを見上げてきた。


「……どおりで、少し蜜っぽい味がしたのか」


「わかりました? この蜜はフュラノの森でしか採れない月千花の蜂蜜なんですよ。お母さんから甘さは控えめにして素材の味を生かしなさいって、ずっと言われてて……だから、これも実家の味なんですっ!」


リカは照れくさそうに頬を掻きながら笑った。

まるで自分の生まれた場所を、少しだけ俺に見せたい……そんな感じだった。

俺がエルフの村に行けなかった分、こうして色々と持ってきてくれてるんだな……そう思うと、なんだか妙に健気に見えてくる。

……そうだ。ついでに外の世界の話も聞いておこう! そう思ったその時――


「――あっ、そうだ! 旅の準備もそろそろしなきゃですね!」


「……ん? 旅? いや、俺そんなこと一言も言ってねぇけど」


「ふふっ、なんとなく、そんな気がしたんです。スローライフといっても、先輩、ここにずっと閉じこもるタイプじゃないですもんね」


「……そう見えてたのか?」


そして、リカは少し口を尖らせて……それからゆっくりと話し始めた。


「私は……先輩と、この世界を見たいんです。確かに、ここでスローライフを送るのも幸せだと思います。静かで、あったかくて……先輩と過ごす毎日は、本当に穏やかで楽しいです。でも、このまま何も知らないまま終わるのは、きっともったいない気がして……」


リカの指先が、テーブルの縁をなぞる。


「せっかく異世界に来たんです。知らない街や、まだ見たことのない景色を見てみたい。そこで出会う人たちと話して、いろんな空の色を知って……そして、その場所に……もし先輩が隣にいてくれたら、もっと楽しいと思うんです」


一瞬、沈黙。

俺は苦笑して、天井を見上げた。

 

「……まぁ、マサラタウンで幸せになる主人公もいいけど、せっかく異世界に来たし、旅してみんのも悪くねぇ。それに、合わなかったら……またここに戻ればいい、だろ?」


「やったー! じゃあ、少し準備してこようかな……って……あれ?」


リカはぱっと顔を上げ、嬉しそうに笑うと、何かに気づいたようにこちらへ歩み寄ってきた。

そして、首を傾げながら俺の耳元に伸ばした指先で、そっとピアスをなぞる。


「先輩、これ……なんですか?」


「……ああ、これか」


リュミナからもらったピアスなんだが、さすがに、“幽霊にもらいました”なんて言っても信じてもらえねぇよな。

どう言い訳したもんかと考えていると、リカがじっとそのピアスを見つめていた。


「綺麗……鱗みたいな模様ですね。なんだか冷たいのに、ちょっとあったかい感じがします」


「そうか?」


「はい。……先輩に似合ってます。けど……」

リカは一瞬だけ視線を逸らし、俺の頬を指でなぞる。


「……これ、女の人にもらったんですか?」


「なっ……誰がこんなとこに女いんだよ。この辺り、魔物と木ぐらいしかねぇぞ」


「ふふっ、ですよね。……でも、ちょっとだけ嫉妬しちゃいました」


リカはそう言って、頬をふくらませながらも小さく笑い、

自分の荷物を抱えて部屋へ戻っていった。


……いや、なんだその反応。嫉妬って……。

でも、ちょっと悪くない……か……いやいやいや、違うだろ! 何を期待してんだ。落ち着け。


そしてこのあと。

俺がリカの部屋に入ったことがバレて、こってり問い詰められるのは……また別のお話である。


……ほんと、マジで何もしてねぇんだって。

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