第11話 『リュミナ・ドラゴニア』
俺とリュミナの剣戟が始まった。
先に動いたのはリュミナだ。
「――竜王流剣技、紅蓮連撃ッ!」
炎の刃が閃く、一瞬にして十五回の斬撃……視認できたのは、最初の三撃までだ。
速い……いや、速すぎる……もし俺に殺し屋の経験が無かったら、今ので死んでいた。
斬撃受け流すたびに<ブラッドソード>が悲鳴を上げるように軋む。剣の耐久が削られていくたびに、魔力を流し込み再生させる。
……もちろん、すべてを受け流すのは無理だ。芯は外してるが、浅い斬撃だけで何発も喰らってる……それに反撃の隙なんて、これっぽっちもねぇ。
「……なかなかやりますね。どこでその受けを覚えたのですか?」
「殺し屋時代の感だよ。近接武器は拳銃とナイフしか扱ったことねぇがな」
「拳銃……? 聞いたことのない武器ですね。では、これならどうでしょう?」
リュミナが一歩、後ろに跳ぶ。
その瞬間、彼女の周囲に炎の球がいくつも浮かび上がった。
「――<炎魔法・ファイアバースト>」
火球が弾丸のように次々と撃ち出される。
速度は俺の<ブラッドバレッド>よりわずかに遅いが、質量と熱量が違う、一つでもまともに受けたら一発で焼け焦げだ。
「<ブラッドウォール>ッ!」
俺は反射的に魔力を放出し、目の前に分厚い血の壁を展開する。
連発される火球が次々と衝突し、爆炎と衝撃波が地面を揺らすが――
「……っ、さすがに鉄分子の密度を限界まで詰めただけあるな」
それでも<ブラッドウォール>は傷ひとつつかない。
だが――
「――竜化・ドラゴンクロー!」
リュミナの叫びと共に、<ブラッドウォール>は竜化した爪によってあっさりと切り裂かれる。
……は?
鉄分子を極限まで凝固させた鉄の壁だぞ。それを……素手で裂く、だと?
爆ぜるようにリュミナが踏み込んで来る。
裂けた壁から現れたリュミナの左腕は、竜の鱗と爪に変化していた。
「……っ、ヒーラーの範疇、完全に超えてんだろ……」
再び紅蓮連撃。
その斬撃の合間に竜の爪が俺の胴を狙ってくる。だが、ありがたいことに殺意はない、あくまで稽古ってわけか。
……なら、少しだけ試してみるか。
<細胞ブースト魔法(仮)>。仮、って付けてるのはまだ完成してねぇからだ、でも理屈はできている。
――筋線維の収縮力とATP供給を一時的にブースト。
――神経伝達速度と酸素供給を極限まで引き上げる。
理論上は、人間の限界を越えられる……魔力の消費もブラッド系より少ないはずだ。
そして、もう一つ……これも血を利用する以上、原理は同じだ。
「――<生命魔法・筋繊維強化>」
瞬間、血流が爆ぜるように駆け巡り、視界の端が青く染まる。
「……次は、こっちだ」
左手に魔力を集中させる。
「<ブラッド・ガントレット>」
赤い粒子が集まり、左腕を包み込む。
金属音のような鈍い響きと共に、赤黒い手甲が完成した。
本当は<ブラッドソード>の二刀流にしようと思ったが、効率が悪い。
殺し屋時代に叩き込まれた「最小動作・最大効率」の原則が脳裏をよぎる。
……両腕の筋肉は動きの構造が違うから、攻防の切り替えも遅れる。なら、片腕は自由にしておいた方がいい。この世界なら、左手を空けておけば、いつでも<ヒール>も魔法も撃てる。
俺は強化された左腕で、竜化したリュミナの腕を掴み取った。
……クソ熱い。まるで溶鉱炉を掴んでるみたいだ。
それでも離さない。剣同士の勝負に持ち込む……だが――
「っ……チッ、やっぱ速ぇな」
<筋繊維強化>をしても、手も足も出なかった。剣速、踏み込み、すべてが格上。
そして、リュミナが小さく息を吸う。
直感で分かった――次は……
「<ファイアバースト>!」
轟音と共に、炎が一直線に俺を呑み込む。
……左手も右手も塞がってる。
どうやって防ぐ……いや、もう……無理だ。
「っ――クソガッァァ!!!」
爆風が直撃し、体が吹き飛び、地面を転がる。火が服に燃え移り、煙が立ち上った。
……完全に火達磨だ、無様に転がって消化を試みるも、炎は消えない……むしろ身体を包み込むように広がっていく。
「――あっつ!! ……いや、あれ?」
……違う、痛くねぇ。熱いどころかむしろ……あたたかい? 包まれるような心地よさと共に、焼けたはずの皮膚も切り傷も打撲も全部再生していく。
「……なんだ、これ……」
「これが、私がフレイムヒーラーと呼ばれる所以よ。炎魔法で体を癒す。それが私の魔法。でも、もし今のが本物の<ファイアバースト>だったら……あなた、今ごろ焦げてたわね」
リュミナは淡々とそう言いながら微笑むが、その笑みが妙に優しくて、逆にゾッとした。
……攻撃魔法を詠唱しておきながら、放ったのは回復魔法、完全に意表を突かれた……戦闘の駆け引きでも、読み合いでも、俺は一枚も二枚も負けてる。
最初は不満しかなかった……別に戦いたいわけじゃねぇ。
俺はただ、静かにスローライフを送りたかっただけだ。
だが、さっきまで嫌がってたはずの戦いが、今は……悪くねぇと思えてしまう。
「……やっぱ戦いは楽しいな。リュミナ――いや、先生。俺に、剣を教えてくれ」
リュミナは少し驚いたように目を見開き、それから静かに笑った。
「ええ、もちろん……。あなたは私に似ている。回復術師でありながら、近接戦も魔法も使いこなせる……。あなたなら、きっとS級冒険者にだってなれるわ」
「別に冒険者になりたいわけじゃねぇけどな。まあ、そういう道もあるっちゃあるわな、じゃあ、もう一勝負。お願いしますわ、先生」
「ふふっ、覚悟なさい」
リュミナがそう微笑んだ瞬間、また紅い炎が舞った。
結局、この日は朝まで剣を交わし続けた。
そして次の日も、その次の日も、俺とリュミナは平原で剣を交わし、魔法を撃ち合った。
……まあ、それは言うまでもない話だろう。




